お姫様とから揚げ定食02
「あら。では私とノンナはそろそろお夕食の準備に取りかかりますわね。どうぞ、ごゆっくりおくつろぎくださいませ」
と言ってハンナさんとノンナが席を立っていく。
私とカイゼルさんはアナスタシア様の話相手をすべく、ハンナさんとノンナが座っていた席に移った。
「カイゼルさん、ユーリさん、いつも国のために働いてくれてありがとう」
「とんでもございません。当然のことをしているまでです」
「そう言ってくださり感謝申し上げますわ。そういうひとりひとりの努力に支えられて私たち王家があるのだと常日頃から思っておりますのよ」
「それは大変ご立派な考えにございます。私たちも王族の方々がそのようにおっしゃってくださるからこそ、誠心誠意お仕えすることができます」
「そうですね。お互いに立場は違えどこの国を思う気持ちは同じだと信じておりますわ。これからもよろしくお願いいたしますね」
と少し硬い話で会話が再開する。
元来あまり話が得意な方でない私とカイゼルさんのことで、話はなんとなくしか続かなかったが、そこはリルとマロンが美味い具合に助けてくれた。
「アーニャ、撫でて!」
「ええ。いいわよ。ほら、おいで」
「うむ。わしも膝に乗せい」
「あら。どうぞ」
「うむ。相変わらずアーニャの魔力は純粋でよいのう」
「そうなの? 私にはわからないわ」
「魔力の純粋さでいえばユーリと同じくらいじゃな。もちろん魔力量は全然違うが、心地よさは同じようなものじゃぞ」
「そうなのね。うふふ。喜んでもらえてうれしいわ」
「わっふ! 僕、アーニャ、好き!」
「私もリルちゃんのこと大好きよ」
「やった!」
そう言ってリルがアーニャに甘え、マロンが膝の上で丸くなる。
アナスタシア様はそれを慈しむような微笑みで見つめ、二人を交互に軽く撫でてあげていた。
「アナスタシア様は本当にお優しい方でいらっしゃるのですね」
という言葉が口をついて出る。
一瞬、失礼だっただろうか? とも思ったがアナスタシア様は気にする様子もなく、
「ユーリさんにそう思っていただけて嬉しいですわ」
と無邪気に微笑みを返してきたくださった。
その微笑みになぜか少しドキリとして、
「いえ。失礼いたしました……」
と言い軽く頭を掻く。
「うふふ。そうですわ。例のマンティコアと戦った時のお話を聞かせてくださる?」
「それはかまいませんが、あまり気持ちのいい話ではありませんよ?」
「それでもちゃんと聞いておきたいのです。だって、ユーリさんやカイゼルさんが頑張ってくれたという話なんですもの。是非きちんと伺いたいわ」
アナスタシア様からの真摯な申し出を断れるはずもなく、私とカイゼルさんはなるべく血なまぐさくならないよう、マンティコアとの一戦のようすをアナスタシア様に語って聞かせた。
やがて、サロンに西日が差し込み始め、執事のキーナンが声を掛けてくる。
「お食事の用意が整いました」
「まぁ! それは素晴らしいわ! さっそく参りましょう?」
「かしこまりました。ご希望通り家族の食堂へご案内いたします」
「ええ。無理を言って申し訳ございませんわ」
「いえ。楽しんでいただければよいのですが」
そう言ってカイゼルさんが先に席を立つと、アナスタシア様に手を差しのべ、ごく自然にエスコートをした。
(さすが、貴族だ。誘い方に品がある)
と、改めてカイゼルさんの仕草に感心しつつ、私も二人の後をついていく。
いつもの家族用の食堂に入ると、そこにはいつもと違ってメイドが何人か控えていた。
アナスタシア様に席を勧め私たちも席に着く。
するとそこへカートを押しながらハンナさんとノンナが入ってきた。
「ようこそ、我が家の食卓へ。本日はお望み通り我が家の定番、から揚げ定食でございます。どうぞお召し上がりください」
そう言ってハンナさんがアナスタシア様の前に料理を配膳していく。
その料理は見るからにいつものから揚げ定食だった。
私の前にも料理が並べられる。
から揚げとご飯、けんちん汁に小鉢が三つ。
小鉢の中身は、葉物野菜の白和えとナスの甘酢漬け、そしてレンコンのきんぴらだった。
(本当にいつもと同じだな)
と思いつつアナスタシア様を見る。
アナスタシア様は目を輝かせ、
「これが噂のから揚げなんですね。なんて美味しそうなんでしょう! 本当にこれがいつも通りですの?」
と聞いてきた。
「本当にびっくりするほどいつも通りですよ」
と苦笑いで答える。
するとアナスタシア様は嬉しそうに、
「嬉しいですわ」
と微笑んだ。
さっそく食事が始まる。
アナスタシア様は大きなから揚げを器用にナイフで切ると、小さな口でひと口召し上がった。
「まぁ! これは……」
絶句してハンナさんを見る。
ハンナさんは嬉しそうに、
「お口に合ってようございましたわ」
と言って微笑んだ。
私は普段通り箸でから揚げをつまみ、ガブリとかじりつく。
ジュワッと溢れる肉汁と絶妙な加減で香ばしさを放つ醤油の味が口の中に広がった。
すかさずけんちん汁をすする。
野菜のうま味だけで整えられたとは思えないほどのうま味が広がり先ほどのから揚げのうま味と絡み、得も言われぬ相乗効果を生み出した。
たまらずご飯を口に入れ、思わずひと言、
「美味い……」
と漏らしてしまった。
「あらまぁ、ユーリったら」
ハンナさんが困ったような笑顔をこちらに送ってくる。
カイゼルさんはあちゃぁという顔をし、ノンナはクスクス笑っていた。
「はっはっは。ついにボロが出たのう」
マロンが愉快そうに笑い、リルはわけがわからないという顔をしている。
そんな私たちを見てアナスタシア様が、
「これがグランフォード家の日常なのですね」
と言った。
急に恥ずかしくなる。
しかし、出た言葉を飲み込めるはずもなく、私はただ、
「面目ございません」
と言い軽く頭を掻いた。
「はははっ! 愉快じゃのう」
とマロンが豪快に笑い、みんなの表情も緩む。
私は失敗をしてしまったことを後悔する気持ちもあったが、結局、
(みんな笑顔ならそれでいいさ)
と思い、そこからはできるだけ上品にから揚げ定食を食べ進めた。
食事が終わり、お茶の時間。
「本当に素晴らしいお料理でしたわ。私こんなに美味しい物があるなんて今まで知りませんでしたもの」
「喜んでいただけてなによりですわ。どうぞまたお越しくださいましね」
「本当に温かいお食事会でした。ありがとう存じますわ」
「このような形でよければいつでもお申し付けください。次までにユーリにもテーブルマナ―というものを教え込んでおきますので」
「うふふ。ユーリさんはそのままの方がよろしいように思いますよ。だって、本当に美味しそうにお食べになるんですもの」
「お恥ずかしい限りです」
そんな話で食事が締めくくられ、アナスタシア様が城に戻っていく。
私はそれを見送り、
(楽しかったな)
と単純にそう思った。
「疲れたろう。今日はもう休んでいいぞ」
と言ってくれるカイゼルさんに挨拶をして離れに戻る。
私はさっさと正装を脱ぎ、風呂に入った。
(さて。明日からまた普通の日常が戻ってくるな……)
と思って軽く「ふぅ……」と息を吐く。
そして、今日一日を振り返り、
(やはりアナスタシア様はお優しい方だ。それになんとも素敵に微笑まれる……)
という感想を持った。
(少し失礼だろうか?)
と思いつつも、あの優しい笑顔を思い出し目を細める。
すると不思議と胸が高鳴った。
(いったいどうしてしまったんだろうか?)
と思いつつ顔にパシャンとお湯をかける。
そしてまた「ふぅ……」とやや長めに息を吐くと、私はなにもない天井を見上げ、全身の力を抜いた。
ほかほかになってベッドに向かう。
先に寝ていたリルとマロンを軽く撫でてから布団に入ると、いつものようにすんなり眠気が下りてきた。
(楽しかったな)
という単純な想いに頬を緩める。
そして、私はいつもと同じように深い眠りに落ちていった。




