庭師と通常任務
マンティコアを倒し、祝勝会をした二日後。
森に向けて出発する。
騒動の後始末はずいぶん終わったということで、私は気楽な気持ちで街道を進んでいた。
のんびりと進む晩春の空はそろそろ夏の気配を漂わせる濃い青色で、いくつかの雲が気持ちよさそうにたゆたっている。
馬の背に揺られ、それをのんびり見ているとなんとなく小腹が空いた。
(シュークリームが食べたいな)
唐突にそう思いその姿を思い浮かべる。
ハンナさんのシュークリームはいわゆるカスタードクリームが入った濃厚系でしっとりとしたクリームの食感と軽い皮の口当たりの対比が絶妙な逸品だ。
(あのかじりついた瞬間、クリームが溢れる背徳感がたまらん。贅沢なものを食べているんだというのが視覚でも味わえるから好きなんだよなぁ)
などと思っていると本当にシュークリームの口になったきた。
(いかん。いかん。仮にもこれから任務に向かうんだ。気を引き締めねば)
そう思って軽く頭を振る。
そして私はポケットからハンナさんお得意の醤油が入った飴を取り出し、ぽいっと口に入れた。
途中の宿場町で一泊し、翌日の昼頃、いつもの村の宿に着く。
そこで馬を預け、軽く昼食をとると私はいつもと変わらず落ち着いた気持ちで森に入っていった。
柔らかな光あふれる森を軽快に歩いていく。
所々に咲く小さな花に軽く目をやりながら歩いているとそろそろ夕暮れかというところでいつもの野営場所に着いた。
(さて。なにを食おうか)
少し迷いつつフライパンを取り出す。
(出発前にいいベーコンを買ってきたからベーコンエッグでもいいが、それじゃあいつも通り過ぎて芸がないな。よし。ここは思い切って新しいものに挑戦してみよう。そうだな……、ああ、いいのがある)
そう思いついて私は収納の魔道具からサラミを取り出した。
食パンにケチャップを塗り、ハンナさん特製万能ミックスハーブを振る。
これでもかという量のチーズを乗せ、薄切りにしたサラミをこれまた豪快に乗せると、フライパンの上にのせた。
蓋をしてそのうえにも炭をのせ、弱火でじっくり蒸し焼きにすること約十分。
軽く蓋を開けてみると、パンの上でチーズがトロトロに溶けていた。
(焦げ目もいい感じになっている。成功だな)
そう思って少しニヤリとしながら出来上がったピザトーストを皿に移した。
(底は少し焦げてしまったな。火加減が難しい。これは練習あるのみだな)
と、少し反省しながら「いただきます」と小さく言ってかぶりつく。
熱々のチーズに思わず、「あふっ!」と漏らし天を仰いで「はふはふ」と口を開いたり閉じたりした。
濃厚なチーズのうま味とケチャップならではのジャンクな酸味、そしてハンナさん特製ミックスハーブの香りが三位一体となって押し寄せてくる。
「うっま」
思わず声を漏らし、口の中のものを飲み込むと、続けざまにピザトーストにかじりついた。
あっという間に食べ終わり、
(これはリルとマロンにも教えてやらなければ)
と思って微笑みながら食後のお茶を淹れる。
(さて。久しぶりの一人だ。家族には悪いがこの期間を満喫させてもらおう。最近いろいろあったからな。たまには一人でのんびりしながらあれこれ考えるのも悪くないだろう)
そんなことを思いつつ少し渋めの緑茶を飲み、チーズの脂でコテコテになった口をさっぱりさせていった。
静かに夜を過ごしつつ、あれこれ想う。
(カイゼルさんに稽古で勝ち、一緒にあの一戦を戦い抜いたことで、私はようやく胸を張ってグランフォード家の一員だと思えるようになった。きっとみんなはとっくに私を家族の一員だと思っていてくれたに違いない。でも、私には自信がなかった。ハンナさんの料理もノンナの笑顔も真正面から受け止められずにいたんだ。でも、カイゼルさんと本気でぶつかって初めてハンナさんやノンナとも本気で向き合えるようになった気がする。カイゼルさんが私に求めていることはなんとなくわかる。自分に務まるだろうかという想いもあるが、きっとカイゼルさんもハンナさんもノンナも優しく背中を押してくれるだろう。私はただ、家族を信じ、自信を持って前に進んでいけばいい。大丈夫だ。恐れず真っすぐ進め。進んだ先にはきっと幸せな答えが待っていてくれるはずだ)
そう思いながら焚火を見つめていると、薪がパチンと音を立てて弾けた。
なんとなく微笑み、軽く火をいじる。
ゆらゆらと燃える焚火の炎を見ていると、不思議と心が落ち着いた。
「ふぅ……」
と息を吐き、残っていたお茶を飲み干す。
私は、もう一度家族の顔を思い出し、
(なんとかなるさ)
と心の中でつぶやくとブランケットを取り出して羽織った。
軽く目を閉じ、焚火の温もりを感じながら、体を休める。
パチパチと心地よく弾ける薪の音を聞きながら、私は、心地よいまどろみに自然と身を委ねていった。
翌朝。
早朝から行動を開始する。
昨日、いろいろ考え自分の考えを整理したせいだろうか、いつもより体がすっきりしているように感じられた。
慣れた足取りで森の中をさくさく歩いていく。
時折聞こえる鳥の声にはどうやらヒナのものらしい声も混ざっていて、なんとも微笑ましい気持ちになりながら歩を進めていった。
やがて、二日ほど歩いたところで、オークの痕跡を見つける。
(五匹くらいか。肩慣らしにはちょうどいいな)
と思いつつ、その痕跡を追っていくとちょうどオークが鹿の魔獣を襲っているところだった。
迷わず刀を抜き、走り出す。
素早くオークの前に飛び出すとまずは鹿の魔獣を仕留め、振り向きざまにオークを一匹斬った。
怒ったオークが一斉に飛びかかってくる。
私はすかさず上に逃げ、空中でくるりと身をひるがえし、オークの輪の外に着地した。
素早く踏み込んでまたオークを斬る。
それで慌てた残りのオークを仕留めるのにそれほど時間はかからなかった。
軽く動いてすれ違いざまにオークを斬り一瞬で勝負を終わらせる。
(いつもより体が軽いな)
そう思いつつ刀を鞘に納めると、私はさっさとオークの処理を始めた。
やがてそれも終わり、次の目的地へ急ぐ。
薬草の群生地は平和なもので、
(このままいけば今年もたくさんの薬草が収穫できるだろう)
と思うことができた。
安心してさらに次の群生地を目指す。
今回の任務は中層を横断するように見回ること。
本当なら新人が研修も兼ねてやるようなことだが、先のマンティコア騒動でみんな疲弊していたので、今回は若手を中心に休みをやり、その代わりをベテランが務めるという形になっていた。
(こんな任務はいつ以来だろうか? 一人前になる前から奥地で研修を重ねていたからな。もしかしたら最初の研修以来かもしれん。あのころはコーエンさんやノルドさんにずいぶん世話になったものだ)
軽く昔のことを思い出しながら森を慎重かつ大胆に進んでいく。
思えば、この森の歩き方はコーエンさんに教わった。
魔獣の痕跡の追い方や薬草の種類と特徴、採取の方法に至るまで全部教えてくれたのはコーエンさんだ。
(私はつくづく師匠に恵まれているな)
そう思いながら歩いていると、また魔獣の痕跡を見つけた。
(特徴的な三本指の足跡、擦ったような痕跡。間違いない、ジャイアントリザードだな。三匹か。あれは鱗が意外と硬いが、斬れないほどじゃない。一応基本に忠実に戦うと、腹や首の裏側の柔らかい部分に刃を入れて一気に突き通すってことになっていたな。懐かしいものだ。そんな基本はノルドさんが自分で手本を示しながら教えてくれた。「お前は強いから無視しがちだが、基本を忘れるな。いざと言う時に役立つのは基本だ。それをしっかり頭に叩き込んでおけ」と言っていたが、今になったその意味が分かったような気がする。刀の性能に頼りすぎず、きっちりと自分の技で勝つにはやはり基本を知っておかねばならない。本当にありがたいことを教えてもらった)
そんなことを思い出しつつ、痕跡を追っていく。
そして、水場でのんびり昼寝をしているジャイアントリザードを見つけると、堂々と歩いて近寄り、刀を抜いた。
「キシャーッ!」
と威嚇の声を上げながら突っ込んでくるジャイアントリザードの突進を基本的な防御魔法で軽くいなす。
ジャイアントリザードの首の柔らかい部分がわずかに覗いたのを見て、すかさず突きの一撃を放った。
スッと入り込む刀の感覚に手応えを得て、素早く引き抜く。
その後は五メートルほどあるジャイアントリザードの巨体から放たれる尻尾の攻撃をギリギリでかわしつつ、最後は防御魔法を使ってかち上げるように首を上げさせ、確実に仕留めていった。
(久しぶりにやったが、体は覚えているものだな。これからも基本を忘れず精進していこう)
そんなことを思いながら刀を鞘に納めた。
ジャイアントリザードの皮は素材になる。
水に強いので馬車の幌なんかに重宝されていた。
(こうやって市民生活に必要な物資を調達するのも庭師の大切な仕事だ)
という基本的な庭師の使命を思いつつ丁寧に剥ぎ取り、後始末を終える。
そこでちょうど日が暮れてきたので、その日はそこで野営することにした。
ハンナさん特製の鳥ハムを使って炊き込みご飯を作る。
エルメシアの定食屋「憩い亭」で食べたロック鳥のご飯をイメージしたのだが、当然、その味は出なかった。
それでもさすがハンナさんの鳥ハムを使っただけあって、素晴らしい味の炊き込みご飯に仕上がる。
少しおこげのついた香ばしい炊き込みご飯を具だくさんのみそ汁と一緒にいただくと私の腹はたちまち幸福感で満たされた。
(幸せだ)
ただ、単純にそう思って「ふぅ……」と息を吐き、空を見上げる。
満点の星以外なにもない。
(そろそろ夏だな)
また単純なことを思って少し頬を緩めた。
結局のところ私がこれまで自分の道を真っすぐに進んでこられたのは人との出会いに恵まれたからなのだろう。
これまでに出会った人誰一人欠けても今の私はなかったはずだ。
家族、友人、先輩、神獣。
そんな人たちの顔が浮かぶ中でふとアナスタシア様の笑顔が浮かんでくる。
(あのお方の笑顔は不思議だ。見る人を途端に幸せな気持ちにしてくれる。そんな人だからきっと運命の女神にも愛されたのだろうな)
そう思うとなぜか私まで嬉しい気持ちになった。
晩春の夜空にいろんな想いが溶けていく。
私はその想いひとつひとつを噛みしめながら、ゆっくりと深く息を吐いた。




