庭師と祝勝会
マンティコア討伐から十日。
ようやく森を出る。
帰路の途中、何度か魔獣に遭遇したが、ほとんどカイゼルさんが相手をしてくれた。
「久しぶりに暴れると楽しいな」
と少年のような目で言っていたカイゼルさんのことを思って密かに微笑む。
村の宿に着くと、
「後始末はこっちでやっとくからさっさと帰って無事な顔を見せてきな」
と言ってくれるノルドさんの言葉に甘え、私とカイゼルさんは家路に就かせてもらった。
夕方。
王都の門をくぐる。
門のところでカイゼルさんが騎士に伝言を頼んでいたから、きっと王城にも無事討伐できたことが伝わるのだろう。
そう思ってなんとなく安心しながら家に向かうと、玄関先にハンナさんとノンナが迎えに出てきてくれているのが見えた。
「ただいま帰りました」
と言う私にハンナさんが抱き着いてくる。
気のせいでなければ涙ぐんでいるようだ。
きっとマンティコアの話を聞いたのだろう。
私はハンナさんの背中を優しく撫でながら、
「無事、帰ってきましたよ」
となるべく優しい声でそう囁いた。
「もう。心配したんだよ?」
ノンナが少し怒ったようなふりをしながらカイゼルさんに軽く抱きつく。
カイゼルさんはそれを優しく受け止め、
「ああ。すまんかった」
と微笑みながら謝っていた。
微笑ましい家族の抱擁が解け、みんなそろって玄関をくぐる。
とたんに懐かしい匂いが私を包み、私は家に帰ってきたことを実感した。
「先にお風呂にしてくださいね。離れの方も準備させていますよ」
と言ってくれたハンナさんに軽く礼を言って離れに向かう。
離れに入るとメイド長のミリーがいて、
「おかえりなさいませ。ご準備できております」
と言ってくれた。
ゆっくり風呂に浸かって、
「ふぅ……」
と深い息を吐く。
全身の力が抜け、私は思わずなにもない天井を見上げた。
「ようやく終わったんだな」
そんな言葉が口をつく。
私はのんびり風呂を堪能すると、楽な服に着替えて母屋へと向かった。
食堂に入り、とりあえず冷たいお茶をもらう。
温まった体に冷たいお茶が沁みた。
やがて食堂の扉が叩かれハンナさんとノンナがカートを押して入ってくる。
「今夜はすき焼きよ」
という最強の呪文を笑顔で唱えるハンナさんとそれを聞いて喜ぶリルとマロン。
そんな幸せな風景を見て、私の心も芯まで温かくなった。
すき焼きを囲みつつ、祝勝会の話になる。
「あら。じゃあ、腕によりをかけなくっちゃいけないわね。みんな何が食べたいかしら?」
「とりあえず、私は照りマヨピザがいいです」
「わしはトンカツを所望じゃ。塩とワサビでな」
「僕、ステーキ!」
「じゃあ、私はミネストローネを作ってもらおうか。あれは心が落ち着く」
「はいはい。じゃあ、それとカレーを作りましょうね。それなら、カツカレーとかステーキカレーにしてたくさん食べられるでしょ?」
「やった!」
「うむ。それはよい提案じゃのう」
「よかったな、リル」
「うん!」
そんな話で盛り上がりながら、私たちは笑顔でぐつぐつと煮えるすき焼きを頬張った。
食事が終わりお茶の時間。
「今度、アナスタシア様をお食事に招こうと思っているんだけど、いつがいいかしら?」
「うちはいつでもいいが、あちらの都合を聞いて調整しておこう」
「たしか、から揚げ定食を食べてみたいっておっしゃってたわよね?」
「そうなのか?」
「ええ。お体の具合が悪い時には食べられなかったんだそうよ」
「そうか。それはおかわいそうに。しかし、体調がよくなられてよかった」
「そうね。それもあのスーちゃんのおかげだっておっしゃってたわ」
「スーのやつは元気にしてましたか?」
「それはもう。この間も美味しそうにケーキを食べていたわ」
「ほんにあれは不思議な存在よのう」
「世界樹が連れてきてくれたのかな?」
「どうじゃろうな。精霊は気まぐれな存在じゃて、単なる偶然のような気もするがのう」
「だとしたら素敵な偶然ね。だってそうでしょ? それで、みんな笑顔になっているんですもの」
「そうだな。みんな笑顔なのが一番だ」
「アナスタシア様もユーリのおかげだって感謝していたわよ」
「私は何もしていない。ただ、運命の女神がアナスタシア様に微笑んだだけだろう」
「そうね。あの可愛らしくて優しいお方にはみんな元気になって欲しいと願っていたもの」
「そうだな。本当によかった」
「ええ。そうね」
と話しなんとなくほっこりとした気分になる。
私はアナスタシア様の柔らかくどこまでも透明な笑顔を思い出しながら、
(アナスタシア様はから揚げを食べてどんな表情になるのだろうか?)
と想像し軽く頬を緩めた。
翌日。
詰所の受付でエリカさんから一枚の紙を渡される。
なんだろうと思って見てみると、それはこれから作るべき書類の一覧だった。
「なっ!?」
思わず驚きの声を上げる私にエリカさんはにっこり微笑み、
「優先順位の高い順に並べてありますからね。三日で仕上げてください」
と言ってくる。
「あ、いや……」
と待ったをかけるが、エリカさんは微笑んだまま、
「よろしくお願いしますね」
と言ってさっさと自分の仕事に戻っていった。
(あの人は時々鬼のようなことを言ってくるんだよな)
と思いつつ事務室に入る。
そこで懐かしい顔に挨拶をすると私は気合を入れて書類作りに取り掛かった。
それから三日。
本当に三日で書類を仕上げた私に、エリカさんが、
「あら。半分冗談でしたのに」
とさらっと言ってくる。
私は内心、「なんじゃそれ」と思いつつ苦笑いで、
「これからはもう少し余裕をくださいよ」
とちょっとだけ不満を漏らし、詰所を後にした。
その日の夜、ノルドさんたちも無事戻ってきたことをみんなに告げる。
「ではさっそく祝勝会を開かなければな」
と言うカイゼルさんに、
「おそらく書類地獄が待っているでしょうから、少し時間を空けてあげてください」
と苦笑いしながらそう言うと、カイゼルさんも、
「どこの部署も同じだな」
と言って苦笑いを見せた。
それから五日ほど経って、ようやくノルドさんが書類から解放されたのを見計らい、改めて祝勝会の予定を立てる。
ノルドさんが、
「夕飯時ならみんなを休みにしなくてもいいから、そのくらいの時間がいいだろう。三日後でどうだ?」
と言うので、一度カイゼルさんとハンナさんに確認すると問題ないということだったので、翌日、それで大丈夫だということを伝えた。
迎えた祝勝会当日。
庭師の正装でやってきたみんなを見て、改めてうちが貴族家であることを実感する。
私たち家族はみな楽な服装だったのでかえって申し訳ないような気持ちになった。
そんなことがありながらも、みんなを来客用の食堂に招き祝勝会が始まる。
カイゼルさんの短い挨拶で乾杯すると、メイドたちが料理を運んできてくれた。
「これが噂の……」
「たまんねぇっす!」
「ああ。どれも美味そうだ」
そう口をそろえるみんなに、カイゼルさんが、
「遠慮なく食ってくれ」
と言うと、そこからは楽しい食事会が始まった。
「美味ぇ! 美味いっすよ、この肉」
「こっちのカツはこれまでに食べたことがないほど上品で繊細だぞ」
「いやはや、ピザにこんな可能性があったとはなぁ……」
三者三様の感想を聞き、ハンナさんが嬉しそうな笑みを浮かべる。
リルとマロンも夢中になって料理を口にしていた。
ワイワイと楽しい時間が過ぎていく。
私は改めてこの楽しい仲間に恵まれたことに感謝した。
(口は悪いが優しいノルドさん、いつも静かにみんなを見守ってくれるコーエンさんに明るくみんなを元気づけてくれるラッツさん。本当にいい仲間に巡り会えた。このメンツだからこそ、あの難局を無事乗り越えられたんだろうな)
そんなことを思いつつ、念願の照りマヨピザを頬張る。
ずっしりとしてガツンとくる脂と甘味でいっぱいになった口にビールを軽く注ぎ込むと、ほどよい苦みが照り焼きソースの甘さと相まってなんとも言えないコクを生み出してくれた。
「ユーリ。このピザ美味しいね!」
と言いニコニコの笑顔を見せてくるリルの口元を軽く拭ってあげる。
リルは嬉しそうに微笑み、また器用にピザにかじりついた。
どこまでも広がっていく幸せの輪を見つめ、その輪の中に自分がいる幸運を思う。
私はこの世界のどこかで微笑んでいるであろう運命の女神にそっと感謝しながら窓の外に広がる夜空を見上げた。
麗らかな春の夜空にぼんやりとした月が浮かんでいる。
私にはその月がどこまでも優しくこの世界を照らしているように思えた。
第二部 完




