師長とオークと大きなわんこ01
休日を訓練でつぶした翌日。
いつも通り早朝の稽古をしてから家を出る。
マロンは今日も一日のんびり過ごし、気が向けば王城に遊びに行こうかと言っていたから、きっと午後からアナスタシア殿下におやつをねだりに行くことだろう。
そんなことを思いながら、王城を出て、すぐ近くにある庭師の詰所に入った。
「おはようございます。さっそくですけど、師長がお呼びですよ。打ち合わせがしたいんだそうです」
「わかった。ありがとう。書類があったらあとで片付けるから、まとめておいてくれるかい?」
「了解しました。机の上に置いておきますね」
事務員のエリカさんとそんな簡単な会話を交わしさっそく師長室に向かう。
軽く扉を叩き、
「ユーリです。お呼びにより参上しました」
と声を掛けると、中からいつも通り気さくな感じで、
「おう。入れ」
という野太い声が返ってきた。
「失礼します。打ち合わせというのは例の奥地の調査ですか?」
「ああ。他のやつの報告書とも照らし合わせていたんだが、どうにもきな臭い感じがしてな。早めに行こうと思っているんだがいいか?」
「了解です。今日中に準備できますが、どうしましょう」
「そうだな。俺もすぐに準備に取り掛かるから、明日の午後一番で出発しよう。ついでに昼飯をおごってやるから、早めに来てくれ」
「了解しました」
という感じでさっさと予定を決め、師長が持ち出してきた地図や他の人の報告書を見ながら、巡回路を決めていく。
今回は前回見回った場所から少し西にずれた辺りを中心にわりと奥まで探ってみることになった。
師長室を辞し、事務室に入る。
そこには各人の机が用意されていて、私の机の上にはいくつかの書類が置かれていた。
「よう。ユーリ。師長と一緒にピクニックに行くんだって?」
と気軽に声を掛けてきたのは先輩庭師で隣の席のラッツだ。
「ええ。ご丁寧に奥まで行くらしいんで、けっこう長くなりそうです」
「ははは。そりゃ災難だったな」
「今から代わってくれてもいいんですよ?」
「冗談じゃねぇ。あんなごついオヤジと何十日も森の中でデートなんて考えただけで、気が滅入るぜ。俺はいつも通りライナと浅い場所で適当に遊んでるから、そっちはお国のために一生懸命働いてくれ」
「ちょっと、ラッツさん。そんな言い方したらまるで私たちがサボってるみたいに聞こえるじゃないですか!」
「ははは。すまん、すまん。でも浅い場所で楽させてもらってるのは事実だろ?」
「それは、そうですけど……」
「大丈夫だ、ライナ。ライナが浅い場所で着実に頑張っているのはみんな知っている。ラッツさんもこう言ってるが裏ではちゃんと褒めてたからな」
「なっ!? バラすなよ、ユーリ」
「ははは。いいじゃないですか。本当のことなんだから」
「……」
「ライナ。そういう訳だから、ゆっくりでいい。着実に実力を付けていってくれ」
「はい」
同僚とそんな楽しい会話をしつつ、適当に書類をめくる。
一枚目の書類は長期休暇の希望だったり、備品の購入希望の調査だったが、特に休暇も備品も必要ないので、「特に無し」と一言書いて処理を終えた。
その後も、薬草の収穫見込みに関する書類や、薬師への納入実績を記した表を見ながら、採取計画を立てるという仕事をして、事務を切り上げる。
軽く肩を回し、
「ふぅ……」
と息を吐くと、隣で退屈そうにしていたラッツさんが、
「そろそろ昼だが、一緒にどうだ? 最近、できたパスタ屋が大盛りでけっこう美味いんだ」
と昼食の誘いを投げてきた。
「いいですね。ああ、ついでといっちゃなんですが、ライナも一緒にどうです?」
「ああ。かまわんぞ。ライナ、行くか?」
「ええ。先輩の奢りならどこへでも」
「おいおい。誰が奢るなんて言った?」
「えー。じゃあやめときます」
「……しょうがねぇな。わかったよ」
「ありがとうございます!」
というまるで漫才のような会話にふと笑みをこぼしつつ、三人で詰所を出る。
ラッツさんの言うパスタ屋は詰所から十分ほど歩いた小さな商店街の隅にあり、いかにも開店ほやほやという真新しい外観をしていた。
「かわいいお店ですね!」
「ああ。店主が女性だからな。中もこぎれいなんだ」
「へぇ。さすが、ラッツさんだ。町の情報が早い」
「ああ。情報収集は得意だからな」
「さすがは索敵班の班長ですね」
と軽く冗談を言いつつ店に入り、おススメだという日替わりのパスタを三つ頼んだ。
「鶏肉団子と茸のクリームパスタって名前からして美味しそうですね」
「ああ。ここのパスタは生麺だから、もちもちしてて美味いぞ。量も多いし、俺たちみたいな力仕事の人間にはうってつけだ」
「値段も良心的ですし、すぐに庭師たちのたまり場になりそうですね」
と話しているところにさっそくパスタがやってくる。
中太の平打ち麺にごろっとした鶏団子とたっぷりの茸が入ったパスタは、なるほど、お値打ちだと思わせるには十分な見た目をしていた。
「「「いただきます」」」
声を揃えて食べ始める。
「ん! けっこう濃厚なんですね!」
「ああ。ブルーチーズが入ってるからな」
「へぇ。それでこの値段と量なら大満足ですね」
「ああ。きっとすぐに人気店になっちまうぜ」
「ええ。そうでしょうね」
そんな風に楽しく話ながら、もりもりとパスタを頬張り、食後のお茶を頼んだ。
「ライナは最近、どの程度の魔獣を相手にしてるんだ?」
「えっと、ラッツさんの援護付きなら、オークも相手にできるようになりました」
「ほう。それはすごいな。三年でその進歩ならたいしたものだ」
「……ユーリさんに言われると、なんだか微妙な気持ちになります」
「ははは。こいつは化け物だからな。そんな化け物と比べても仕方ないだろう。いいか、ライナ。お前は着実に強くなってる。自分の槍を信じて真っすぐ進むことを第一に考えろ」
「はい。でも、正直焦る気持ちもあります。なにせ、二年で一人前になったっていう前例を目の前にしてますからね……」
「ふっ。だから焦るなって。こいつと比べてもしょうがない。俺だって一人前になるのに、五年はかかったが、先輩からは早い方だっていって褒められたんだぞ? ライナは騎士学校を出てるんだから、一人前になるのもそう遠くないさ」
「ああ。私が言うのもなんだが、私の場合はけっこう特殊だ。なにせ、小さい頃からあのカイゼルさんにしこたましごかれてきたんだからな。野営の訓練もいやというほどさせられたし、それこそ庭師に混じって魔獣の相手もさせられてきた。通ってきた道が違い過ぎる。あまり気にしないでくれ」
「……そう聞くとけっこう納得ですね。ユーリさんがまだ二十歳なのに、そんなに落ち着いているのもなんとなくわかります」
「ああ。俺がコイツと初めてあったのはもう五年も前になるが、そのころから、こいつ人生二周目なんじゃないかってくらい落ち着いてたからな。きっと、カイゼルさんに相当仕込まれたんだろうよ」
「なんです、二人そろって人をおっさん臭いみたいに……」
「あはは。褒めてるんですよ?」
「ああ。一応な」
そんな会話をしているうちに腹も落ち着き、ラッツさんの奢りで店を出る。
二人とは店の前で別れ、私は明日からの仕事に備えるべく市場に向かっていった。
(食料は配給品でもいいが、やはり市場で仕入れた方が美味いしな。特にベーコンとチーズは市場で買った方が断然美味い。それに私にはハンナさん特製の味噌玉とスープの素があるからな。まったく、なんとも恵まれたものだ。ああ、帰ったらハンナさんにパンを焼いてもらわなければいかんから、粉も多めに買っていこう。ついでにショートパスタを多めに仕入れるか。師長はああ見えてけっこう味にうるさいからな)
などと考えつつ、テキパキ買い物を済ませていく。
そして、いったん詰所に戻ると、エリカさんに書類を提出して早々と家路に就いた。




