庭師とマンティコア02
一夜明け、いよいよ森に出発する。
リルは少し緊張気味だったが、マロンはいつも通りのんびりしたもので、リルの上で丸くなってあくびをしていた。
三日ほどは順調に進んだところで、さっそくゴブリンの集団を発見する。
数は百ほどだろうか。
(ここでこれということはやはり多いな)
そんな感想を持ちつつ刀に手をやると、横からスッとカイゼルさんの手が伸びてきて、
「肩慣らしをさせてくれ」
と言われた。
「了解です」
ひと言答えて刀から手を離す。
カイゼルさんは軽くうなずくと、なにげない感じで刀を抜き放った。
堂々と歩いてゴブリンの群れに近づくカイゼルさんにゴブリンが押し寄せてくる。
しかし、その大群は最初の一太刀で半分以上削られた。
そこからカイゼルさんが少し動く。
スッと駆けてその場の中央に移動するとまた群がってくるゴブリンを一太刀で何匹も同時に斬り始めた。
流れるような剣捌きであっという間にゴブリンの群れを制圧し終える。
最後に遠くにいた数匹のゴブリンが逃げ出したが、カイゼルさんはそれを追うことなく刀を鞘に納めた。
その様子を見たノルドさんが、
「どうやらロードがいるのは確実らしいな」
とつぶやく。
私もそれに軽くうなずき、
「ええ。さっきのは伝令でしょうね。あのゴブリンが組織立った行動をしているということは、ロードに統率されている証拠です」
と答えた。
「すまん。逃がした」
と悔しそうな顔をしながら戻ってきたカイゼルさんに同じような説明をする。
それを聞いたカイゼルさんはニヤリと笑い、
「暴れがいがありそうだ」
と言った。
それから二日ほど進む。
これまでゴブリンの小隊と思われる一団と数回接敵したが、どれも不利だと見るとすぐに逃げるという行動を見せていた。
そろそろ目的の盆地が近いかという所で野営にし、最終確認をする。
「明日は勝負です。昼前に全体が見渡せる高台から様子を見てみましょう。おそらくうじゃうじゃいますぜ」
「了解した。私はノルド殿と一緒に行動すればいいか?」
「ええ。俺とカイゼル殿、ユーリとコーエンの組でいきます。ラッツは遠距離からの援護に徹しろ。もしかしたら伏兵が襲ってくるかもしれねぇから注意しろよ」
「了解っす」
そう話しておおよその作戦が決まると、その日は交代で体を休めることにした。
夜中。
私とカイゼルさんが見張りの番になり二人で焚火にあたりながらお茶を飲む。
「やはり餅は餅屋だな。出しゃばらずに任せておけばよかったかもしれん」
「そんなことはありませんよ。カイゼルさんがいてくれて心強いです」
「ふっ。マンティコアと聞いて血がたぎってしまった。私もまだまだガキんちょだな」
「ははは。気持ちはなんとなくわかりますよ。剣士たるもの、時々は思いっきり暴れてみたくなるものです」
「そうだな。そう思うと毎日のように思いっきり戦場を駆け回れるお前が少し羨ましい」
「おかげ様で毎日楽しくやらせてもらっています」
「ああ。しかし、そのうちお前も王宮にほんの少し縛られる日がくるかもしれん。もちろん私の目の黒いうちはそんなことにならんよう取り計らうがな」
「ありがとうございます。どういう未来が待っているのか想像もつきませんが、カイゼルさんに拾っていただいた恩に報いるためにも全力でお仕えしたいと思っています」
「……相変わらず律儀だな。そういうお前だからこそこちらはできるだけ好きに生きてもらいたいと願ってしまう。これからも自分の信じた道を堂々と歩いていってくれ」
「ご期待に沿えるよう懸命に前進していきます」
そんな話をした後はぽつりぽつりとした昔話が始まる。
「お前が初めて風邪をひいたのはたしか十歳のころだったな。あっという間に高熱が出たからずいぶんと焦らされた」
「あの時ハンナさんに作ってもらったパン粥の味は今でも忘れられません。ほんのりバニラの香りがしていました。それを食べた時、高価なバニラを使った食事を食べさせてもらえる自分は本当に幸せものだと思ったものです。あの時初めて、自分はこの家に歓迎されているんだと言うことを実感しました」
「子供のくせになんとも大人びたことを思っていたんだな」
「ふっ。そうですね」
お互いが昔を思い出し軽く微笑みながらお茶を飲んでいると、ノルドさんとコーエンさんが起きてきた。
「交代の時間ですぜ」
「そうか。あとは頼む」
「ええ。ゆっくり寝てください」
短い言葉を交わし、私とカイゼルさんはその場を離れていく。
私はリルとマロンが寝ている横に行き、使い慣れたブランケットで身を包んだ。
スヤスヤと眠る二人を軽くなで瞳を閉じる。
(明日はいよいよか。カイゼルさんと一緒に戦うのはいつぶりだろうか? 不謹慎かもしれんが、なんだか楽しみだな)
そんなことを思い軽く頬を緩ませると、私は静かに呼吸を整え、ゆっくり全身の力を抜いた。
翌朝。
「夜中に偵察っぽいのがうろついてましたから、おそらく待ち構えられてるっすよ」
というラッツさんの報告を聞き、全員が引き締まった表情になる。
私たちは急いで準備をすると、まずは全体が見渡せるであろう小高い丘に向かって歩き始めた。
目的地に着き、盆地全体を眺める。
そこには想定通りうじゃうじゃとゴブリンがひしめき合っていた。
「こりゃ、ある意味壮観だな」
ノルドさんが冗談交じりに言うと、ラッツさんが、
「やりがい十分ってとこっすか?」
とこれまた冗談めかして答える。
その雰囲気に合わせたのか、カイゼルさんも、
「ふっ。いい感じに暴れられそうだ」
と言いニヤリと笑うと、ノルドさんが、
「じゃあ、いっちょいきますか」
と言い、各々が戦闘準備を整えた。
一気に丘を下り、盆地に出る。
「いくぞ、コーエン!」
「おう!」
そう言ってまずはノルドさんとコーエンさんがゴブリンの群れに突っ込んでいった。
私とカイゼルさんもそれに遅れないようについていく。
そしていよいよノルドさんとコーエンさんがゴブリンの大群と接敵した。
ぴったりと息の合った連携で二人が防御魔法を展開する。
そして、押し寄せてくるゴブリンの大群をビタッと止めて見せた。
後方から魔法の矢が雨のように降り注いでくる。
私とカイゼルさんはその矢を合図に一気に前に躍り出た。
まずは挨拶代わりに思いっきり魔力を込めた一閃を食らわせる。
十匹か二十匹かわからないが、それなりのゴブリンが一瞬で両断された。
そのまま足を止めずに前進していく。
本当に次から次に襲ってくるゴブリンをただひたすらに斬り道を拓いていった。
「後ろは気にするな!」
というコーエンさんの言葉を信じ、ただ前だけを見て刀を振るう。
そのうち、だんだんとあの極限の集中状態に近づいているのがわかるようになってきた。
(いい感じだ。このままいくぞ)
そう思って目の前のゴブリンを袈裟懸けの一刀で仕留める。
素早く腰を落とし横なぎの一閃を放つと何匹かのゴブリンがまとめて両断された。
そのまま前進してさらに縦横に刀を振るう。
ゴブリンの動きはだんだんと遅くなり、そのうちほぼ止まって見えるようになった。
その動かないゴブリンを次々に斬っていく。
時折後ろでコーエンさんが援護してくれるのを感じながら、さらに速度を上げる。
そのうち私はくるくると回り出し、踊るように刀を振るい始めた。
どのくらい斬ったかわからないほどのゴブリンを斬り、大きなゴブリンの前に出る。
(ああ、これがロードか)
と淡々とした感想を持ちつつ、何気ない袈裟懸けの一刀でロードらしき個体を両断した。
さらに周りにいた少し大きな個体を次々に斬っていく。
そして、次の目標を探してふと足を止めたところで、
「もういいぞ!」
とコーエンさんから声を掛けられた。
ふと正気に戻って辺りを見回す。
カイゼルさんはまだ動いていたが、動くゴブリンは残り僅かになっていた。
そのわずかな残党を逃さずラッツさんの魔法が撃ち抜いていく。
その光景を見て私は、
「ふぅ……」
と軽く息を吐いた。
念のため、まだ息のありそうなゴブリンにトドメを刺しつつカイゼルさんたちの元に向かう。
私が着くころにはあちらの戦闘も終わっていて、ちょうどカイゼルさんが、刀を納めるところだった。
私も刀を納め、
「お疲れ様でした」
と声を掛ける。
するとカイゼルさんは清々しい感じの苦笑いを浮かべ、
「もう少しこっちにも回してほしかったな」
と言ってきた。




