庭師とマンティコア01
御前試合が終わり、朝からややほくほくしながら公都の町に出掛ける。
まずは指定のあった書店に向かうとそこで欲しい本を片っ端から選んだ。
フィッツランドには無さそうな図鑑や画集、陶磁器の本など、絵の多いものを中心に選んでいく。
そうした理由は単純に小さい子やあまり本を読んだことがない人でも目で見て楽しめるだろうと思ったからだ。
そういった本は意外と図書館に置いていない。
それを何冊かずつ頼み、あとは子供向けの冒険小説や絵本を片っ端から選んでいく。
(小さい頃はこういう本をたくさん読んだものだ。思えばこういう本を読んでいたから庭師という仕事に憧れるようになったんだろうな)
そんなことを思って懐かしい気持ちになりながら、本を選んでいると棚の隅に綺麗なドレスの絵がたくさん載っている本が一冊あるのを見つけた。
「これは?」
横にいた店員に聞くと、店員は少しバツが悪そうに、
「それはこれまで流行したドレスを一覧にまとめた本ですね。よくできた本なのですが、けっこうなお値段がしますし、よほどお好きな方でないと買わないようなものですから、ずっと売れ残っておりまして……」
と言ってくる。
私はその説明を聞きながら、ふと、
(これはおそらくアナスタシア様が喜んでくださるだろう)
とアナスタシア様の笑顔を思い出した。
(そうだな。ノンナかハンナさんに言えばきっと渡してくれるだろうし、なんなら直接献上してもいい)
そう思ってそれも購入することにする。
そしてひとしきり本を選び終わると、待ちくたびれた様子のリルとマロンを連れ、市場へと向かった。
買い食いしたりお土産を選んだりして楽しい時間を過ごす。
さすが、繊維産業が盛んな国とあって色とりどりの布や綺麗なレースがたくさん売られていた。
あまりの多さに戸惑いつつも店員に聞きながら若い女性が好みそうなものや最近流行っているというものを選んでいく。
けっこうな量を買い付けたが、私は、
(まるで業者になったような気分だな。しかし、これでハンナさんもノンナも喜んでくれるだろう)
と思い大満足で宿へと戻っていった。
夕食後、カイゼルさんと軽く一杯やる。
そこで明日は帰還の準備があるから手伝うように言われ軽く了承すると、さっさと自分の部屋に戻りいつも通りすんなりと床に就いた。
翌日は本当に準備に追われ、なんだかんだ忙しくして過ごす。
さすが王族が移動するとあって、けっこうな物資を買い付けたり積み込んだりするのにかなりの時間を要した。
夕方。
少し疲れて部屋に戻った私にリルが甘えてくる。
「わっふ! 遊んで、遊んで!」
とじゃれついてくるリルとほんの少し遊び、一緒に夕飯を食べていつもより少し早めに休んだ。
出立の朝。
エメルシス大公の見送りを受け、一行が出発する。
帰還の旅は順調に進み、四日ほどで国境を越えた。
自国に入って最初の宿場町に到着したところで宿に入りのんびりしていると、やや強い調子で扉が叩かれた。
「はい」
「私だ。入るぞ」
そう言いつつ扉を開けてカイゼルさんが入ってくる。
私はその表情を見た瞬間、
「任務ですか?」
と真剣な眼差しで尋ねた。
「ああ。どうやら森の奥でマンティコアが目撃されたらしい」
「!?」
「本当なら一大事だ。すぐに向かうぞ」
「はい! カイゼルさんも?」
「ああ。ことがことだ。私も参戦する」
「了解しました。すぐに出立の準備をします」
そう言ってさっそく準備に取り掛かる。
儀礼用の服を脱ぎ、いつもの服に着替えると、それだけで準備はほぼ終わった。
「マンティコアとはまたずいぶんな大物が出たな」
「ああ。とんでもない大物だ」
「それってどんなの?」
「私も資料でしか見たことがない。大昔に一度だけ出たそうだが、その時は庭師全員で相手をしたそうだ」
「そうじゃな。やつは簡単に言えば翼を持った獅子だが、毒を持っているしなによりデカいし、魔法も使える。ユーリ一人でなんとかできんこともなかろうが、今回は手伝いがおったほうが、よいじゃろうな」
「無茶を言わないでくれ。さすがに私も未知の敵といきなり一人で戦うのは辛い」
「なに。翼さえなんとかしてしまえばあとはなんとかなるじゃろう」
「グリフォンをより厄介にした感じか?」
「ああ。とんでもなくな」
そんな会話で敵の概要をなんとなく想像しながら、荷物を持って宿の玄関に出る。
しばらく待っていると戦闘用の鎧に着替えたカイゼルさんがやってきた。
「待たせたな」
「いえ。すぐに出発しましょう」
「ああ。二頭立ての馬車を用意させている」
「わかりました。御者は任せてください」
「いや。交代でいこう」
「了解です」
そう軽く打ち合わせてさっそく用意された馬車に乗り込む。
その馬車は緊急事態用に帯同させていたもので、本来は王族が危険に巻き込まれた時などに使うことを想定した実用的なものだった。
しばらく走り、とっぷりと暮れたところで野営にする。
私はなんとも落ち着かない気持ちでいたが、そこにカイゼルさんが、
「休める時にしっかり休むのも戦の基本だ。どうせ馬の体力も持たせなければならんから、焦らなくてもいい」
と声を掛けてきてくれた。
(さすが、落ち着いているな。やはり私とは経験が違うのだろう)
そう思ってうなずき、少し落ち着いてシチューを作る。
「ほう。上手くなったものだな」
「ええ。ずいぶん慣れました」
「私はどうも調理というものが苦手でな。いつも簡単なものばかりで済ませてしまいがちだ」
「それはいけませんね。食べられる時は美味しい物を食べるのが元気に戦う秘訣ですよ?」
「ふっ。お前も言うようになったな」
ほんの少しの冗談を交えながら話し、出来上がった即席のシチューを食べると、その日はテントを張り、ゆっくりと体を休めた。
翌日。
夜明けを待って馬車を走らせる。
途中の宿場町で馬を変えつつさらに先を急ぐと、五日ほどで森の入り口にあるいつもの村に到着した。
さっそく村の宿に入る。
そこにはノルドさんをはじめとしたベテランの庭師数人が集まってなにやら地図を見ながら話をしていた。
「遅くなりました」
「いや。大丈夫だ。カイゼル殿もすみませんな」
「気にするな。で、状況は?」
「やつはどうやら森の奥であまり動いていないようです。しかし、周りの魔獣がびびって森の中層まで溢れてきやがってます。今は全員が一丸になってその対処に追われているところですね」
「なるほど。ということはマンティコアを叩けばひとまず落ち着くな」
「ええ。そのメンツをどうしようか今は話していたところです」
「人選は任せるが、あまり大人数にならない方がいいだろう。その方が私もユーリも戦いやすい」
「カイゼル殿もマンティコア戦にご参加いただけるので?」
「当然そのつもりで来た」
「了解しました。では、俺とコーエンが盾役でそれぞれカイゼル殿とユーリにつきます。後衛にはラッツを置いて魔法で援護させましょう。それならマンティコアの翼をどうにかできるはずです」
「了解した」
「マンティコアの対策はざっとそんなものです。しかし、そこにたどり着くまでに厄介なのが出るかもしれません」
「というと?」
「はい。ゴブリンの集団がやけに多く目撃されてるんですよ」
「ゴブリン程度なら問題ないだろう?」
「いや。それがそうでもないんです。もしかしたら群れが大きくなってロードが発生している可能性があります」
「ということは?」
「数が千を超える可能性もあるってことでさぁ」
「なるほど……。ユーリ。いけるか?」
「百の群れを十回叩けばいいだけだと考えればいけますね」
「私もいるんだ。五百を相手にすればいいと考えろ」
「そうでした。それなら余裕です」
「わかった。ノルド殿。問題ないだろう」
「……相変わらずですね」
「昔取った杵柄ってやつだ」
「ははは。せいぜい遅れをとらないようにしますよ」
「頼んだぞ」
「了解です」
そんな感じで作戦が決まり、具体的な行程を地図上で確認していく。
地図を確認するかぎり、いかにもゴブリンが群れていそうな盆地を通らなければマンティコアのいる奥地にはすんなりたどり着けそうにないということが明らかになった。
その日はゆっくり休んで翌日から森に入ることにする。
私はゆっくり風呂に浸かると、いったん自分を落ち着けるように、
「ふぅ……」
と息を吐き、軽く全身の力を抜いた。




