ノンナとお茶会
ユーリとお父さんが旅立って十日ほどが経つ。
私とお母さんはなんとなく寂しく思いながらもいつも通り楽しく料理をし、和やかな食卓を囲んでいた。
「お父さん元気にしてるかなぁ?」
「そうね。きっと元気だとは思うけど、ちょっと心配ね。ほら、警護のお仕事って緊張するし、自分の時間が持てないでしょ? だからかなり不満が溜まってるんじゃないかって思うのよね」
「そうだよね。剣術のお稽古ができないときのお父さんってわかりやすいもんね。すっごく不機嫌そうな顔になるんだもん」
「ええ。まるで子供よね」
「ははは。そうかも」
「それにしても私はユーリの方が心配だわ」
「そう? ユーリは意外とのびのびやってそうだけど」
「ええ。でも、慣れない会議に出なきゃいけないし、公式の場だから緊張してなにか失敗でもしちゃわないかしらって思うと、なんとなくね……」
「あはは。それなら心配ないよ。あのユーリだよ? 緊張もしないし、失敗も絶対にないよ」
「そうね。心配し過ぎよね」
「うん。お母さんはもっと自分の息子を信じなきゃ」
「あら。自分の息子だからこそ心配になるのよ」
そう話しながらチキンライスを口に運ぶ。
小さい頃からそう呼んでいるので、私はなんの違和感も持たずに育ってきたが、今にして思うと「チキンライス」というのはなんとも珍妙な名前だ。
母の作る料理は美味しいが、その作り方も名前も突拍子もないものが多い。
このチキンライスとハンバーグにから揚げとフライドポテトが一緒のお皿にのった料理はなぜか「お子様」ランチと呼んでいるし、他にも挙げればキリがない。
しかし、どれも革命的に美味しいものだから、みんな新しい料理としてその名前とともにすんなり受け入れてしまっているからなんとも不思議なものだ。
私は心の中でそんなことを思いながら、いつも通り美味しい料理を笑顔で頬張った。
「そうそう。そう言えば、明後日ミリシア様からお茶のお誘いをいただいたのよ。アナスタシア様もご一緒らしいからノンナも一緒に行きましょう」
「いいの?」
「ええ。学校には明日話をしておいてね。おそらくわかっていただけると思うけど」
「はーい。おやつは何にするつもりなの?」
「そうね。キイチゴの季節だからキイチゴのクリームで飾り付けたピンク色の可愛らしいケーキにしましょう。あと、お芋のようかんも作ろうかしら。ミリシア様がお好きなのよ」
「へぇ。ミリシア様ってお芋が好きなんだ。意外と庶民的な方なのね」
「ええ。ノンナも知っていると思うけど、とっても気さくで庶民の味も好んで食べられるわよ」
「この間、旅をご一緒した時にも思ったけど、本当にお優しくていい方よね」
「そうね。ああいう王族の方がいらっしゃるうちはこの国は安泰だと思えるわ」
「そうかも。ところで、私アナスタシア様とはあんまり話したことがないんだけど、どんな方なの?」
「お可愛らしい方よ。素直で明るくて、時々お茶目さんかしら? なんだかノンナとは気が合いそうな気がするわ」
「そうなの? そう聞くとなんだかお話するのが楽しみになってきたわ」
「うふふ。楽しいお茶会になるといいわね」
最後は二人してニコニコしながら食事を終える。
食後のお茶が済むと私は少しウキウキしながらお風呂に入った。
翌日。
無事、学校の許可をもらってそのことを母に告げる。
「よかったわね。じゃあ、明日は朝からお菓子作りよ」
「うん。頑張ってお手伝いするね」
そんな話をしながらチクゼン煮というやはり考えてみれば奇妙な名前の煮物が入った鍋をゆっくりとかき混ぜる母の横に立って、さっそく今晩の夕食作りのお手伝いを始めた。
ご飯、お味噌汁、チクゼン煮にハンバーグとポテトサラダという夕食をしっかり食べ、満たされた気持ちで床に就く。
(明日はお茶会か……。ちょっと緊張するけど、楽しみの方が大きいかも。いいお茶会になるといいな)
と思いながら目を閉じると、自然とやってきた眠気に身を委ねた。
朝からウキウキとして台所に立つ。
昔から母が料理をしているのを見るのが好きだった。
母はとにかく楽しそうに料理をする。
「このお肉はちょっとやんちゃさんかしら? ここの筋を切ってあげたらおりこうさんになりそうね」
とか、
「まぁ、なんて可愛らしいキャベツさんでしょうね。今日はこの子を使ってロールキャベツで決まりね」
と言いながら、本当に嬉しそうな顔をしている母を見ていると、私もなんだかウキウキした気持ちになっていたものだった。
そんな昔を思い出しながら母と一緒にお菓子を作っていく。
カカオを使ってこげ茶色に仕上げたスポンジにキイチゴでピンク色に染まった可愛らしいクリームを塗っていかにも王室のお茶会にふさわしいような飾り付けをしていく。
さすがの手並みで綺麗にケーキを装飾していく母の手元を見ながら、
(いつか私もこんな素敵なケーキを作れるようになれるといいな)
と思い、なんだかワクワクする気持ちになった。
お菓子の準備が整い、サンドイッチで軽めの昼食をとってからお城に向かう。
久しぶりに着るちゃんとしたドレスは少しお腹のあたりが苦しかったけど、それでもやはり綺麗な衣装を着ると心が躍るもので、私も母もウキウキした顔でお城の玄関をくぐった。
「ようこそ。私のサロンへ」
にこやかに迎え入れてくれるミリシア様にきっちりと礼をとって席に着く。
「ご無沙汰しております。アナスタシア様。その後お加減はいかがですか?」
と当たり障りなくアナスタシア様に話しかけると、アナスタシア様は天使のようにニッコリと笑い、
「最近はとっても調子がいいのですよ。それもユーリさんがこのスーちゃんを連れてきてくれたおかげですわ」
と言って膝に乗っている青いスライムを軽く抱き上げ、見せてくださった。
「まぁ。その子が噂のスライムなんですのね。ちょっと触ってみてもよろしいでしょうか?」
「ええ。どうぞ」
「ありがとう存じます。……まぁ! スベスベしているし、ぷにぷにでとっても気持ちいい触り心地ですのね」
「ええ。それにとっても賢いんですのよ。私たちの言っていることはなんとなく理解しているらしいの」
「それはすごいですね! 初めまして、スーちゃん。私ユーリの妹でノンナっていうのよ。よろしくね」
「きゅっ!」
「まぁ! 本当にお返事をしましたわ!」
「うふふ。賢いでしょ?」
そんな話からお茶会が始まる。
ミリシア様と母が、
「ノンナのお話はとっても面白くていつも楽しませてもらいましたのよ」
「あら。どんなお転婆な話をしたんです?」
「うふふ。小さいころ町の市場で買い食いしていたお話なんかを聞いたかしら。特に出来立てのどら焼きが美味しいっていうお話を聞いた時は思わず食べてみたくなりましたわ」
と話しているのをなんだかこそばゆい気持ちで聞く。
するとアナスタシア様が、
「あら。どら焼きというのはなんですの?」
と素朴な疑問を差し挟んできた。
「あら。アーニャは食べたことがなかったかしら? あんこをふわふわのケーキみたいな生地で挟んだ庶民のおやつなんですって。とっても甘くて美味しいのよ」
「まぁ。それは聞くだけで美味しそうですわね。私も一度食べてみたいですわ」
「じゃあ、今度作ってお届けいたしましょうか?」
「いいんですの?」
「ええ。メイドさんや執事さんたちの分もたっぷり作ってお持ちしますよ。ノンナ、一緒に作りましょう」
「はい。お母様」
「あらまぁ。それは素敵ね。ノンナもお料理が得意なんでしたわね」
「母に比べれば腕は全然ですが、お料理をするのは大好きです」
「いいですわね。親子でお料理なんて、素敵だわ」
「ええ。私、お料理なんてしたことはもちろん、しているのを見たこともありませんから、ちょっとうらやましいです」
「あら。それは少し残念ですわね。いつも食べているお料理がどんな風に作られているのか知ると、感謝の気持ちが湧いて、より美味しく感じられますのよ」
「そうなんですの? では、今度料理長にお願いして台所を見学させていただきましょう」
「いいわね。それ。私も一緒に行かせてもらうわ」
「うふふ。お二人とも仲がよろしいんですね」
「ええ」
そんな会話でひとしきり盛り上がりながらお茶とお菓子を食べる。
ミリシア様はお芋のようかんをさも美味しそうに召し上がり、アナスタシア様も初めて食べる味に目を見開いて、
「なんて美味しいのかしら! 素朴な甘さでいくらでも食べられそうですわ」
と言い、その感動を伝えてくれた。
その後も楽しくおしゃべりをして和やかなうちにそろそろお開きという時間になった。
「今日は楽しいお茶会をありがとうございました」
「いいえ。またご一緒してちょうだいね」
「はい。必ず」
そう言ってミリシア様にお礼を言うと、横からアナスタシア様が少し遠慮気味に、
「あの。ユーリさんが帰ってこられたら是非、その、グランフォード家の食堂にお招きいただけますか?」
と申し出てきた。
「ええ。もちろんです。その時は精一杯おもてなしさせていただきますわ」
と言う母に、アナスタシア様が、
「その。みなさんがいつも召し上がっているようなものを食べてみたいんですの。わがままを言いますが、聞いてもらえますか?」
と少し上目遣いに尋ねる。
私はその様子をなんとも可愛らしいと思いながら、にっこり笑い、
「もちろん。大歓迎ですわ。ねえ。お母様?」
と母に代わって答えた。
「ええ。もちろんです。から揚げでもなんでもお作りしますよ」
「まぁ! から揚げですか? 私一度食べてみたいと思っていたんですの。体が弱い時はお腹に悪いからっていって食べさせてもらえなかったんですのよ」
「そうでしたか。では今度我が家にいらっしゃったときは是非思いっきり食べてくださいましね」
「ええ。約束ですよ?」
「もちろんでございます」
そう約束してお茶会が終わる。
私たちはもう一度丁寧に礼を言って、ミリシア様のサロンを辞した。
「アナスタシア様って、思っていた以上に気さくな方なのね」
「ええ。お可愛らしいでしょ?」
「うん。すっごく可愛いって思った!」
「うふふ。仲良くなれるといいわね」
「うーん。それはそう思うけど……」
「身分を気にし過ぎるとかえって失礼になることもあるわ。アナスタシア様が仲良くして欲しいと思ってらっしゃるのなら、遠慮なんていらないのよ?」
「そんなものなの?」
「ええ。そんなものよ」
そんな話をしながら家の玄関をくぐる。
私も母も真っすぐ台所に行き、手を洗ってエプロンを着けた。
「さぁ。今日はたくさんお菓子をいただいたから軽めにしておきましょうね。何がいいかしら?」
「うーん……。お蕎麦とか?」
「あらいいわね。久しぶりに蕎麦打ちね」
「私にもコツを教えて」
「ええ。いいわよ」
母はニッコリ笑うとさっそく蕎麦打ちの道具を取りに納戸の方へ向かっていった。
私は蕎麦粉や打ち粉を戸棚から出して準備を始める。
(本当は天ぷらそばがいいけど、今日はたくさんお菓子を食べちゃったから月見とかにしといたほうがいいかな? ああ、でもお母さんの天ぷら食べたいかも)
などと思いながら軽くお腹の辺りをさする。
そこへ母が戻ってきて、
「天ぷらも揚げましょうね」
と言ってくれた。
「うん!」
と元気よく返事をしてさっそく調理に取り掛かる。
私は今日という一日が楽しく始まり、楽しく終わっていくことを嬉しく思いながら、さっそく天ぷら鍋に油を注いだ。




