庭師と国際会議01
「いやぁ、あの魚介カレーは美味かったのう」
「うん。トマトのスープも美味しかったね!」
「ああ。どちらも魚や貝のうま味がたっぷり出ていたな」
「それに朝、市場で食べたスープじゃ。あれも絶品じゃったのう」
「たしか、クラムチャウダーって名前だったか? あれも元はハンナさんの考案だっていうから驚いたよ」
「うむ。相変わらずハンナは料理に妙な名前を付けるが、料理は抜群だったのう」
「まったくだ。本当にどこでどうやって思いつくんだろうな」
そんな話をしながら海辺の町を出る。
途中、よさそうな砂浜を見つけたので、リルとマロンを遊ばせ、ついでにそこで野営をすることにした。
市場で買ってきた質のいい干物を焼き、貝のうま味たっぷりのみそ汁を作る。
「海のお水って本当にすっごくしょっぱいんだね!」
「ああ。いい勉強になったじゃろ」
「うん。びっくりした」
「ははは。なにごとも実際に試してみるのが一番だからな。ほら、ご飯ができたぞ。さっそく食べよう」
「「いただきます!」」
声を揃えてさっそくみそ汁をすすり、
(やっぱり材料が違うな。新鮮な魚介のちゃんとしたうま味がする……)
としみじみ思った。
一夜を明かし、再び馬車に揺られる。
途中、海に背を向けるような方向に進み、三日ほどかけてちょっとした峠を越えると、そこからはエルフの国、エメルシス大公国の領地となった。
一応設けてある程度の関所で身分証を出し、なんなく通過して街道を進む。
そして夕暮れ前には無事最初の宿場町に入った。
(フィッツランドでは当たり前に通用したが、この国でリルたちはちゃんと受け入れてもらえるだろうか?)
と心配しつつ宿に入る。
宿の人は最初たいそうな驚きようだったが、私の身分をちゃんと明かし、リルたちが神獣であることを告げると、なぜか跪いて拝んできた。
「いや。そこまでかしこまられると逆に困る。すまんが、普通にしてくれるか?」
苦笑いでそう頼み、部屋に案内してもらう。
聞けばエメルシス大公国で神獣はそれこそ神格化された存在として扱われるらしく、どこの宿でもそういう扱いを受けるだろうという話だった。
宿で心尽くしのもてなしを受け、翌日からさっそく公都を目指す。
公都は意外と近く、二日ほどで辿り着いた。
事前に言われていたとおり、まずはエメルシス騎士団の詰所を訪ねる。
受付らしきところで身分を明かし、案内を求めると、すぐ応接室のようなところに通された。
ややあって扉が叩かれる。
入ってきたのは明らかに騎士と思われる身なりをした壮年の男性で、その男性は入ってくるなり、跪き、
「神獣様。遠路はるばるお越しいただき、感謝申し上げます。エメルシス大公国騎士団副団長を務めております、エイケシャリス・ヤン・ノインステリアと申します。どうぞ、エイクとお呼びください」
と丁寧なあいさつをした。
「うむ。マロンである。こちらこそよしなに頼むぞ」
「わっふ! 僕、リル! よろしくね!」
うちの子たちがそう返すと、エイクと名乗った人物は、
「はっ。もったいなきお言葉に存じます」
と応じ、敬礼の姿勢を解いた。
その後、エイクと名乗った男性は立ち上がり、
「改めて自己紹介しよう。エイクだ」
と言って私に右手を差し出してくる。
私はなにげなくその手を握り、
「ユーリと申します。今回はよろしくお願いします」
と通常通りの挨拶をした。
「ほう……」
エイクさんの一瞬顔をニヤリとさせる。
(ん?)
と思い、エイクさんに視線を送ると、エイクさんは、明らかにニカッと笑ってから、
「カイゼル殿の弟子というのは聞いていたが、なかなかのようだな。楽しみにしているぞ」
と言ってきた。
ぽかんとしつつ、
「あ、ええ……」
と答え、次に「なにがですか?」と問おうとしたところがエイクさんはその暇を与えず、
「さっそくだが、宿を用意してあるから案内しよう」
と言い、さっそく先に立って部屋を出ていく。
私は少し慌てつつそれについて行き、騎士団の詰所のすぐはす向かいにある宿に入った。
「この宿は会議の期間中貸切られている。各国の代表団が泊まるから細かい折衝も可能なようにな。城からメイドも派遣しているから遠慮なく頼ってくれ。ドワーフの代表はもう来ているから、少し予定より早いが、明日の朝、第一回目の予備会合開かせてもらうぞ。朝一番に詰所に来てくれ」
そう言って、エイクさんが「他になにか質問はあるか?」というような目でこちらを見てくる。
私は(せっかちな人なんだろうな)と、なんとなく思って苦笑いしながら、
「いえ。飯の美味しい店は後でメイドさんから伺います」
と答えた。
「飯は宿で出るぞ? ちゃんと各国風の物を提供する予定だ」
「ええ。そうでしょうが。せっかくなのでこの町の味を知りたいと思いましてね」
「そうか。変わってるな。それなら、この宿を出て左に十軒ほど進んだところにある『憩い亭』がオススメだ。なにしろ飯が出てくるのが早い。是非、試してみてくれ」
「ありがとうございます。楽しみです」
「食神の住まう国の人間の舌に合えばいいがな」
「おそらく大丈夫ですよ」
「そうか。ではまた明日の朝」
そう言ってエイクさんはさっさと行ってしまう。
(本当にせっかちな人なんだな……)
そう思ってまた苦笑いしつつその背中を見送り、まずは荷物を下ろす。
旅の間一応つけていた防具を脱ぎ、普段着に着替えると、さっそくその「憩い亭」なる定食屋に行ってみることにした。
「エルフの料理というとここまで食べてきたように、素材本来の味を大切にしているという印象があるな」
「うむ。よく言えば健康的な味じゃの」
「僕にはちょっと薄いかも」
「そうだな。しかし、そういうのもたまにはいい」
「ああ。大昔は味付けという文化すらなかったくらいじゃからな」
「そうなのか?」
「うむ。ここに来るまでに食べた料理は大昔の印象とはずいぶん違ったぞ」
「そうなのか……。もしかしてそれもハンナさんの影響だろうか?」
「ふっ。否定はできんの」
「わっふ! ハンナさんってすごいね!」
「ああ。外に出てみて改めてその偉大さを知ったよ」
そう言いながら歩いていると、すぐに目的の「憩い亭」に着いた。
夕飯には少し早いだろうか、という時間だったので、少し広めの席に座らせてもらう。
やはりリルとマロンの存在には驚かれたが、普通に接してもらってかまわないことや、国際会議でしばらくの間滞在することを説明すると、ごく普通に受け入れてくれた。
「オススメはなにかあるか?」
「そうですね。早いのだったらチャーハンです。時間がかかってもよければロック鳥の中に米や野菜を詰めて焼いたものが美味しいですよ」
「そうだな。時間もあることだし、そっちのロック鳥の方をもらおうか。ちなみにロック鳥というのはなんなんだ?」
「ああ、そうでした。ロック鳥はこの国の名産で、うま味が強い鶏って感じの肉質ですよ。見た目は鳩みたいで大きさは鶏って感じですね」
「ほう。それは楽しみだ」
「うふふ。少々お待ちください」
鳥の丸焼きに近い物だろうから、それなりに時間がかかるだろうと思い、ゆったりとした気持ちで窓から町行く人たちを眺めて待つ。
しかし、エイクさんが出てくるのが早いと言っていた通り、思ったよりも全然早い時間で料理が出てきた。
「豪快に切り分けてご飯とお肉を混ぜてから食べてくださいね」
と教えられた通り、腹の辺りから豪快に切って肉をほぐし、中身と混ぜ合わせていく。
これはリルには少し難しそうだと思ったので、リルの分は私が代わりにやってあげた。
「「「いただきます」」」
声を揃えて一斉に口に運ぶ。
ロック鳥の最初の印象は軍鶏に近いものだと思ったが、噛めば噛むほどうま味が増してきて、最終的にはやや薄味の鴨といった印象に変わった。
「これ、普通に美味しいね!」
「ああ。期待以上だ」
「うむ。しかし欲を言えばもう少しハーブか香辛料が欲しい」
「そうだな。しかしそれがエルフ流だと思えばなんとも趣があっていい」
「そうじゃな。この地でしか味わえんものをこの地の流儀にしたがって食う。それもまた一興というものじゃろうて」
そんな会話をしながら、三人で腹いっぱいになるまでロック鳥を満喫し、宿に戻った。
風呂に入り、明日に備えて寝る。
(さて。明日からは仕事だからな。気持ちを切り替えていかねば)
そう思って私は軽く息を吐き、気持ちを整えてからゆっくりと眠りに落ちていった。




