庭師とエルフの国への旅02
女の子を無事母親に託し、騎士団が使う少し立派な馬車に乗り込む。
当然だが御者はいないので自分で操ることになった。
ガタゴトと音を立てて進む馬車の窓からリルが顔を出し、
「気持ちいいね!」
と嬉しそうに声を掛けてくる。
(小さい子が乗り物好きなのは人もフェンリルも変わらんのだな)
と妙なことを思いつつ、
「ああ。いい天気で気持ちいいな」
と答えた。
のんびり馬車を走らせ、気持ちのいい初春の風に吹かれる。
(こんなにのんびりした気持ちになったのは久しぶりかもしれんな……)
と思いつつ、この機会を与えてくれたノルドさんやカイゼルさんに感謝した。
いつもの野営飯の感じで昼食をとり、最初の宿場町に入る。
とっぷりと暮れた宿場町で私はふと、
(リルが入れる飯屋はあるだろうか?)
という疑問にぶち当たった。
(いざとなれば野営で済ませられるから、入れる店が無くても問題無いが、それじゃあなんだかリルがのけ者にされたようでかわいそうだな。もしかしたら傷ついてしまうかもしれん……)
そう思って宿の人間に話をしてみると、宿の人は笑って、
「うちなら大丈夫ですよ。それにこの国の人間で神獣様を嫌がるやつはいないでしょうから、ちゃんと話せばどの店もわかってもらえるでしょう」
と言ってくれた。
その日はその宿で夕食を出してもらい、みんなで楽しく食卓を囲む。
宿の人は最初、
「どんな器でお出ししたらいいですか?」
と聞いてきたが、人が食べるのと同じで構わないというとやや驚いた顔でリルを見ていた。
「えへへ。僕、お作法頑張ったんだよ」
「ああ。上手にできて偉いぞ」
「うむ。さすが神獣だけあってリルは魔法の飲み込みが早いからのう」
「えへへ。褒められちゃった!」
そんな団欒を経て風呂に入り床に就く。
慣れない宿の部屋ということもありリルがちゃんと寝つけるか少し心配したが、リルはなにも気にならない様子でいつも通りスヤスヤと眠ってしまった。
そんなリルを軽く撫でてやってから私も横になる。
(楽しい旅になりそうだな……)
そう思って軽く頬を緩めて目を閉じると、私もいつも通りすんなり眠りに落ちていった。
それからも楽しい旅が続く。
四日ほど馬車を走らせたところで、私たちはついに海辺の町へ到着した。
宿に入った時間はまだ夕方前。
「予定には十分余裕があるんじゃったな」
「ああ」
「よし。では魚三昧じゃ!」
「わっふ!」
マロンの呼びかけにリルが元気よく返事をして、私たちはさっそく夕暮れの町へと出かけていった。
市場に並ぶ露店を冷やかして回る。
「わっふ! いい匂いがするよ! あれなに?」
「あれはイカ焼きだな。食うか?」
「うん。食べる!」
「よし。ただし、夕ご飯前だから一個をみんなで分けよう」
「うむ。それはやむを得ないじゃろう」
「おっさん。ひとつくれ。できれば切ってもらえるとうれしいが」
「あいよ!」
漁師町らしい威勢のいい返事を聞き、切り分けてもらったイカ焼きを頬張る。
「もっちもち? こりこり? お肉とは違って美味しいね!」
「うむ。この噛む度に溢れ出してくるうま味がたまらんわい。それに磯の風味もしてよいのう」
「そうだな。新鮮なイカを使っているんだろう。臭みがまったくない」
「あたぼうでさぁ! うちはとれたてのイカを使ってやすからね」
「ああ。とても美味しかったよ。ありがとう」
「いえ。こっちこそ神獣様に食べていただけてありがてぇってもんでさぁ」
「そう言ってもらえると助かる。そうだ。この辺りでオススメの店はないか?」
「お。それなら、この通りの先にある『浜屋』って店がオススメですぜ。新鮮な魚介を豪快に炉端焼きで出してくれるんでさぁ」
「そいつは美味そうだな。もちろん刺身も食えるんだろ?」
「ええ。そいつぁもう新鮮な刺身がたんまり出てきますぜ」
「そうか。なら行ってみよう。ありがとう」
「いえ。毎度あり!」
相変わらず威勢のいい声に送り出されてその「浜屋」なる店を目指す。
着いた店はいかにも漁師町の居酒屋という風情の店で店に入っていないにもかかわらず、魚介の焼けるいい匂いが漂ってきた。
「良さそうな店じゃのう」
「美味しい匂いがいっぱいしてくるよ!」
「そうだな。さっそく入ろう」
そう言って店の扉を開き、リルとマロンがいることを伝える。
「神獣様なら大歓迎でさ! 奥の席にどうぞ!」
また漁師町らしい威勢のいい声に誘われて店の奥の少し広い席に通してもらう。
私はとりあえずビールを頼むと壁に書かれている品書きを見た。
(たくさん種類があるな……。とても選びきれんぞ。お。オススメの盛り合わせがあるじゃないか。それにしよう。炉端焼きの盛り合わせと刺身の盛り合わせの両方頼めばいいだろう。〆のご飯も海鮮茶漬けがあるから、問題無いな。よし、そうしよう)
と考え適当に注文を出す。
店員は最初、リルとマロンがどのくらい、どうやって食べるかと聞いてきたが、やはり普通の人が食べる一人前を普通に出してくれればいいと答えて、料理の到着を待った。
先に刺身が出てくる。
「赤貝とマグロ、カンパチにスズキっすね。あとおまけで甘エビもつけときましたんで、ごゆっくりお召し上がりください」
そう言われて出されたてんこ盛りの刺身を見て、軽く衝撃を受けつつ、さっそくマグロを一切れつまむ。
初めての刺身に興味津々のリルに「わさびはほんのちょっとでいい」とか「醤油をつけ過ぎないように」と軽く注意をしてさっそくマグロを口に運んだ。
あっさりとしていながらもしっかりとした甘さを感じる身を噛みしめ、本の少しツンとするワサビの香りを堪能する。
「うむ。美味い!」
「わっふ! 不思議な感じ。でも美味しい!」
私の横で嬉しそうな声を上げる二人を軽く撫でてやりつつさらに刺身をつまむ。
コリコリとした赤貝の歯ごたえやたっぷりと脂ののった甘いカンパチ、あっさりとして歯ごたえのいいスズキとそれぞれの味を堪能したところで、おまけしてもらった甘エビに手を伸ばした。
(これは初めてだな。エビと言っていたがはたしてどんな味なんだろうか?)
と思いつつ醤油とワサビをほんの少しつけ、口に運ぶ。
ねっとりとした独特の食感と甘エビというだけあってものすごく濃厚な甘みが私の口いっぱいに広がった。
「むっ!」
思わずうなる。
そんな私を見て、リルが、
「どうしたの?」
と聞いてきたので、私は優しく微笑みながら、
「これも美味いぞ。食べてみてくれ」
と優しくそう言ってあげた。
さっそくリルとマロンが甘エビを口にする。
「むっ! これは、すごいのう……」
「うん。びっくり! 甘くて美味しいね!」
そう言って嬉しそうな顔をする二人に私も微笑み返すと、そこからは夢中で刺身に箸を伸ばした。
やがて炉端焼きがやってくる。
「サザエにアワビ、イカにサバ、それからこの辺でムツって呼んでる魚です。ムツは足が速い魚なんでこの辺でしか食べられませんよ」
愛想よくそう言って下がっていく店員を見送り、さっそくそのムツとやらに箸を伸ばす。
見た目は大ぶりな白身魚という印象だったが、食べてみると驚くほど濃厚なうま味が口の中を支配した。
(なんだ、これは。美味い、とにかく美味いぞ。脂がのっているがそこまでくどくもないし、むしろその脂の甘味がたまらない。肉に近いような甘みもあるが、肉とは違って味わいが繊細だ。これは、なかなかのものに出会ったぞ……)
驚いて固まる私の横で二人も、
「むっ!」
「すごっ!」
と言葉にならない感想を漏らす。
どうやら同じようなことを思ったらしい。
私たちは炉端焼きも十分に堪能し、大満足で店を出た。
「わっふーん。美味しかったぁ……」
「うむ。あの店は正解じゃったな」
「ああ。大満足だ」
「ねぇねぇ。明日も行こうよ」
「ああ。他にも気になる魚があったからそれでもいいかもしれんな」
「うむ。夜はそうしよう。しかし、昼はまた別の店を探すがよいぞ」
「そうだな。せっかくなら魚介のカレーやスープも食べてみたい」
「それはよいのう。是非そうしろ」
「ああ。がんばって探してみるよ」
そう話しながらたどる宿への道が満天の星明かりに照らされほんのりと輝いている。
私はさして飲み過ぎたわけでもないのに、上気した頬を風にさらし、
(明日からも楽しみだ)
と思って「ふぅ……」と軽く息を吐いた。




