庭師とエルフの国への旅01
無事に厳冬期を乗り切り、そろそろ春の足音が聞こえ始めようかというころ。
いつものように事務室で書類仕事をしていると、そこにノルドさんがやってきた。
「ユーリ。任務だ。詳しい話を詰めるからついてこい」
いきなりそう言われて、
(森でなにかあったのか?)
と思いつつ席を立つ。
私はてっきり師長室に行くのだろうと思っていたが、ノルドさんは詰所を出て王宮の方へ歩いていった。
「どうしたんです? 緊急事態ですか?」
やや焦って訊ねる私に、ノルドさんは歩きながら、
「春にうちを含めた近隣三か国が持ち回りで会議をしているのは知っているだろう? 今年はエルフさんのところであるんだが、そこに参加してもらいたい。魔獣関連の実務者協議ってやつがあるんだ」
と面倒くさそうな顔でそう言ってきた。
「いや。そういうのは師長の仕事ですよね?」
「ああ。本来はな。でも今年は王がお前をご指名なんだとよ。まぁ、俺としても堅苦しい会議に出なくて済むんだから助かるがな」
「なんでまた……」
「おそらくだが、他の国からお前を見せてくれとでも言われたんだろうな。ほら。お前ゴルディアス共和国でけっこう派手に活躍しただろ? それで、気になったんじゃないか? フィッツランドの天才剣士はどんなもんなのかってな。それにお前の場合あのシャーリー先生と仲がいいのもあるだろうな。きっとあの人を介してエルフさんにも名を知られたってところだと思うぜ」
「……まさか」
「ふっ。自覚はないだろうが、お前はもはや一個の戦力として見られてるんだよ。その戦力が安心安全ですってところを見せておくのも外交ってやつらしいからな。あのカイゼルの弟子として恥ずかしくないよう振舞ってこい」
「……わかりました」
とおおよそのことを聞きつつ王宮に上がる。
執事の案内で大会議室のような場所に行くと、そこには王をはじめとした一同が揃っており、当然ながらカイゼルさんの姿もあった。
「遅くなりましたでしょうか?」
いつになく丁寧にそういうノルドさんに、
「よい。急に呼び出したのはこちらの方だからな」
と王が鷹揚に答える。
私はかしこまって席に着くノルドさんの隣に座りやや緊張しながら周りの様子を見た。
「では概要の続きを……」
そう言って宰相が議事を進行していく。
前半は予算や輸出入の話で私にはなんのことやらさっぱりわからなかったが、なにやら議論は白熱し、けっこうなやり取りを重ねていた。
(いや。私がこの場にいる必要ってあるのか?)
と疑問に思いつつカイゼルさんを見る。
カイゼルさんは仕事中とあって当然厳しい表情をしていたが、私と目が合うと、その厳しい表情のまま軽くうなずいた。
(なるほど。話を理解するしないじゃなく、私がこの場にいて話を聞いておくということが重要ということか……。ならば面倒だが、付き合うより他にないだろうな)
そう理解した私は、なにを言っているのかよくわからない会議を真剣に聞く。
そして、各議題がひと通り終わったかというタイミングで王がノルドさんに話を振った。
「魔獣及び森の薬草の状況に関しては例年通りか?」
「はっ。最近やや魔獣が増加傾向にあるのが気になるところではあります。その辺りは各国と話を詰めた方がよいかと存じます」
「そうか。では、資料をまとめておくように。詳細な議論は実務者であるユーリに任せる」
「かしこまりました。近日中に報告書を上げ、一同にご回覧いただきます」
「わかった。ユーリ。しっかりやるように」
「はっ」
私たち庭師の話はそれだけで終わった。
おそらくこの国に、森のことは庭師の意見を第一に考えるという暗黙の了解があるからだろう。
「それでは本日は散会とする。詳細は個別に詰めるから今日出た課題を近日中に修正し報告するように」
王が会議を閉める言葉を言い、退席していく。
その後、会議に出席していた人たちも退席し、私たちも少し待ってから退出した。
「本当に私でいいのですか?」
「ああ。王がそう仰せなんだからいいんだろうよ。まぁ、ちょっとした外国旅行だと思って楽しんでこい」
「さすがにそんなわけには……」
「いや。それがそうでもねぇぜ。他の貴族さんたちと違って俺らは王に随行する必要がねぇ。気ままな一人旅ってやつだ。ああ、お前の場合猫ちゃんとわんちゃんがついてくるかもしれねぇが、まぁ、気ままな旅ってことに変わりはねぇわな。長めに休みをやるから二、三日早めに出て旅の空を満喫してこい」
「いいんですか?」
「ああ。こっちはそれで構わねぇよ。おそらくカイゼル殿も同じことをいうんじゃないか? 常々お前に広い世界を見せてやりたいと言っていたからな」
「それはありがたいことです。今夜にでも確認してみます」
「おう。ありがたく甘えとけ」
帰り道はそんな話をしながら詰所に戻る。
軽く事務仕事を済ませて家に戻ると、やはりカイゼルさんからは旅を楽しんでこいというようなことを言われた。
「今回の一番の目的は当然会議だが、森のことは庭師に任せるのが慣例だからな。その辺りは庭師として率直な意見交換をしてきてくれれば問題無い。報告にあった魔獣の増加傾向についてもきちんと各国の情勢を把握してもらえれば問題ないからな。あとは自由に旅をし、見聞を広めてきてくれ。それがお前の将来にとっていいように思うからな」
「ありがとうございます。お言葉に甘えてしっかり勉強してきます」
「いいなぁ。外国旅行。私も行ってみたいわ」
「あらあら。ノンナ。ユーリはお仕事で行くのよ? 物見遊山じゃないんですからね」
「それはわかってるけどさぁ……」
「またお土産をたくさん買ってこよう。エルフの国は織物とか繊維産業が有名だから綺麗な布や糸がたくさんあるだろう」
「じゃあ、可愛いリボンやレースをたくさん買ってきて! それでお母さんと一緒に髪飾りを作るから」
「ああ。わかった。たくさん買ってこよう」
「やった!」
「ふっ。当然じゃがわしも行くぞい」
「ついて来てくれるのか?」
「うむ。エルフの国に行くということは海辺を通るはずじゃからな。久しぶりに刺身が食いたい」
「わっふ! お魚食べられるの? やった!」
「おいおい。二人とも。一応仕事で行くんだからな?」
「わかっておるわい。じゃが、こんな機会滅多にないからのう。せいぜい堪能させてもらうぞ」
「わっふ!」
「ははは。わがままはほどほどに頼むぞ」
「ふっ。二度も言わせるな」
そんな会話で話は決まり、離れに戻る。
私は慣れない外交とやらを急に仰せつかったことに戸惑いこそしたが、結局は、
(なるようにしかならんだろうな)
と腹を括って、さっさと床に就いた。
翌日から慌ただしい日々が始まる。
会議用の資料をまとめ、注意点や各国の状況で聞きたいことをまとめるだけでけっこうな時間を取られてしまった。
それが終わると今度は本格的な旅支度に入る。
今回は正式な訪問ということもあって、式服や儀礼用の鎧なんかも荷物に入れた。
数日後。
「大丈夫? 忘れ物はない? ハンカチは多めに入れたかしら?」
心配そうに言うハンナさんに苦笑いをして王を始めとした貴族一行よりやや早めに出立する。
私はやや浮き立つ気持ちを抑えられず、なんとなく微笑みながら家の門をくぐった。
外国訪問とあって、騎士団のやや立派な馬車を借りに王都の門の側にある厩舎に向かう。
周辺は各地へ向かう駅馬車と乗客でやや混雑していて馬車が準備されているのを待っていると、みんなの視線がリルに注がれてきた。
「わっふ。みんな見てるね」
「ああ。なんといってリルはフェンリル様だからな。みんな珍しがってるのさ」
「そうなんだ。なんかくすぐったいかも」
「すまんな。しばらくはそんな状況が続くと思うが大丈夫そうか?」
「うん。ユーリが側にいれば平気だと思うよ」
「なに。フェンリルに悪さをしてくる罰当たりな人間はおるまいて」
「そうだな。仮にいたとしてもなんとかするさ」
「わっふ!」
嬉しそうに鳴いて頭をこすりつけてくるリルを撫でてやる。
するとそこへ五歳くらいの女の子がリルに近寄ってきた。
「わんちゃん、おっきいね!」
無邪気な笑顔にこちらも頬を緩めつつ、
「ああ。リルっていうんだ。この子は特別大きいんだよ」
と言うと、女の子はまたニコッと笑い、
「なでなでしていい?」
と聞いてくる。
「ああ。いいよ。優しくしてやってくれよ」
そう言って女の子を軽く抱え上げると、リルの背中にそっと降ろしてあげた。
「うわぁ。ふっかふか! あはは! 気持ちいい!」
「そうか。良かったな、リル。リルの背中は気持ちいいらしいぞ」
「わっふ」
そんなやり取りを見て周囲の人が微笑みを浮かべている。
私はそこにこの国の人々の優しさを感じ、なんとも言えず微笑ましい気持ちになった。




