王家の食卓
いつもよりにぎやかなお茶の時間が終わり、ほんの少しの寂しさを抱えつつ普段着のドレスに着替える。
(今日はユーリさんとたくさんお話できたわね)
そう思って少しドキドキする自分の胸にそっと手をやった。
食事の時間まで本を読んで過ごす。
読みかけの物語を開いてみると、ちょうど主人公の英雄が悪魔の使いである邪竜討伐に向かうという場面だった。
緊張感しつつも、世界の平和のために戦おうとする主人公の姿を見て、私はユーリさんを思う。
(きっとユーリさんはこういう気持ちで日々を送っているのでしょうね。もちろん他の庭師の皆さんも……。そういう、献身に支えられて私たち王族の平穏な生活が保たれている。そのことを決して忘れてはいかないんだわ)
そう思うと、心の底からじんわりと温かいものが込み上げてきた。
「姫様。お食事の時間です」
メイドのジルに声を掛けられ食堂に向かう。
白を基調とし、金で装飾された豪勢な扉をくぐり、シャンデリアが輝く豪勢な食堂に入る。
(たしか、ユーリさんは伯爵家の食堂を飾り気がなくて木の質感をそのままいかしたような場所と言ってらっしゃったかしら? それに灯りも控え目とか……)
頭の中で昼間、ユーリさんが言っていた話を思い返すが、その場所がどんな場所なのか想像もできない。
(私って本当に世間知らずなのね……)
そう思うと、なんだか悔しいような情けないような気持ちになった。
王太子のレイサス兄様とミリシア義姉様、それにその子供のチャールズちゃんが仲睦まじげな様子で食堂に入ってくる。
それに続いてお父様とお母様も食堂にやってきた。
「ごきげんよう。みなさま」
「ごきげんよう。アーニャ。体の調子はどう?」
「大丈夫ですわ。お母様。最近、本当に調子がいいんですよ」
「ええ。シャーリー先生から聞いているけど、なんだか心配になってしまって」
「本当に大丈夫ですからご安心なさって」
「そうね。なんというかもう、アナスタシアを見ると体調のことを聞くのが口癖になってしまっているかもしれないわ。ダメね。もう、こういう口癖は止めないと」
「そうだね。アーニャはもうずいぶんと元気になったんだからね」
「ありがとうございます。お父様、お母様」
挨拶代わりに体調のことを聞かれるいつもの会話から食事が始まる。
「本日のメインには子羊のロースト、お魚はヒラメのムニエルをご用意しております」
そんな説明を聞きつつ、出された料理を静かに食べる。
最近はみんなと同じものを食べることができるようになった。
まだまだ食べられる量は少ないけど、それでも以前に比べたら格段の進歩だと自分では思っている。
お父様とレイサス兄様がなにやら政治の話をし、お母様とミリシア義姉様がチャールズちゃんの世話をしながら楽しそうに食事をしている。
私はなんとなくその光景を見ながら、
(やっと私も家族の食卓の一員になれたのね……)
と思った。
これまでは食事も一人、ベッドでとらなければならないことが頻繁にあった。
同じ食卓でも別のものを食べ、家族から心配の目を向けられていたのが、なんともいたたまれなかった。
しかし、今はこうして家族の笑顔の輪の中にいる。
そのことが私に明日への活力をくれているような気がしていた。
(ユーリさんはどんな気持ちで夕食を召し上がっているのかしら? きっとハンナさんの美味しい料理を食べて、笑っていらっしゃるのでしょうね。いつか本当に見てみたいわ)
そう思っている私にお父様が、
「今日はずいぶんご機嫌だね。なにかいいことがあったのかい?」
と話しかけてくる。
(あらやだ。そんなに顔に出ていたのかしら?)
と少し恥ずかしく思い、軽く目を伏せつつも笑顔で、
「はい。今日はユーリさんとシャーリー先生をお茶の席にお招きしましたの。たくさん町の話が聞けましたのよ」
と答えた。
「それはよかったね。どんな話を聞いたんだい?」
「はい。市場で美味しいお肉を売っているお店を見分ける方法ですとか、あとはこの季節の産物の話が主だったでしょうか。ああ、あと喫茶店という場所があることを教えていただきましたわ」
「ははは。ものの見事に食べ物の話ばかりだね」
「あら。そういえばそうですわね。あと、ダンスを習いたいっていうお話もしましたの。シャーリー先生が、そろそろ軽い運動をして体力をつけたらどうかとおっしゃいましたので」
「そうか。それはいいことだね。よし、明日からさっそく習うといいよ」
「ありがとうございます。上手になったらお相手してくださいますか?」
「ああ。もちろんだ。早く上手になっておくれ」
「あら。あなた。無理をさせてはいけませんよ?」
「そうだね。アーニャ。無理のない範囲で頑張ってくれればそれでいいからね」
「はい。ありがとうございます」
「はっはっは。父上の次は私に予約させてくれ。本当に楽しみに待っているよ」
「はい! ああ、そう言えばもう一つ楽しそうなことをユーリさんにお願いしたんですのよ」
「ほう。なんだい?」
「はい。一度でいいからグランフォード伯爵家の家族用の食堂にお招きいただきたいとお願いしたんです」
「食堂に? またハンナの料理が食べたくなったのかい?」
「ええ。それもありますが、なんでもグランフォード伯爵家の家族用の食堂は町の喫茶店のようにどちらかと言えば質素でとっても落ち着くお部屋なんだそうですの。私、本当はその喫茶店というところに行ってみたかったんですけど、さすがに無理だと言われてしまって……。だったらせめて似た雰囲気だというグランフォード伯爵家の食堂に行ってみたいとお願いしたんですわ」
「まぁ、それは素敵な大冒険ね。きっとここからでは見えない景色が見られるはずですわよ」
「そうだな。カイゼルの家の食堂はハンナの好みでずいぶん庶民的な作りをしているそうだから、きっといい勉強になるだろう。よし、私もその冒険が成功するようカイゼルに頼んでみよう」
「ありがとうございます!」
「ははは。いいんだよ、アーニャ。本当に元気になってよかったね」
「はい。これも皆様のおかげです」
「そうだね。そのみんなへの感謝の気持ち、忘れてはいけないよ」
「ええ。スーちゃんも含めて皆様に感謝申し上げますわ」
「うん。まぁ、さすがにスライムをペットにと言われた時は驚いたけど、結果、大正解だったね」
「ええ。マロンさんがおっしゃらなければとても信用しなかったと思いますわ」
「まったく。我が国はユーリという人材を得て、本当に幸運だった」
「そうですわね」
「まったくです。父上。ああ、そうだ。ならば今度の旅にユーリを随行させるというのはどうです? どうせあれもあるのでしょ?」
「そうだな。それもいいかもしれん。庭師の仕事に影響がないのであれば是非そうしよう。またエルフやドワーフが度肝を抜かれる姿が見られるな」
「はい。楽しみですね」
最後はレイサス兄様とお父様がよくわからない話をして笑い合う。
(なにやらお仕事の話みたいだけど、ユーリ様に無茶なお願いをしないかしら?)
と心配になり、
「あの。くれぐれもユーリさんに無理はさせないでくださいましね?」
とお願いすると、お父様がニッコリ笑い、
「大丈夫だよ。ユーリに少し広い世界を見てもらうだけだからね。安心していいよ」
とおっしゃった。
なぜだか急に恥ずかしくなる。
(私ったら差し出がましいことを……。でもよかった。ユーリさんに無理はさせないのね)
私は心の中でほっと安堵しつつも、恥ずかしさに目を伏せ、照れ笑いを浮かべた。
部屋に戻り、湯浴みを済ませる。
ジルに髪を梳いてもらいながら、なにげなく窓の外を見た。
冴え冴えとして美しい月が辺りを照らしている。
(なんて美しいんでしょう)
そう思うと同時に、ユーリさんの顔が浮かんできた。
(ユーリさんも同じようにこの月を見ているのかしら?)
なぜかそんなことを思い、頬を染める。
「アーニャ様?」
ジルが気遣わしそうな感じで鏡越しに私の顔を覗き込んできた。
「綺麗なお月様ね」
私は少し誤魔化してそう答えた。
「はい。とってもいい月夜でございます」
再び動き出したジルの手の温もりにいつもと変わらぬ安心感を抱き目を細める。
「うふふ。いつもありがとう」
そう言うとジルは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに微笑み、
「こちらこそ、いつもありがとうございます」
と答えてくれた。
穏やかな夜が過ぎていく。
(明日はどんな一日になるんだろう?)
そう思って私はワクワクしながら、また夜空に浮かぶ月を微笑みながら見つめた。




