庭師と姫と薬師02
「あら。そうね。今日はリンゴをたっぷり使ったチーズケーキとドーナツを用意してもらったのよ。バラの香りの紅茶と一緒にいただきましょう?」
「わっふ! ドーナツ大好き!」
「うむ。バラの香りの紅茶とはまた趣があるのう」
「王宮の菓子職人は腕がいいから、いつも楽しみにしてるんだよね。さっそく食べちゃおうよ!」
「うふふ。たんと召し上がれ。スーちゃんもたくさん食べてね」
「きゅっ!」
アナスタシア様がみんなにおやつを勧めたところで、楽しいお茶会が始まる。
「そういえば、スーが来てからわりと経つけど調子はどうだい?」
「おかげ様でとっても元気になったんですわよ。これもユーリさんのおかげね」
「いえ。たまたまマロンが発見してくれたおかげです」
「うむ。こやつを見つけた時は驚かされたわい」
「うふふ。スーちゃんは本当に可愛らしいし、抱き心地もとってもぷにぷにしていて気持ちいいのよ。本当に連れてきてくれてありがとう」
「わっふ! アーニャ、元気になってよかったね! スーも喜んでるよ!」
「きゅっ!」
「あらあら。ありがとう。本当にスーちゃんが来てから調子がいいのよ」
「ああ。かなり快方に向かっているのは間違いなさそうだね。おかげで薬の量もずいぶん減らせたし、そろそろ軽い運動をして体力をつけてもいいころあいなんじゃないかな?」
「それはうれしいわ! 私、ダンスを習いたいってずっと思っていたの。だって、私だけ体が弱いせいで誰ともダンスを踊ったことがないでしょ? だから、元気になったら一番にダンスを習ってお父様やお兄様と踊ってみたいと思っていましたの」
そう言って無邪気に喜ぶアナスタシア様を見て、私は、
(ああ、この人は本当に純粋で可愛らしいお方なんだな)
と素直にそう思った。
きっとそんな私の感情が表情にも表れていたんだろう。
そんな私を見てアナスタシア様が、少し照れたような感じで、
「うふふ。ダンスを覚えたら私、ユーリさんとも踊ってみたいですわ」
とややからかうようなことを言ってくる。
私は少し慌てて、
「申し訳ございません。その辺りは全くの無作法で……」
と答えたが、アナスタシア様は続けて、
「あら。剣術の時はまるでダンスを踊っているような綺麗な動きをしてらっしゃるんですもの。きっとすぐに覚えられますわよ」
と言ってきた。
「あはは! ユーリ君の剣術はまるで踊っているように見える時があるもんね。特に集団で襲ってくる魔獣を相手にしている時はすごいんだよ。それこそくるくる回ったり空中で一回転も二回転もするんだから」
「あら。それは是非見てみたいですわ!」
「……無茶を言わないでください」
「そう? 騎士団を相手に模擬戦でもやってみたらいいんじゃないかな? あ。なんなら私が相手をするかい?」
「勘弁してくださいよ。シャーリー先生の魔法を受け流すのはかなり大変なんですから」
「あはは! 私の魔法に木刀一本で対抗してくるっていうのがそもそもおかしな話なんだけどね」
「そうですか? カイゼルさんは普通にやっていましたが……?」
「あのねぇ……」
「ふっ。こやつらとカイゼルの非常識っぷりは今に始まったことじゃあるまい。木刀に魔力を纏わせて魔法を撃ち落とすなんて普通は考えんからのう」
「そうそう。初めてカイゼル君にそれをやられた時は正直驚いたよ」
「シャーリー先生でも驚くことがあるんですね」
「そりゃあるよ。こう見えてもう三百歳を超えているけど、あの日の衝撃はすごかったね」
「僕、ユーリが戦ってるの見るの好きだよ! だってすっごく綺麗だもん」
「うむ。こやつの剣筋は完璧なほど整っておるからな。どこにも無駄がない。それに魔力も純粋だから、わしら神獣の目にはすごくきれいに映るんじゃ」
「そうなのか?」
「ああ。見ていて飽きんわい」
「うふふ。それはますます見てみたいですわ。カイゼルさんとのお稽古の時とは全然違うんでしょうね」
「はっはっは! これはますます見せてあげないとだね」
「勘弁してくださいよ……」
そんな話で盛り上がり、お茶とお菓子が進む。
そのうち、話は町の様子についてに移っていった。
「最近は下町の喫茶店がお気に入りです。何気ない普通の喫茶店ですが、いかにも老舗という感じの佇まいでとても落ち着く内装をしているんです」
「まぁ、どういう感じの場所なのかしら。想像もつきませんわ」
「そうですね……。一番近いのは我が家の家族用の食堂でしょうか? 飾り気のない木の質感をそのままいかしたような内装が特徴的です。灯りも少し控え目で暖色系の色を主に使っているから、とても気持ちが落ち着くんです」
「まぁ。それは一度見てみたいですわ。体調も良くなってきたことだし、一度視察に行かせてくださいってお願いしてみましょうかしら?」
「いや。それは……」
「あら。ダメなの?」
「いえ。私にはなんとも……。しかし、警備の都合などを考えると難しいのではないでしょうか?」
「……それは悲しいですわね。あ! では、グランフォード家の食卓にお招きいただくというのはどう? それだったら警備の都合も関係ありませんでしょ? だって最強の二人がいてくださるんですもの」
「それは、そうでしょうが……」
「是非お願いしたいですわ! だって、そうしたらハンナさんのお料理がいっぱいいただけるんでしょ? 時々カイゼルさんから話を聞いていつも食べてみたいと思ってましたの。から揚げ定食とかカツサンドとか、そういうお料理は王宮だと出てきませんから、一度食べてみたいと思っていたんですのよ」
「……。かしこまりました。カイゼルさんに頼んでみましょう。おそらくハンナさんはいいと言うと思うんですが……」
「うふふ。よろしくお願いいたしましてよ?」
「わっふ! アーニャがおうちにくるの?」
「ええ。そのうち伺いますわ」
「ははは。それは愉快じゃのう」
「いいなぁ。私もハンナさんの料理、食べたいよ」
「あら。じゃあシャーリー先生もご一緒いたしましょう?」
「いいの! やった。じゃあ、決まりだね。王には私からもお願いしておくよ」
「うふふ。楽しみですわ」
いつの間にかアナスタシア様が我が家を訪問し、家族用の食堂で食事をするという流れになってしまう。
私は内心どうしたものかと思いつつも、アナスタシア様の嬉しそうな顔を見て、
(これは断れないだろうな……)
と思い、苦笑いを浮かべた。
楽しいお茶会が終わり、家に戻ってさっそくその話をする。
予想通りカイゼルさんは苦い顔をしたが、ハンナさんは楽しそうに、
「じゃあ、とっておきの定食を作らないといけないわね。から揚げだけじゃ寂しいからミックスフライにしましょうか? ああ、でもアナスタシア様が胃もたれしちゃいけないわね。さっぱりした小鉢をお付けすれば大丈夫かしら? うふふ。楽しみだわ」
とあれこれ考えを巡らせ始めた。
家族団らんの食事が終わり、離れに戻る。
さっと風呂に入ると、台所に向かい久しぶりにワインを開けた。
つまみのチーズを適当に切ってリビングに向かう。
ソファに腰掛けてゆっくりとグラスを傾け、なんとなく窓の外を見る。
いつもの庭が月光に照らされ、ふんわりと光っているように見えた。
(あの食堂に天真爛漫なお姫様がくるのも楽しいかもしれんな)
と思ってふと笑みを浮かべる。
きっと楽しい食事会になるだろうと思うとなぜか心が浮き立った。
(おいおい。お迎えするのは王族だぞ?)
と軽く自分を叱りつけ、苦笑いを浮かべる。
そしてまたゆっくりグラスを傾けると渋く重ためのワインをゆっくり味わった。
私の横でリルが甘えてくる。
きっとチーズが欲しいのだろう。
私は軽く微笑みリルにチーズをあげると、美味しそうな笑顔を浮かべるリルを軽く撫でてあげた。
和やかな夜のひと時に心がほぐれていくのを感じる。
私はこの日常を守りたいんだと改めて思った。
いつもの食卓で変わらぬ日常が繰り返される幸せを思って頬を緩める。
そんな私の膝の上でマロンが丸くなった。
優しく撫でつつまたグラスをゆっくり傾ける。
(ああ、こういう穏やかな時間を誰もが楽しめる世の中になればいいのだろうな……)
そう思って見上げる冬の夜空には、煌々とした月が涼やかな笑みを浮かべていた。




