庭師と姫と薬師01
カイゼルさんとの稽古から十五日ほど。
私は比較的短い任務を終え、王都に戻ってきていた。
留守中に溜まった書類を片付け、昼食に出掛ける。
最近のお気に入りは王都の下町にある庶民的な市場の路地にひっそりと佇む喫茶店で、そこでオムライスやクラブハウスサンドなどの軽食をとり、ゆっくりお茶を飲んで過ごすのが、どこか贅沢な時間の使い方をしているようでなんとなく気に入っていた。
ゆっくりと昼食をとったあとは市場で軽く良さそうな食材がないかを見ながら詰所に戻る。
そして、またのんびり書類を片付けていると、そこへ近衛騎士団の若手が私を訪ねてきた。
「スプラウディ博士が是非お茶を飲みながら最近の森の様子を伺いたいと仰せですが、ご都合はいかがでしょうか?」
そう言われて、一瞬戸惑う。
「スプラウディ……。ああ、シャーリー先生か。時間はあるが、またいかにも急なお呼び出しだな。なにか気になることでもあると仰っておられたか?」
やや怪訝な顔でそう訊ね返す私にその若い騎士は、
「いえ。アナスタシア様からお茶の誘いを受けたシャーリー先生が思い付きで誘われたようです。私も詳しい話は聞いておりませんが、あまり重要な要件があるようには思えませんでした」
と正直なところを答えてくれた。
「そうか。……断るのもなんだな。少し待っていてくれ。師長に許可を取ってくる」
そう言って私は師長室を訪ねたが、ノルドさんは、
「ん? シャーリー先生が? まぁ、いいんじゃねぇか? あっちの最近の状況も知っておいたほうが今後の採取計画も立てやすくなるだろうし、その辺を軽く打ち合わせてきてくれ。ああ、書類はあとでいいぞ。あれ以来目立った動きは無さそうだからな」
と、あっさりと了承してくれた。
「お待たせした。許可が下りたから同道しよう。ああ、アナスタシア様のお茶会だったか……。だったら式服に着替えねばならんか。すまんが、先に戻ってお誘いを受ける旨伝えてきてくれ。私はいったん自宅に戻って着替えてこよう」
「かしこまりました。お伝えしてまいります」
そう言って帰っていく騎士を見送りさっそく自宅に戻る。
式服に着替えつつリルとマロンにそのことを伝えると、
「アーニャのとこいくの? 僕も行きたい!」
「うむ。リルがいくならわしも行こう。ちょうどおやつ時じゃしな」
と言い二人がついてくることになった。
「私はシャーリー先生と仕事の話もあるから、アナスタシア様のお相手は頼むぞ」
と頼む私に、マロンが、
「おいおい。仮にもお茶会に誘われたのはお主じゃぞ。お姫様のお相手も大事な仕事だと思って少しは頑張らんか」
と軽く説教をされてしまった。
「いや。まぁ、それはそうだろうが……。私は仕事の話くらいしかできんし、そんな話を聞いても詰まらんだろう。それよりマロンたちがうちの飯の話でもしてくれたほうが、面白いと思うが……」
と食い下がる私にマロンがやや呆れた様子で、
「なにを言うか。下々の暮らしの様子を話してやればそれでよいのじゃ。あそこの飯が美味かったとか最近町ではこういうものが流行っているとか、そういう話をしてやればよかろう」
と指摘してくる。
私は、心の中で「いや、そう言われても……」と思い、
「わかった。出来るだけ頑張ってみよう。ただ、助け舟は出してくれよ? でないと話を続ける自信がない」
とやや懇願するようなことを言った。
「まったく。お主も不器用極まりないのう」
そう言ってあきれるマロンに、苦笑いで、
「面目ない」
と一応形だけ謝ると、私たちは連れ立って王宮の方に歩いていった。
門番に用件を告げるとすぐに通され、いつものメイドの案内でアナスタシア様のサロンに向かう。
豪華というよりも可憐な装飾の扉をくぐり明るいサロンに入ると、いつも通り、アナスタシア様が笑顔で出迎えてくれた。
「ようこそ、お越しくださいましたわ、ユーリさん。どうぞおかけになって」
「失礼いたします。本日はお招きいただきありがとうございます。シャーリー先生もお久しぶりですね」
「うん。急に呼び出してごめんね。なんとなく思いつきで呼んじゃったよ。仕事は大丈夫だったかい?」
「はい。今は任務の合間で書類仕事をしている期間ですから」
「そうなんだ。で、森の様子はどんな感じ?」
「一応、平穏なものですよ。ただし、森の奥では少し魔獣の数が多いようです。問題になるほどではありませんが、注意して巡回するようにしています」
「そうなんだ。それはちょっと気になるねぇ。ああ、でも草食の魔獣が大挙して浅い場所に出てくるなんて事態にはなりそうじゃないんだろ?」
「今のところは」
「まぁ、その辺のことは庭師さんたちを信用してるから頑張ってね」
「かしこまりました。ああ、そう言えば、そちらはどうですか? なにか不足しているものなどあれば聞いてこいと言われているんですが」
「ん? 今のところ順調だよ? ああ、ヒッコリーの種の在庫が少し不足気味だったっけ。知ってると思うけど、あれは咳止めの薬としても効果が高いのと同時に、香料に加工して香水とか洗髪剤の原料にも使うから、けっこう需要が高いんだよね。今年辺りから輸出用の洗髪剤とか香水の輸出を増やしていこうって話じゃん? だから、春の収穫時期になったら重点的に取ってきてもらえると助かるかな?」
「かしこまりました。伝えておきましょう」
私がそう言って軽くうなずくとそれまで私たちの話を聞いていたアナスタシア様が、
「私、ヒッコリーの種の香り、わりと好きなんですよ。あの香りの洗髪剤を使うと華やかな香りがしてとっても気分がいいの。そうやって、普段の生活に潤いがあるのも庭士のみなさんが森を適切に管理してくれているからなんですわね」
と言い私に微笑みかけてくる。
「お気遣いの言葉、ありがとうございます。そう言っていただけると普段の努力が報われたような気持ちになります」
「いいえ。私たち国を治める側の人間は、楽をさせてもらっている分、感謝の心を忘れないようにしないといけませんからね」
「なにをおっしゃいますか。王を始めとした王族の方々がこの国の政の根幹をしっかり保っていてくださるからこそ、我々は仕事に打ち込み平穏に暮らしていけるのです。どうぞ、ご自分を卑下するようなことはおっしゃらないでください」
「うふふ。そう言ってもらえると、私もこの国に生まれてよかったと思えますわ」
「もったいないお言葉です。国民一同きっとそのように思っていると思います」
「そうだといいのだけれど……」
「あはは! 二人とも真面目だねぇ。もっと気楽に考えなよ。あんまり真面目過ぎると肩こりになっちゃうよ?」
「うふふ。そうね。でも、いざ肩凝りになったら、よく効く薬を処方してくださいませ」
「ははは! わかった。肩こりによく効く薬の開発にとりかかるよ」
「ふっ。期待しております」
最後は冗談を言い合って場の空気が和んだところで、リルが、
「ねぇねぇ。はやくおやつにしよう?」
といかにも甘えるような感じで催促してきた。




