稽古と覚悟
森の変調を報告してから一か月。
王国全土が冬を迎えたころ。
あの森の変調を報告したあと、それなりの警戒態勢を敷いたが、現在のところさらなる異常は確認されていない。
ただし、魔獣の数がやや多い状況に変わりはなく、庭師は日々対応に追われていた。
そんな慌ただしい日々の中、休暇の番が回ってくる。
夕食時、そのことを話したら、カイゼルさんから
「じゃあ、ひとつ稽古に付き合ってくれ。なんだかんだであの木刀が来てから本気で打ち合っていなかったからな。ウズウズしていたところなんだ」
と稽古に誘われた。
断る理由などないので、素直に受ける。
ニコニコとして嬉しそうにしているカイゼルさんを見て、
(この人は剣のことになると、時々こういう少年のような顔を見せるんだよなぁ)
と、なんとも微笑ましい気持ちになった。
翌朝。
朝食が終わるとさっそく騎士団の訓練場に向かう。
午前中は通常の稽古があるということだったので、また制圧戦の稽古に付き合わされた。
昼。
騎士団の食堂でナポリタンを食べる。
大量に調理された料理特有の豪快な味を、
(これはこれで美味しいものだな)
と思いながらみんなとワイワイ食べ、また訓練場に戻った。
軽い準備運動の代わりに新人騎士たちの稽古の相手を引き受ける。
みんな騎士学校を優秀な成績で卒業した精鋭揃いということで、なかなかの手応えを感じたが、当然、負けることはなかった。
軽く汗をかき、そろそろ本番だろうかと思ったところで、
「敬礼!」
という声が響く。
私もやや慌てて敬礼しつつ訓練場の入り口の方を見ると、そこには王とアナスタシア様がいらっしゃった。
「邪魔をする。少し見学させてもらうぞ。いつも通りにしてくれ」
という言葉に敬礼を解き、それぞれが訓練に戻る。
しばらくするとなにやら王と話していたカイゼルさんが私のところへ来て、
「そろそろ始めるか」
と言った。
軽くうなずき訓練場の中央に移動する。
周りで訓練を続けていた騎士たちも手を止め、どうやらこちらに注目しているようだった。
「まずは型通りに」
そう言われていつもの型で打ち合いを始める。
決まった型で打ち合うだけだが、これが意外と難しい。
お互いの呼吸を合わせ、気を読み、正確に木刀を打ち合えるようになるにはそれなりの訓練が必要だ。
周りの騎士たちはそのことがわかっているので、徐々に早くなる私たちの打ち合いを見て、小さく、
「おぉ……」
と声を漏らしていた。
やがて、型が終わりお互い十分に体が温まったところで、一礼してまた向かい合う。
「いくぞ」
「はい」
短く言葉を交わし、いよいよ試合が始まった。
序盤はお互いの隙を伺い合う軽い打ち合いから始まる。
私は大柄なカイゼルさんの足元を狙い、大きく動かして隙を作ると同時に相手の体力を削っていく作戦を取った。
それに対してカイゼルさんはその怪力をいかんなく使い、強烈な一撃で私の動きを止めにかかってくる。
お互いがお互いの良さを知っているだけに、その良さを消し合おうという展開になった。
やがて試合が動き始める。
きっかけは私がカイゼルさんの一撃を上手くいなしきれずほんの少し下がってしまったことだった。
そこからカイゼルさんの猛攻が始まる。
(焦るな。焦ればそこで勝負が決まるぞ。今は耐えろ。耐えて隙を見つけるんだ……)
そう言い聞かせつつ、なんとかカイゼルさんの猛攻をしのぎ、隙を作ろうとする。
しかし、カイゼルさんはそんな私の考えを見透かしたように、絶え間なく豪快な一撃を叩き込んできた。
(これはそろそろ……)
そう思って気合を入れ直す。
丹田あたりに魔力を溜め、その魔力を全身に巡らせるよう意識すると、徐々に私は速さを増していった。
それに対してカイゼルさんも力で対抗してくる。
お互いの魔力が高まり、打ち合いは激しさを増していった。
カイゼルさんの袈裟懸けの一刀に下段からの跳ね上げを合わせ、木刀を滑らせるようにしていなす。
通常ならそこで隙が生まれそうなものだが、カイゼルさんはその抜群の体幹で踏ん張り、下段に流れた木刀を強引に跳ね上げてきた。
それをギリギリでかわし、小手を狙う。
しかし、それは簡単にかわされ、また袈裟懸けの一刀が撃ち込まれてきた。
今度はそれを正面から受け止め、鍔迫り合いの形に持っていく。
お互いの動きが一瞬止まったが、
(このまま力で押されてはまた不利な状況になる)
と判断した私が、素早く退いた。
そこで追撃に出てきてくれれば隙の突きようもあったかもしれないが、カイゼルさんは堂々として動かない。
まるで、
「お前はそんなものか?」
と問われているような気がして、少しばかり悔しいという感情が湧きだしてきた。
(いかん、いかん。落ち着け。いつも通り冷静に剣を運ぶんだ。速さではこちらに分がある。あとは集中して相手の隙を伺えばいいんだ。焦るな)
自分にそう声を掛け、改めて構える。
「ふぅ……」
ひとつ息を吐き、スッとカイゼルさんを見やると、カイゼルさんがニヤリと笑った。
なるほど。どうやらカイゼルさんも本気になったらしい。
私はその笑みに笑みを返すと、さらに集中して全身の魔力を高めていった。
一瞬の静寂が私たちを包み込む。
私の視界にはただカイゼルさんだけが映り、周りの景色は完全に見えなくなっていた。
ただ、目の前のカイゼルさんに集中する。
そして、カイゼルさんの右足がほんのわずかに動いた瞬間、私はカイゼルさんに向かって飛び込んでいった。
袈裟懸けの一刀をきっちり受け止められる。
しかし、それで諦めず、私はさらに剣を出した。
踏み込んで下段から跳ね上げ、くるりと一回転して横なぎの一閃を繰り出す。
私の足は常に動き、縦横無尽に木刀を繰り出していった。
徐々に熱が高まり、カイゼルさんが押され始める。
そして私は勝負に出た。
渾身の一刀をカイゼルさんの胴に叩き込む。
カイゼルさんはやや焦ったような表情を見せつつもそれをギリギリでかわし、袈裟懸けの一刀を繰り出してきた。
そこに下段から跳ね上げた私の木刀がぶつかる。
いつもならここでお互いの木刀が弾けて勝負が終わっていたことだろう。
しかし、エルダートレントの素材で作られた木刀は耐えてくれた。
ふっと力を抜き、カイゼルさんの一刀をいなす。
どうやらそのタイミングが良かったらしい。
カイゼルさんの体が一瞬だけわずかに流れた。
その隙に踏み込んで横なぎの一刀を叩き込む。
私の木刀がカイゼルさんの胴を軽く叩き、そこで試合が終わった。
「初めて負けたな」
「まぐれですよ」
「そういうな。勝ったのだからきちんと誇れ」
「はい。ありがとうございます」
軽く言葉を交わし、少し間を空けて一礼する。
私とカイゼルさんはそのまま王の前に赴くと、そこで跪き、カイゼルさんが王にひと言、
「ご満足いただけましたでしょうか?」
と訊ねた。
「ついにお前が負ける日がきたのだな」
そう言う王にカイゼルさんが、
「おかげでまた抜き返すという新しい目標ができました」
と答え軽く微笑んで見せる。
それを見て王は軽くうなずき、
「これからも精進してくれよ。お前の剣はこの国の要なんだからな」
と言った。
かしこまって頭を下げたところで、王が立ち上がる。
「今日はいいものを見せてもらった。また見学にこよう」
そう言って去っていく王とアナスタシア様を全員が敬礼で送る。
私はアナスタシア様についてきたセレナがこちらに悔しそうな目を向けてきたのに苦笑いを返しつつ、その後ろ姿を見送った。
王が帰り、カイゼルさんがこちらに向き直る。
「お前の腕はわかった。あとは覚悟だ。お前は何のために刀を振るう?」
いきなりそう訊ねてくるカイゼルさんに私は迷わず、
「家族、そして、この国で暮らす人々の幸せな食卓を守るために振るいます」
と答えた。
「ふっ。お前らしい答えだな。うん。それでいい。お前はお前の信じた道をまっすぐ進め。その先にきっとまた問いが現れる。その時はまたその初心に戻って考えるんだ。そうすればおのずと道は拓けていくからな」
そう言ってカイゼルさんが私の頭に手を置く。
そうやって頭を撫でられたのは子供の時以来だろう。
私はほんの少しの恥ずかしさも感じたが、それよりも、父に褒められた嬉しさの方が勝り、カイゼルさんに満面の笑みを返した。
いつの間にか西日が差し込んできている訓練場の片隅で親子の微笑みが重なり合う。
私はようやくこの人の息子になれたのだという実感を得て、心の底から込み上げてくる幸せを涙という形であふれさせた。




