庭師と森の変調03
緊張とともに迎えた翌朝。
リルを先頭に渓谷を遡っていく。
大きな岩がゴロゴロと転がる渓谷はなかなか歩きにくく、結局魔獣の痕跡を発見するのに四時間近くかかってしまった。
行動食をつまみつつ痕跡を観察する。
「ミノタウロスだな」
「ああ。それも結構な数がおるぞい」
「またお手伝いするよ!」
「いや。ミノタウロスならこやつ一人の力でどうにかなるじゃろう。わしらは危ない時だけじゃ」
「えー。ちょっとつまんないかも」
「ははは。ありがたいが、ミノタウロスなら大変だがなんとかなるだろう。いざという時は頼りにしてるから頼んだぞ」
「うん! 任せて!」
そう話し私たちはさっそくミノタウロスの痕跡を追い始めた。
しばらく行ったところで大きな滝に出る。
そこで滝の上まで昇り周囲を観察してみると、少し開けたような場所に大きな洞窟があるのが見えた。
「あの中か……」
「うん。そうだよ」
「暗いのは厄介だが、灯りの魔道具があるからなんとかなるだろう」
「頑張ってね!」
「ああ。じゃあちょっといってくる」
そう言ってリルの頭をわしゃわしゃと撫でてやってから洞窟に向かっていく。
入り口はかなり広く、なるほどミノタウロスが住み着きそうな場所だと思った。
意を決して中に入っていく。
するとすぐに奥から赤く輝く目がいくつも近づいてくるのが見えた。
(ちょうどいい具合にあちらから出てきてくれたな。足場もそれほど悪くないし、ここで勝負をつけてしまおう)
そう考えて灯りの魔道具を取り出す。
軽く魔力を込めて光の球を撃ち出すと辺りが昼間を思わせるほどの強い光で覆われた。
「ブモォォッ!」
なぜか怒りの声を上げ、ミノタウロスが突進してくる。
私はさっと刀を抜くと、突進してくるミノタウロスを迎え撃つべく静かに中段の構えを取った。
猛烈な勢いでくる蹴りをギリギリのところでかわし、一歩退く。
しかし、次の瞬間素早く踏み込み、蹴りを食らわせてきたミノタウロスのがら空きになった軸足を斬った。
少し詰まったような感覚がありながらもなんとか半ばまで刃を通し、「ブモォォッ!」という叫び声を聞きながら、少し間を取った。
横から拳が突き出されてくる。
思わず、「おっと……」と声を出しつつそれを避けると、私はその突き出された拳に横なぎの一閃を加えた。
パッと血が飛び、ミノタウロスの指が何本か落ちる。
痛さに顔をしかめ、軽くうずくまった隙を見逃さず私は軽く飛んでその個体の首筋にまた横なぎの一閃を加えた。
着地と同時に倒れるミノタウロスを無視して次の個体に向かう。
(こんな時、盾役がいれば楽なものを……)
と思いつつ、次から次に繰り出されるミノタウロスの攻撃を避けては一太刀加え、斬っては避けるという作業を繰り返した。
徐々にミノタウロスの動きが緩慢になってくる。
どうやらずいぶん削れてきたようだ。
そう判断した私はそこで一気に勝負を決めるべく、持てる魔力の全てを全身に巡らせていった。
丹田を中心に高まった魔力が全身にくまなく行き渡る。
自分でも恐ろしいほどの魔力の高まりを感じると、その魔力を刀にも行き渡らせた。
「ふぅ……」
軽く息を整え、ミノタウロスの群れを見る。
立っている数は五。
(いける)
冷静にそう判断した私は全力で加速し、目の前にいた一匹に肉薄した。
あてずっぽうに振り回された拳を難なくかわし袈裟懸けの一刀を放つ。
するとあれだけ硬かったミノタウロスがスパッと両断された。
それには目もくれずさらに集中を高めていく。
右に動き、下段から跳ね上げた刀がミノタウロスの太ももを両断した。
背後からの気配を感じ右斜め後ろに飛ぶ。
先程まで私がいた地点に強烈な拳の一撃が突き刺さるのを横目に見つつ、音もなく加速してその地面に突き刺さらんばかりの勢いで叩き込まれた腕を斬り落とした。
やがて景色がぼんやりとしてくる。
私はその感覚を、
(ああ。あれか。少し前にマロンが教えてくれたあの感覚に近い……)
と思いながら好意的に受け止めた。
音が無くなり、ミノタウロスの動きが止まったかのように見える。
私はゆっくり突き出されてくる拳や足を余裕を持ってかわし、とにかく目の前にあるミノタウロスの体を斬れるだけ斬っていった。
やがて動くものが無くなったのを見て、戦闘が終わったことを知る。
私は軽く息を整えつつ刀に拭いを掛けると静かに鞘に納めた。
「お疲れじゃったのう。なかなか良かったぞ」
「うん! すごかったね!」
「ありがとう。なにかつかめたような感覚があったよ」
「うむ。まだまだじゃが、その感覚をさらに研ぎすますんじゃな。まだまだ道は続いておるぞ」
「ああ。これからも精進させてもらうよ」
そう言って軽く苦笑いし、さっさと後始末をしていく。
ミノタウロスの角は素材としてけっこうな価値があるらしいので、残らず回収させてもらった。
「これだけあれば庭士の装備がかなり充実するだろう。またゴードンさんが忙しくなるな」
「ふっ。あやつ口は悪いが腕は確かじゃからのう」
「ああ。少し酒を控えてくれれば、みんなに装備が行き渡るのも早くなるだろう」
「それはちと無理かもしれんぞ? なにせやつはドワーフじゃからな」
「ははは。そうだな。ドワーフから酒を取り上げたら逆に仕事が遅くなるかもしれんな」
「うむ。適度に飲み、適度に働いてくれるよう願っておくのが一番じゃろうて」
そんな話をしながら、適当に野営の準備を整え始める。
気が付けば日暮れが近づいていた。
「今日はシチューにしよう。ハンナさん特製のシチューの素を持ってきたからけっこう美味しいのができると思うぞ」
「やった! 僕、シチュー、好き!」
「うむ。肌寒い季節にはピッタリの飯じゃな」
みんな笑顔でそう言ってさっそくシチューの準備に取り掛かる。
寒空の下、みんなで肩を寄せ合って食べるシチューはさぞかし美味しいだろうな、と思いながら私も笑顔でシチューを煮詰めていった。
翌日。
さっそく帰路に就く。
なるべく急いで森を出ようと思ったが、やはり途中で何度か魔獣に出くわし、結局森を出るのに十日ほどかかってしまった。
「大冒険だったね!」
「ああ。早く帰ってハンナさんの飯が食いたい」
「カツカレーを所望じゃぞ」
「ああ。帰ったらさっそく頼んでみよう」
明るく話しながら王都の門をくぐり、まずは詰所に向かった。
すぐに師長室に向かい、森で見た状況を説明する。
「おいおい。そいつは穏やかじゃねぇな。わかった。調査隊の体制を強化しよう。今日は疲れているだろうから、詳しい報告は明日上げてくれればいいぞ。ああ、素材は倉庫にまとめて置いておいてくれ」
「了解です」
話は簡単に終わり、事務室でみんなに挨拶をしてから家路に就く。
いつものように母屋の勝手口に向かい、ハンナさんに帰還の挨拶をする。
ハンナさんはどこかほっとした様子で、
「今回は長かったから少し心配してたんですよ」
と言って私の二の腕の辺りを優しくさすってくれた。
その優しい温もりにほっとしながら、
「マロンがカツカレーを食いたいそうです」
と笑顔で告げる。
ハンナさんはにっこり笑って、
「はいはい。じゃあ、とびっきり美味しいのを作らないといけないわね」
と言いさっそく調理に取りかかってくれた。
いったん離れに戻り風呂に入る。
長い冒険でたまった垢を落とし、ゆっくり湯船に浸かると、体の奥に溜まっていた疲れがじんわりと解されていくのを感じた。
(幸せだな……)
しみじみそう思い、パシャンとお湯を顔にかける。
「ふぅ……」
ゆっくり息を吐くとまた体の中の疲れがゆっくりとお湯の中に溶けていった。
目を閉じてゆったりと風呂を楽しむ。
しばらくぼんやりしていると風呂の外から、
「おい。ノンナが呼びにきたぞ!」
と声がかけられた。
「ああ。すまん。すぐ上がる」
そう言ってさっさと風呂から上がり楽な服に着替えている私を、
「カツは揚げたてが一番じゃからな。ほれ、急ぐぞ」
とマロンがせかしてくる。
私はその催促の声をなんとも微笑ましく思いつつ、
「あいよ」
と答えて母屋へ向かった。




