庭師と森の変調02
翌日も魔獣に遭遇する。
通称「キー」と呼ばれる猿の魔獣でとにかく群れて「キーキー」大声で鳴くものだからうるさくて仕方ない魔獣だった。
木の間を素早く移動し、時に投石をしてくる猿に意外と苦戦したが、なんとか退けて昼食にする。
「この調子だとまともな飯は当分の間お預けだろうな」
私がそう言いながら行動食をかじり始めると、マロンは明らかに不満そうな顔をした。
「すまん。終わったらちゃんとするからな」
そう言ってマロンの頭を軽く撫でてやる。
「ふんっ。なるべく早く終わらせろよ」
マロンは少し拗ねたような口調でそう言い、ハンナさん特製の美味しい行動食をかじり始めた。
その後も軽くゴブリンの相手をしたりしながら奥へ進んでいく。
そして夕暮れが間近に迫ってきたところで、私たちは未知の森の端に辿り着いた。
「さて。問題はここからじゃな」
「ああ。何が出てくることやら……」
「大丈夫だよ! 僕がちゃんと守るもん!」
「ありがとう。頼りにしてるぞ」
「うん! 任せて!」
「ふっ。今日はゆっくり寝てよいぞ。警戒はしておいてやるからのう」
「ありがとう。少し疲れていたからありがたいよ」
「うむ。しっかり恩に着るがよい」
「ああ。そうさせてもらうよ」
簡単なスープパスタで夕食をとり、リルにもたれかからせてもらって目を閉じる。
背中からじんわりと伝わってくるリルの優しい温もりはなんとも心地よく、
(野営にしてはかなり贅沢な寝心地だな……)
と思っているうちに私はすんなりと眠りに落ちていった。
ぐっすり眠った翌朝。
「ちと離れたところに熊がうろついておったが、面倒なのでこちらで片付けておいたぞい」
とかなりドキリとすることを言うマロンの案内でその熊を見に行く。
熊は体長四メートルほどとそれほど大きくなかったが、いかにも魔獣らしく凶悪な面構えをしていた。
一番美味しい所の肉を取れというマロンの要望を聞き入れ、軽く解体してから出発する。
熊の縄張りの中を通ったからだろうか、その日は魔獣に遭遇することなく、一日を終えた。
「明日はこの東側の草原地帯を中心に探っていこう。強力な魔獣が住み着くならこういうところが一番可能性が高い」
「そうじゃの。あ、ほれ。その肉を寄こせ」
「あいよ。リルもたくさん食べろよ」
「うん! 熊鍋って美味しいよね」
「ああ。これが食えるのは庭師の特権ってやつだな」
「うむ。熊は日が経つと臭みが増すでのう」
「ああ。ハンナさんにも一度味わってもらいたいが、こればっかりはどうにもならん」
「うふふ。僕たちだけの内緒の楽しみだね」
「ああ。そうじゃな」
いつもの食卓と変わらないような会話をし、みんなで一緒に熊鍋をつつく。
このひと時の安らぎが私に明日の活力をくれるのだと思うと、妙に嬉しくてついつい食べ過ぎてしまった。
満腹になってリルにもたれかかる。
リルもリルで私と一緒に寝るのは嬉しいらしく、時折尻尾を振っては「くぅん」と甘えたような声を出していた。
翌朝。
すっきりとした気分で起き、さっそく行動を開始する。
地形を読みながら時折地図にメモをしつつ進んで行くと、昼過ぎになって問題の草原に到着した。
少し小高くなった場所から全体を見渡す。
すると遠くになにやらうごめく影がいくつか見えた。
「なんだと思う?」
私の肩の上に乗っているマロンに聞くと、マロンがしれっとした口調で、
「おそらくコカトリスじゃな。けっこう群れとるぞ」
と恐ろしいことを言う。
「防御魔法使いがいないと厳しいが……」
そう言ってマロンをチラリと見るとマロンはまたしれっとした口調で、
「なに。お主なら問題無かろうて」
と言ってきた。
「おいおい。人を何だと思ってるんだ?」
「ただの天才剣士じゃろ?」
「……」
「まぁ、よい。今回はリルの訓練も兼ねて手伝ってやろう。しかし、最低限だぞ?」
「助かる」
「ふんっ。帰ったらカツカレーを所望じゃ」
「了解」
「というわけじゃから、リル。今回は少し手伝いをするぞ」
「やった!」
「リルはとにかくコカトリスを追い立ててユーリのもとに向かわせろ。魔法はあくまでも牽制程度で当ててはいかんぞ?」
「わっふ!」
「コカトリスがきたら、毒はわしが防いでやる。ユーリはとにかく突っ込んで斬りまくれ」
「了解」
簡単に作戦を決め、リルがものすごい勢いで走っていく。
私もそれを追いかけるようにコカトリスの群れを目指し、駆け出していった。
やがて、向こうから「ドドドドドッ!」と音を立ててコカトリスの群れが迫ってくる。
私はそれを真正面から迎え撃つべく、走りながら刀を抜いた。
まずは横なぎに一閃して先頭のコカトリスの胸の辺りを切り裂く。
「グゲェェッ!」
と汚らしい声を上げ、コカトリスがズサッと地面に倒れ伏した。
他のコカトリスが怒りの声を上げる。
私はそれに構わず突っ込んで斬ろうと思ったが、そこでコカトリスが全身の羽毛を大きく膨らませた。
「まかせろ!」
マロンが防御魔法を展開してくれる。
コカトリスが放った毒付きの羽がこれでもかと飛んできたが、その全てが防御魔法の壁に阻まれた。
次の瞬間飛び出して、先ほど毒の羽を飛ばしてきた個体の足を斬る。
そして、倒れたそいつの後ろ側に回ると意外と厄介な蛇の尻尾を根元から両断した。
リルがコカトリスの周りを走り回って牽制の魔法を放っている。
そのおかげでコカトリスは一塊になってくれた。
(あとは一匹ずつ確実に削っていけば……)
そう思って目の前にいたコカトリスに狙いを定める。
コカトリスの体高は三メートルほどとかなり大きい。
私は全身のばねを使ってコカトリスの頭上まで飛び上がると、渾身の一刀を振り下ろした。
着地と同時にコカトリスが半分に割れる。
すかさずマロンが防御魔法を展開し、返り血を防いでくれた。
その後も一匹ずつ確実に削っていく。
そして最後の一匹を下段から跳ね上げた一閃で足を止め、倒れたところへトドメを刺すと激烈な戦いはようやく終わってくれた。
「七匹じゃったな」
「ああ。かなりの数だった」
「しかし、どうもこれで終わりという気はせんのう」
「おいおい。恐ろしいことを言わんでくれ」
「なんじゃ。ずいぶん腑抜けたことを言うではないか」
「ふっ。ちょっとした愚痴くらい許してくれ。これでも人間なんだ」
「よく言うわい。とにかくさらに奥が気になる。まちっと付き合ってもらうぞ」
「了解だ」
そう言葉を交わし、コカトリスの後始末に取り掛かる。
(これが食えればなぁ……)
私はそんなお気楽なことを思いつつ、コカトリスに火魔法で燃やしていった。
その日はそのままそこで野営となる。
コカトリスを見てなんとなく鶏肉が食べたくなった私は、ハンナさん特製の鶏ハムを使ったサンドイッチを作った。
「うむ。やはりハンナの作る鶏ハムは美味いのう」
「ああ。しっとりしていて肉のうま味がたっぷり凝縮されている。それにこのハーブの加減も絶妙だ」
「コカトリスが食べられたらよかったのにね」
「まったくだ。あれが食えるとなったらいったい何人分になるんだろうな」
「山盛りのから揚げができそうだね!」
「ああ。山盛りのから揚げが何百人分もできるぞ」
「すっごーい!」
そう話して笑い合う私たちの頭上には煌々と輝く満月が浮かんでいた。
翌朝。
さっそく草原を抜け、さらに東に進む。
そろそろ地図の限界を越えようかという地点に差し掛かったとき、リルが、
「わっふ! 知らない匂いがする! たくさんいるよ!」
と言った。
そこからはリルの案内で進むとちょっとした渓谷に出た。
「匂いの元までどのくらいだ?」
「えっとねぇ、二時間くらいだと思うよ?」
「そうか。なら夜戦になるかもしれんから、今日はこの渓谷の中で野営にしよう。ちょうどいい岩陰もあるし、そこまで危険なこともないだろう」
「そうじゃな」
そう言って渓谷に降りていく。
細くとも激しい流れの川沿いにある大きな岩陰で軽く準備を整えると、その日はそこで一夜を明かした。




