庭師とお姫様
家族全員がランドンベリーのパイを食べ、感動した次の日。
夕食時にカイゼルさんからとんでもないことを言われた。
「明日、アナスタシア様とミリシア様がお前をお茶会に招待したいと仰せだ」
「え? それは……」
「ランドンベリーのお礼だそうだ。ぜひ一緒に食べながら森の話を聞きたいというお達しだから、断れんぞ」
「……そうですか」
「ノルド殿には伝達しておいたから大丈夫だと思うが、一応ユーリも確認しておいてくれ」
「かしこまりました」
なんとなくどころかかなり重たい気を引きずるようにして離れに戻る。
「明日はアーニャとおやつ?」
「ああ。そうだ。ミリシア様も一緒らしい」
「じゃあ、チャールズも一緒だね!」
「ああ。きっとそうだな。たくさん遊んであげてくれ」
「うん。任せて!」
どこか楽天的なリルやマロンを少し羨ましく思いつつ、私はとっとと風呂の支度に取り掛かった。
翌日。
詰所に赴きノルドさんに事情を話す。
「ああ。聞いてるぞ。まぁ、楽しんでこいや」
「……楽しめるようなもんじゃありませんよ」
「ははは。これも天才様のお勤めだと思ってしっかりやってこい」
「なんですか。それ……」
そんな会話をして事務室に戻ると、私は本日何度目かわからないため息を吐きつつ、事務仕事をこなした。
家に戻ってハンナさん特製の天津丼と野菜炒めで昼食をとる。
トロリとした餡の絶妙に濃い味とシャキシャキした野菜の食感の対比で無限に食えそうだと思いつついつも通り美味しく食べたが、いつもとは違い少し胃がもたれるような感覚があった。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。お二人ともお優しいのは知ってるでしょ?」
ハンナさんはそう言うが一介の庭師にとってこの任務はあまりにも堅苦しい。
そう思いながら私は生まれて初めて胃薬というものを飲んだ。
庭師の正装である制服に着替えて城に上がる。
見知った顔のメイドが案内してくれるのについて行くといつもとは違う部屋に通された。
「お待ちしておりましたわ。ユーリさん、リルちゃん、マロンちゃん。ようこそ、私のサロンへ。どうぞおかけになって」
笑顔で出迎えてくれたアナスタシア様に、
「本日はお招きいただき、恐悦至極に存じます」
と庭師の敬礼をして、メイドに薦められた席に着く。
「うふふ。久しぶりね、ユーリ。ほら。チャールズ。ユーリさんにご挨拶は?」
「ゆーりさん、こんにちは!」
「はい。チャールズ様におかれましてもご機嫌麗しゅう存じます」
そう言って微笑んで見せたが、チャールズ様はどこか恥ずかしそうにミリシア様にぎゅっとだきついてしまった。
「うふふ。ちゃんとご挨拶できて偉いわよ」
ミリシア様がチャールズ様をあやすように言うと、リルがすっと側に寄ってきて、
「チャールズ、遊ぼう!」
と声を掛けてくれた。
「うん!」
さっきとは大違いに明るく返事をしたチャールズ様がまだおぼつかない足取りでリルに近寄り、
「乗せて!」
とおねだりする。
そのおねだりにリルは明るく、
「いいよ」
と答えると、チャールズが乗りやすいように腹ばいになった。
「あら。よかったわね、チャールズ」
そう言ってミリシア様がチャールズ様を抱きかかえリルの背中に乗せてあげる。
するとリルはゆっくり立ち上がり、部屋の中を静かに歩き始めた。
「きゃっきゃ」とはしゃぐチャールズ様を微笑ましい顔で見ながらお茶をいただく。
(うん。さすが王室御用達だ。香りがまるで違う。いったいいくらするんだろうか?)
となかなか庶民的なことを考えていると、アナスタシア様が、
「ユーリさんが取ってきてくれたランドンベリー、とっても美味しかったですわ。ありがとう存じます」
と話しかけてきた。
「とんでもございません。お口に合ってなによりです」
「うふふ。あんまり美味しかったものだから、今日のランドンベリーのジャムを使ったケーキを用意してもらいましたの。一緒に食べましょう」
「かしこまりました。いただきます」
そう言ってなにやら美しい紫色のムースケーキをひと口食べると口いっぱいにランドンベリー特有の濃厚な甘さと華やかな酸味が広がった。
(王宮の料理人も頑張ったんだろうな。これならハンナさんのパイに引けをとらない)
そう思っていると、ミリシア様が、
「やっぱりハンナのケーキは特別ね。王宮の料理人たちも一生懸命頑張っているけど、どうしても近づけないんですって。いったい何が違うのかしら?」
と素朴な疑問を呈しつつ、このケーキがハンナさんの手によるものだということを教えてくれた。
「本人曰く、素材の声をよく聞くこと、が何よりも重要なんだそうです。人もその日によって体調が違うように食材もその日の気分があるのだとか。それを見極めて調理するのが難しいんだとよく言っていますよ」
「あら。それはなんとも抽象的な話ね。いったいどう違うのかしら?」
「さぁ。そこまではわかりませんが、とにかく、日々真剣に食材に向き合っているらしいです」
「そうなのね。その真摯な取り組みがあってこそ生まれる味ということなのかしら? 何事も極めるというは大変なことなのでしょうね」
「ええ。そう思います」
「そうそう。極めると言えば、ユーリの剣もいっそう良くなったと聞きましたよ」
「恐れ多いことでございます」
「うふふ。カイゼルさんったらそれはもう自慢げに言うんですもの。なんでも山羊の魔獣の群れを一太刀で一掃したんですって?」
「アナスタシア様。それは話が少し盛られています。正確には群れの三分の二ほどを一掃した、です」
「あら。それでもすごいことなんでしょ? 私にはよくわかりませんが、お父様がたいそう驚いた顔をしてらっしゃいましたから」
「王の耳にまで達しているとはなんとも恥ずかしい話です。きっと新しくいただいた刀の力がものすごかったのだとお伝えください」
「うふふ。かしこまりましたわ。そうそう。いつかまたお稽古を見せてもらいに行ってもよろしいかしら? あの日以来セレナがお稽古に燃えておりますのよ。ねぇ、セレナ?」
「はっ。ユーリ殿から一本取ることが私の目標となっております」
「ははは……。それはなんとも面はゆいことです。私も負けないよう努力いたします」
「うふふ。二人とも頑張り屋さんなんですわね。ねぇ、スーちゃんもそう思うでしょ?」
「きゅっ!」
「ははは。お主らもたいがい真面目よのう」
「私は庭師として当然のことをしているまでだ」
「ええ。私も騎士として当然のことをしているまでです」
「うふふ。そうやって真面目に仕事に励んでくださっている人たちの力でこの国は成り立っているんですね」
「ええ。そうよ。アーニャ。けっしてそのことを忘れてはいけないわ。私たちの仕事はその真面目な人たちが働きやすい環境を作ることなのよ。だから、決して驕ってはいけないの」
「はい。王族として肝に銘じますわ」
そんな話をしながら美味しいケーキとお茶をいただく。
私はいつのまにか緊張を忘れ、その時間を楽しむ余裕さえ持てるようになってきていた。
やがて、メイドが「そろそろ……」とミリシア様に声を掛ける。
「あら。もうそんな時間なの。名残惜しいわね」
「ええ。もう少しお話していたかったですわ」
「私も本日は大変楽しい時を過ごさせていただきました。ありがとうございます」
「それはよかったです。またお誘いしてもいいかしら?」
「はい。是非」
「うふふ。よかったわね、アーニャ」
「はい。お義姉様。今から楽しみです」
「うふふ。次は私はお邪魔しませんからね。二人でゆっくり楽しんでちょうだいね」
「まぁ、お義姉様ったら……」
「そういうことだから、ユーリ。よろしくね」
「……はぁ。かしこまりました」
「うふふ。ユーリにはみんな期待していますからね。これからも色々大変でしょうけど、精進なさってね」
「はっ! これからも自分に与えられた役目に正しく向き合ってまいります」
「まぁ。頼もしいこと」
最後は少し何を言っているかわからないところもあったが、とにかく私が自分の決意を述べ、その場はお開きとなった。
帰り道、マロンから、
「まったく。お主はにぶちんじゃのう」
と訳の分からない批判を受ける。
私はとりあえず、
「すまんな」
と言ったが、なんのことかはよくわかっていなかった。
きっとなにかの粗相でもあったのだろう。
(帰ったらカイゼルさんに頼んで、それとなくとりなしてもらわなければ)
と思いながら勝手口をくぐると、ハンナさんが、
「おかえりなさい。今夜は栗おこわですよ。蒸し鶏も作ったからたくさん食べてね」
というなんとも嬉しい言葉で迎えてくれた。
「それは美味しそうですね。楽しみです」
そう応えて食堂に急ぐ。
食堂に入るとカイゼルさんが、
「おかえり」
と声を掛けてきた。
「ただいま帰りました」
「どうだった?」
「はい。美味しかったです」
「……そうか」
と最後はなぜか少し残念そうな顔をされたが、私は、とりあえず、
「一応、それなりに対応したつもりですが、なにか粗相があったのかもしれません。その点はよろしくおとりなしください」
と頼んだ。
「ああ。きっと大丈夫だろうが、よく伝えておこう」
と言ってくれたのに安心して席に着く。
いつもの食卓にいつもの顔が揃い、美味しい食事が運ばれてくると、いつも通り楽しい食事が始まった。
私は目の前にいる家族を見て、
(ああ、この人たちも日々真面目に自分自身の使命と向き合って生きている人たちなんだよな……)
と、ふと思う。
そのことをなんとなく誇りに思いながら頬張る栗おこわはふんわりとしていかにも秋らしい甘さがした。




