庭師とランドンベリー
収穫の季節を迎えて忙しくなるのはなにも農家だけではない。
庭師もやはり収穫の時期を迎えて忙しくなっていた。
「トルネ草が少し足りねえ。すまんが中層に行く連中は積極的に探してみてくれ。奥に行くやつはユキノシタを重点的に頼む。あれは神経痛に効くんでこれからの時期需要が増えるしな。あと、ヒエラの実の新しい群生地を探すのも忘れるな。来年は高級品の洗髪剤を増産して輸出に回したいらしいから、けっこう重要度が高い。あとは、いつも通りだが、指示書の量をきちんと把握して無理のない範囲で採取してきてくれよ。森はこの国の生命線だ。そのことを忘れず、きっちり仕事をするように」
「おう!」
久しぶりに戻ってきた詰所で全体会議に出席し、現状を把握してからいったん事務室に入る。
先日までの遠征で採った薬草の種類と量、取った場所を正確に記した報告書を作り、エリカさんに提出すると、ちょうど昼頃になっていた。
近所の定食屋に飯を食いに行き、焼肉定食をかき込む。
私はそのまま町へ出て足りなくなっていた物資の補給をした。
また詰所に戻って軽く事務仕事をこなしたあと、少し遅めに帰宅する。
夕食時。
「また明日から森に入ります」
と言うと、カイゼルさんは静かにうなずき、ハンナさんは少し心配そうな顔をした。
そんな中、マロンが、
「ランドンベリーじゃ。この季節はランドンベリーが美味いからついでに取ってくるがいい。そしてハンナにランドンベリーのパイを作らせるのじゃ」
と少し空気を和ませるようなことを言ってくる。
その言葉にリルとノンナが反応し、
「あの黒くて甘い実のことでしょ? 僕知ってるよ! 大好き!」
「私も好きよ。あの濃厚な甘さの中にちょっと酸っぱさがあるのがいいのよね。香りもいいし、ジャムにしたらすっごく美味しいもの。ねぇ、取ってこられそう?」
と私に期待の眼差しを送ってきた。
「ああ。了解だ。任務の合間に取ってこよう。ある場所はだいたいわかっているからな。任務に支障をきたすこともないだろう」
「「やった!」」
二人声を揃えて喜ぶノンナとリルを見て、なんだか微笑ましい気持ちになる。
私が心の中で、
(今回も無事帰ってこなければな……)
と思っていると、ハンナさんがやはり微笑ましいものを見るような目で私を見つつ、
「無理はしないでね」
と言ってきた。
「はい」と答えて微笑み返す。
カイゼルさんはそれまで黙っていたが、ひと言、
「楽しみにしているぞ」
とどこか楽しそうな顔で言い、大きなカツをガブリとかじった。
夕食が終わり、離れに戻る。
準備を整え静かに目を閉じると、私はいつも通り、穏やかな気持ちで眠りに落ちていった。
翌日。
さっそく森に向かい、仕事を開始する。
森に入って三日も歩くと、中層の奥まで到達することができた。
(さて。ここからが本番だな……)
と気を引き締めて目的地を目指す。
まずは不足気味だというトルネ草の群生地に向かった。
慣れた足取りで険しい山道を行き、ちょっとした草地に出る。
そこで辺りを確認すると、目論見通りトルネ草がちらほらと生えていた。
(取りすぎないように注意しても十分な量が確保できるな)
そう思いながら採取の道具を取り出し、丁寧に薬草を取り始める。
昼を行動食で済ませながら夕方まで作業すると十分な量が確保できた。
その日の夕食はショートパスタをスープの素で煮込んだだけの簡単なスープパスタで終える。
温まった腹を軽くさすりつつ見上げる空にはいつもどおり満天の星が輝いていた。
翌日もどんどん奥を目指していく。
二日ほど歩き、高い山の中腹に着くと、そこでユキノシタを探し始めた。
ユキノシタはいわゆる高山植物で岩陰にそっと生えていることから、そのままイワノシタと名付けられている。
学名はなにやら違うようだが、一般にはその名前の方が広く伝わっていた。
そんな地味な草を探し、森林限界を超えた山肌を歩き回る。
どうにか袋いっぱいのユキノシタを手に入れたところで、そろそろ夕暮れかという時間になった。
(下山する時間はなさそうだな。山肌は少し寒いが仕方ない。今日はここで野営しよう)
そう思って準備に取り掛かろうとしたところで、少し離れた尾根筋に山羊の魔獣がいるのが目に入ってしまった。
(ちっ。やっかいな……)
と思いつつ刀に手をやる。
あちらも私に気付いたようで、尾根の上からじっとこちらの様子をうかがっていた。
山羊と言っても魔獣なので、体長は三メートル弱ある。
くるりと巻いた立派な角があるから、かなり成長したオスの個体だろう。
(おそらく群れのボスだろう)
そう思って近づくと、山羊も覚悟を決めたのか、こちらに向かって一気に駆け出してきた。
素早く駆けて一気に距離を縮める。
山羊は交差する少し手前で前脚を高く上げると、その勢いを利用してその凶悪な角を思いっきり叩きつけてきた。
単純な速さでかわし、山羊の脇をすり抜ける瞬間、刀を抜いて腹の辺りをざっくり斬る。
その一撃で勝負は決まったが、私はそのまま駆け抜け、先ほどまで山羊がいた尾根の上に出た。
見下ろしてみれば、山羊の魔獣の群れがいる。
山羊は集団になって臨戦態勢を取っていた。
「ふぅ……」
と軽く息を吐き、へその下に気を溜める。
私は魔力が全身に行き渡ったのを確認すると、そのまま山肌を駆け降り、山羊の群れに向かっていった。
集団のまま突進してくる山羊をギリギリまで引き付け、「ここだ!」と思ったところで刀を一閃する。
刀から放たれた魔力が波紋のように同心円状に広がり、山羊の群れを一蹴した。
あとは、あまりのことに混乱し、バラバラになった山羊の魔獣を殲滅していくだけの戦いになる。
私は淡々と刀を振るい、静かにその場を収めた。
山羊の始末を終え、今度こそ野営の準備に取り掛かる。
すっかり遅くなってしまった夕食はスープの素で作ったスープと行動食になってしまった。
翌日。
さっそく山を下りる。
地図を頼りに、三日ほどヒエラが群生していそうな場所を探すと、小さな小川が流れる開けた林の中にヒエラの低木がちらほらある場所に出た。
(群生地とまではいかないが十分に収穫できる場所だな。一応広さとおおよその数を把握して少し採取していこう。このまま順調に育てば将来はいい採取地になるかもしれない)
そんなことを思いながら周りを丹念に調べその様子を記録していった。
その日もやや遅めの野営となってしまったので、簡単なもので夕食を済ませる。
ハンナさん特製のスープの素はかなり美味しいものではあるが、こうも毎日連続してしまうとなんだか少し味気ないように感じてしまった。
また数日掛けて森の中層に戻る。
そこで私はほんの少し道を外れ、おそらくランドンベリーが群生しているであろう灌木の生い茂る場所へと向かった。
一日歩き、群生地を発見する。
(けっこうな豊作だな。これならみんなが満足する量が取れるぞ)
と思い少しほくほくしつつその日はそこで野営の準備を始めた。
まずは適当にテントを設営して調理道具を取り出す。
(さて。なんにしようか。今日は少し凝ったものにしよう。いくらなんでも簡単なものが続き過ぎたからな……)
そう思いながらジャガイモの皮を剥く。
少し大きめに切って鍋に入れると、続いてタマネギとニンジンも切って鍋に放り込んだ。
次にベーコンの塊を取り出し分厚く切る。
それだけでも十分にうま味が出るが、私はそこに少量の魚粉を追加した。
鍋の中が軽く煮立ってきたのを見て米の準備を始める。
少ない水で軽く研ぎ、さっと目分量で水加減を整えると、そのまま火にかけた。
しばしお茶を飲んで待つ。
そのうち米の炊き上がるいい香りがしてきたところで、まずは野菜と肉を煮込んでいた鍋にハンナさん特製の味噌玉を入れた。
ふわっと香る味噌の香りに軽く唾を飲み込みつつ米の具合をみる。
いい感じに炊きあがった米の状態に満足しながらまずはベーコンたっぷりのみそ汁をお椀に注ぎ、茶碗に米を盛った。
「いただきます」
小さくつぶやき、まずはみそ汁をズズッとすする。
「はぁ……」
満足の息を吐き、そのうま味と温もりを五臓六腑でしっかりと感じ取った。
炊きたての米を頬張り、厚切りに切ったベーコンを頬張る。
その塩気がまた米を求めさせ、私は続けざまに米を口に運んだ。
(やはり炊きたての米に勝るものはないな)
そんなことを思いつつ、みそ汁を飲みいったん気持ちを落ち着ける。
そして私はゆっくりと久しぶりの米を堪能した。
満足のいく食事を終え、お茶を淹れる。
ほっとひと息吐きながら焚火の炎をなんとはなしに眺めた。
パチパチと音を立てて燃える焚火の炎の向こうに家族の顔が見える。
私はその郷愁にも似た感情を心地よく思いつつ、ゆったりとした気持ちでお茶をすすった。
翌朝。
早くからランドンベリーの採取に取り掛かる。
時折つまみ食いしてみると、その実は華やかな酸味と濃厚な甘さで私の口の中を幸せいっぱいに満たしてくれた。
夕方までかけ、袋いっぱいのランドンベリーを収穫する。
(これならジャムもパイも作り放題だな)
そう思って荷物をまとめ始めたところで辺りに妙な気配がうろついているのに気が付いた。
けっして油断していたわけではない。
おそらく相手が一枚上手だったんだろう。
(ちっ!)
私は心の中で軽く舌打ちしつつ、急いで刀に手をやった。
ゆらりと動く小さな気配を集中して読んでいく。
(おそらくもう敵の射程圏内に入っているな……。ここは腹を括って待ち受けよう)
そう思って地面に片膝をついて、目を閉じる。
その刹那、後ろから猛烈な勢いで何かが襲ってきた。
膝を中心にくるりと体を回して抜刀する。
素早く繰り出した刀が何かを斬った。
ぬるいものが首の辺りにかかり、返り血を浴びてしまったことを悟る。
(ギリギリの勝負だった……)
心の中で軽く冷や汗をかきつつ目を開け軽く振り返ると、そこには黒い豹が腹を切り裂かれて倒れていた。
手拭を取り出し、返り血を拭う。
(まだまだ修行が足りんな。こんなことでは先が思いやられる……)
そうやって自分を軽く戒めつつ、刀を納め、動かなくなった黒豹を見下ろした。
それから五日。
森を出て王都の門をくぐる。
詰所に向かい採取してきた薬草を納めるとすぐに家路に就いた。
「おかえりなさい」
「ただいま帰りました。ランドンベリー、収穫してきましたよ」
「ありがとう。じゃあさっそく明日パイにしちゃうわね」
「はい。楽しみにしています。大量に取ってきましたから残りはジャムにでもしてください」
「あらあら。それは大仕事だわ」
嬉しそうにそういうハンナさんにランドンベリーが入った袋を渡す。
「あら。本当にたくさん取ってきたのね」
「はい。気合を入れました」
「うふふ。今夜は活きのいい鱒が手に入ったから、私も気合を入れてお寿司にするわね」
「いいですね。寿司は久しぶりだから楽しみです」
「うふふ。じゃあますます気合を入れてたくさん握らなきゃ」
微笑みながら台所に入っていくハンナさんと別れ私はひとまず離れに向かった。
「ただいま」と声を掛けるが返事はない。
さして気にせず小さなリビングに入ると、リルとマロンがお昼寝をしていた。
その光景を微笑ましく思いつつ、ソファに腰掛け、リルの頭を軽く撫でてやる。
「くぅん……」
リルが軽く寝言のような鳴き声を上げ、くすぐったそうに体を小さくよじらせた。
(今回も無事帰ってきたんだな……)
なんとなく感慨深い思いが込み上げてくる。
私は午後の日差しが差し込むリビングで軽く目を閉じると、「ふぅ……」と息を吐き、全身の力を抜いた。
秋の日の午後。
近くにリルの温もりを感じながらまどろむ。
私はそのひと時を心の底から幸せだと感じ自然とやってきた眠気に身を委ねた。




