庭師と猫と稽古
モルフォス戦から五日ほど。
事務仕事も片付き、さっそく次の任務にあたるのだろうと思っていたら、休みをもらってしまった。
「今のところ森は落ち着いてるみてぇだし、休める時に休んでおくのも仕事のうちだ。全員交代で休みを取らせるから、ユーリ、お前もしっかり休め。とりあえず、明日は自由にしていいぞ。ああ、念のため王都からは出るなよ?」
そう言われた翌日。
いつものように早朝の稽古から一日を始める。
(さて。どうしたものか……。カイゼルさんは忙しくて稽古できないと言っていたし、ノンナも当然、学校がある。家にいてもハンナさんの邪魔になるだろうし、離れで一人過ごすのもなんだかなぁ、という気になる。そうなると町に出掛けることになるが、特に欲しいものもないし、図書館にでも行くか? いや。それよりも新しい店を探して歩く方が面白いかもしれんが、あてもなくただぶらぶらするだけというのもなぁ……)
そう思っているところに、珍しくマロンがやってきた。
私はてっきりもう朝食の時間になったのかと思い、
「もうそんな時間だったか?」
と聞くが、マロンは首を軽く横に振り、
「いや。たまたま早起きしたでな。それよりお主今日は休みと言っておったな? 一日何をするつもりじゃ?」
と私の予定を聞いてきた。
「特に何も決めてないな。というよりも何をして過ごせばいいものかと迷っていたくらいだ」
「ふっ。お主も相変わらず面白味のない男よのう。まぁ、よい。暇なら付き合え。リルに魔法の稽古を付けてやるついでにお主にも訓練を付けてやろう。なに、この間、牛を討伐した時に思ったんじゃが、お主まだ自分の魔力を十分に引き出せておらんようじゃからな。わしの見たところ惜しいところまではきておるから、今日少しだけきっかけを与えてやろう」
「そうか。それはありがたい」
「うむ。朝飯を食ったらさっそく始めるからのう。場所は裏庭でよかろう」
「わかった。よろしく頼む」
そういう話になったところで稽古を切り上げると、私は朝食を作りに家に戻った。
いつものように簡単な朝食を済ませ、さっそく母屋の裏庭に行く。
ハンナさんに事情を話すと、
「お稽古はいいけど、危ないことはしちゃだめよ」
とまるで子供に対するような注意を受けた。
「まかせておくがよいぞ」
私の代わりにマロンがそう答えてさっそく稽古を始める。
「ほれ。リルはいつもの水を使った稽古じゃ。水の球を百個作れるようになったら次は氷魔法を教えるでな。頑張ってやってみるがよいぞ」
「うん。頑張る!」
リルがそう言って稽古を始めるとマロンは私を振り返り、
「お主はただひたすらに集中せい。丹田に気を溜めるやつをずっと続けるんじゃ。いい感じに集中が増してきたらわしがきっかけを与えてやるでの。それで自分の魔力のさらなる深奥にふれてみるがよいぞ」
とけっこうな難題を吹っかけてきた。
「それはつまり、じっとして動くなということか?」
「いや。そうではない。いつもの型をやっても構わんぞ。とにかくなんでもいいから、自分が一番集中できる環境に身を置くんじゃ。よいか。極限まで集中を高めるんじゃぞ」
そう言われて少しほっとし、木刀を取り出して基本の型を繰り返す。
(集中、集中……)
と心の中で繰り返し唱えながらやるが、あくまでもいつも通りの集中でそれが極限までいっているかというとどうにも疑問が残るような感じがした。
(うーん。どうにも上手くいかん。なにかもっと、こう切迫した危機感のようなものがあればいいのかもしれんが……。仕方ない。仮にカイゼルさんが目の前にいるとして、それを想像しながら動いてみよう)
そう思ってカイゼルさんという仮想的を作り出し、まるで真剣勝負をしているかのように動き始める。
私の想像するカイゼルさんがものすごい勢いで袈裟懸けの一刀を放ってきたので、私は全力でそれを避け、すかさず小手に一撃を加えた。
それをかわした想像のカイゼルさんが、今度は横薙ぎの一閃を胴に叩き込んでくる。
その太刀筋はものすごく、まるで胴の辺りを木刀がかすめたかのような感覚に陥った。
(よし。いいぞ……)
そう思いつつもさらに集中し、魔力を練って想像のカイゼルさんに袈裟懸けの一刀を打ち込む。
カイゼルさんはそれを持ち前の膂力で押し留め、鍔迫り合いの形となった。
パッと分かれて再び構えを取る。
中断に構えた想像のカイゼルさんに対し、私は静かに下段の構えを取った。
渾身の魔力を込めて思いっきり踏み込み、下段から木刀を素早く跳ね上げる。
想像のカイゼルさんはそれをギリギリでかわし上段からものすごい一撃で私の木刀を叩きつけにきた。
(ここで退けばやられる)
そう思って、必死に魔力を込め、カイゼルさんの一撃を受け止める。
そして、また鍔迫り合いの形になったが、私たちはまたも別れ距離を取った。
(次で決まる。おそらく両者の木刀が弾け飛ぶだろう)
と思ったところで、ふと、
(いや。木刀は折れない。そうだ。この木刀なら折れずにそのまま続きがあるはずだ。となると……)
と思いさらに集中を高める。
自分の極限まで魔力を練り込み、この一撃に人生を捧げるかのような気持ちで想像のカイゼルさんに相対した。
熱い想いとは裏腹に、あくまでも静かに八双の構えを取る。
すっと引き上げた木刀を自然に相手に叩き込む、ただそれだけを考えた構えだった。
パンッと弾けるように踏み込み、想像のカイゼルさんに一刀を叩き込む。
いつもならそこで木刀が折れて終わりだが、今回はそうならなかった。
お互いの木刀が重なり合い、猛烈な勢いで魔力を発する。
私は思わず、
「ぬおぉっ!」
と声を出し自分の持てる限りの魔力を放出した。
その刹那、
「ほれ」
とマロンの声が聞こえる。
すると私は不思議な感覚に陥った。
体がふわふわと浮き、それが徐々に深く深くへと沈んで行く。
揺蕩う波間に一人投げ出されたような感覚が近いだろうか。
ともかく不思議な感覚でいると、遠くに何か光が見えた。
無意識にそちらへ手を伸ばす。
しかし、光はすっと遠ざかり、やがては消えてしまった。
ハッとして目を覚ます。
すると目の前にマロンがいて、
「どうじゃった?」
と聞いてきた。
「なんだか変な感じだ」
と正直に答えるとマロンは小さく「ふっ」と笑って、
「それがお主がこれから見つける剣の神髄の一端よ。その感覚、忘れるでないぞ」
と言ってきた。
キツネならぬ猫につままれたような表情でマロンを見つめる。
マロンはまた「ふっ」と笑い、
「そのうちわかる日も来るじゃろうて」
と言ってきた。
それからリルが氷魔法を覚え、タライに張られた水を見事凍らせたのを褒め、昼食に向かう。
「たくさんお稽古して疲れたでしょ。たくさんご飯が進むようにホイコーローにしましたからね。たんと召し上がれ」
そう言って大盛りのホイコーローをどどんと食卓においてくれたハンナさんにお礼を言い、さっそくがっついた。
「これよ、これ! この味噌の深い味わいが肉とキャベツの両方を引き立てておるわい。肉の味は濃いがキャベツの甘味とシャキシャキした食感があるせいで無限に食えそうに思えてしまう。これはいかん。いかんぞ、ハンナ」
「美味しい! これ好き! 早くお代わりしたい!」
「ははは。二人とも落ち着いて食え。誰も盗ったりしないからな」
「うふふ。そういうユーリも落ち着いて食べてね。ほら、ほっぺにご飯粒がついてますよ」
そんな風にワイワイ言いながらみんなで楽しく昼食の席を囲む。
私は食卓にこぼれるみんなの笑顔を見つつ、
(私の剣はこの笑顔を守るためにあるのだろうな……)
となんとなく自分が剣を振る意味を見出したような気になった。




