庭師と新しい刀02
問題なく一夜を明かし、
「さて。ここからは少し気合を入れろよ」
というラッツさんの言葉にうなずいて行動を開始する。
森の浅い部分はたいてい何も起こらないがそれでも、これから危険地帯に近づいていくんだという緊張感が私たち表情を自然と引き締めさせていた。
歩くこと二日。
「そろそろゴブリンがわんさか出てきてもおかしくないな」
「はい。積極的に探しましょう」
「僕、お手伝いするよ?」
「お。いいのか。それは助かるが……」
「なに。居場所を教えてやるくらいはいいじゃろう。くれぐれも手は出すなよ?」
「わっふ!」
リルが索敵に参加してくれることになり、ゴブリンのいそうな地点にいくつか目星を付け、そちらに向かっていく。
しばらくすると、リルが、
「いたよ!」
と言ってくれたので、私たちはすぐにリルが言ってくれた方へ進路を変えた。
やがてゴブリンの痕跡に辿り着く。
「すごいもんだな。索敵班に欲しいぜ」
冗談と本気と半分半分のことを言うラッツさんを先頭にゴブリンの群れを目指して進んでいった。
歩くこと三十分ほど。
百に近い群れを発見する。
「じゃあ、ここは俺とユーリな。ライナは見学してろ」
「はい。しっかり勉強させてもらいます」
「よし。じゃあ、いくぞ?」
「了解です」
そう言ってさっそく戦闘準備に入った。
刀を抜き、軽くラッツさんと呼吸を合わせて飛び出していく。
全速力で駆け、すれ違うゴブリンを何匹か斬りながらゴブリンの群れの中心に躍り出た。
当然ゴブリンはここぞとばかりに集まってくる。
なので私はその場でくるりと回るように動きながら横なぎの一閃を一周させた。
グッと体から魔力が持っていかれる。
(おっと。しまった……)
そう思ったがもう遅い。
私の放った一閃はものすごい魔力の波を周囲に広げつつ、ほとんどのゴブリンを斬り払ってしまった。
「……」
「なにやってんだっ!」
そう声が聞こえた次の瞬間、青白い光を放つ魔法の矢がそれこそ雨のごとく降ってくる。
それが残ったゴブリンの大半を沈め、あとは軽い殲滅戦になった。
「すみません。連携もなにもなかったですね……」
「ああ。ていうか、なんだ? あの一撃は?」
「この刀、威力が大きいのはいいんですが、魔力の制御がそうとう難しいようで……」
「なるほどな。まったくとんでもねぇ武器をあつらえてくれたもんだぜ、あの爺さんも」
「次はなるべく魔力を抑えていつも通りやります」
「ああ。そうだな。その様子ならあと何回か練習しといたほうが良さそうだ」
「お手数おかけします」
そう言って、次の目標を探し、私たちは森の奥へと進んでいった。
一度暴発を経験してみると、勘所というのがわかるもので、次の一戦からは多少まともな戦闘になる。
刀がまるで自分の腕の延長かのような気持ちで、いつも以上に丹田に気を溜めることを意識し、徐々に魔力を送るよう心掛けていると、太刀筋は徐々に落ち着き、それなりの斬撃を繰り出せるようになっていった。
「まだ粗削りっちゃぁ粗削りだが、さっきよりずいぶんまともになったんじゃねぇか?」
「はい。なんとか連携もできましたし、そろそろ大丈夫かと」
「よっしゃ。じゃあ、さっそく本番といこうじゃねぇか。くれぐれも肉を傷めるなよ?」
「了解です」
そう言ってさっそく私たちはモルフォスが目撃されたという草原地帯に足を向ける。
現在地から行くと、草原地帯までは一日歩くかどうかというところだったので、その日はやや急ぎ足に進み、草原地帯を見渡せる小高い丘の上で野営の準備に取り掛かった。
丘から夕暮れに染まる草原地帯を見下ろし、
「けっこういやがるな……」
「ええ。もう少し増えると食害が出そうな感じですね」
「早めに対処できてよかったかもしれませんね」
「牛さんいっぱい! あれ、全部お肉になるの?」
「ははは。さすがに全部は持って帰れないだろうな。しかし、収納の魔道具がパンパンになるまで詰め込んで帰るぞ」
「やった! お肉いっぱいだね!」
「うむ。期待しておるでな」
とやや呑気な言葉を交わした後、地図を見ながら軽く明日の作戦についての打ち合わせをする。
「西の方にたむろしてやがったから、俺が横からこの窪地に追い込む。ユーリは窪地に入ってきたやつを容赦なく斬れ。ライナは群れがばらけないよう周囲から牽制する役な。もちろん逃げようとするやつがいたら確実に仕留めろよ?」
「はい!」
「了解です」
話し合いは簡単に終わり、ハンナさん特製のスープの素を使った簡単スープとパンで軽くお腹を満たす。
そして、各自、明日の決戦に備えて思い思いの体勢で体を休めた。
翌朝。
討伐戦が始まる。
草原の西側に移動し、ラッツさんと別れた。
指定された窪地に入り、静かに魔獣の到着を待つ。
ふと窪地の上にいるライナを見ると、やや緊張しているように思えた。
「気を楽にいけ。万が一の時はラッツさんが加勢に来てくれる。焦る必要はないぞ」
そう声を掛け、ライナが苦笑いを返してきたくれたので少しほっとして刀に手を置く。
私は相変わらずものすごい勢いで魔力を持っていこうとする新しい刀の柄をポンと軽く叩き、
「ほどほどに頼むぞ」
と声を掛けた。
やがて、ドシドシという地響きがこちらに近づいてくる。
(来たか……)
ほんの少し気合を入れるように「ふぅ……」と息を吐き、刀を抜く。
すると間もなくして、
「来ます!」
とライナが叫んだ。
一斉になだれこんでくる牛の大群の中を縫うように動く。
(肉を傷めることなく、動きを止めて……)
そう意識しながら、足を中心に刈り取っていった。
やがて、牛が窪地から逃げ出しそうになる。
するとライナが周辺を素早く動き、また牛を窪地の方に追い立ててくれた。
時々光る矢が見えるからきっとラッツさんも応援に回ってくれたのだろう。
それを確認し、私はいっきに魔力を練り上げる。
パニックに陥り、私めがけて突進してくる牛の群れの正面に立つと、素早く腰を下ろし、
「ふんっ!」
と軽く掛け声を漏らしながら、刀を横なぎに一閃した。
ぶわっと土煙が上がり、剣風が広がっていく。
するとあれだけいた牛が全員横倒しになった。
ズザーッと音を立てて崩れる牛の群れに向かい光の矢が降り注ぐ。
私はその瞬間勝負が終わったのを悟り、静かに息を整えると、刀に軽く拭いを掛け鞘に納めた。
素早くこちらに駆け寄ってきたライナが、慎重にトドメを刺して回っている。
ラッツ先輩はさっそく解体に取り掛かっているようだ。
私もラッツ先輩の側にいき、解体の手伝いを始めた。
「しかし、物の見事に脚だけ斬ったな」
「はい。なにせ肉がかかってますからね」
「あはは! さすがユーリだ。食い物がかかると断然力を発揮しやがる」
「なんです? それじゃあまるで私が食いしん坊みたいじゃないですか」
「違うのか?」
「……否定はできませんね」
楽しく話しながら、テキパキと解体を進めていく。
夕方までかけ、五頭ほど解体したところで、ラッツさんが、
「まだ収納の魔道具に余裕のあるやつはいるか?」
と聞いてきた。
「いえ。パンパンです」
「こちらも同じく」
「よし。じゃあ肉はここまでだな」
そう言って、作業を切り上げ残りの個体は焼いて灰にする。
「なんだかもったいないですねぇ」
「ああ。もっと容量のある収納の魔道具があればいいんだが……」
「メイベルさんに頑張ってもらえばできますかね?」
「いや。今の容量でもメイベルさんが持っている技術全てをつぎ込んでようやくできると言っていたから、おそらく無理だろうな」
「そっかぁ。残念ですね」
と何とも切なそうな目で焼けるモルフォスを見るライナの横で、リルも「くぅーん……」と寂しそうな声を上げていた。
「さて。お待ちかねのすき焼きだ!」
あえて明るく声を掛けると、途端に元気を取り戻したリルが、
「わっふ!」
と鳴いてじゃれついてくる。
私は収納の魔道具の中から一番いい塊肉と調味料を取り出すとさっそく肉を薄く切り始めた。
「え!? 刀でお肉を切るんですか?」
「ああ。こうすると薄く均一に、しかも肉の繊維を必要以上に壊すことなく切れるんだ。普通に包丁で切るより味がよくなるぞ」
「……その刀ってえらく高価だって話だったよな?」
「ええ。おかげで肉がよく切れます」
「お前なぁ……」
そんな一幕を経て肉が切り上がると、さっそく鍋を出し、すき焼き大会が始まった。
「一番はわしじゃぞ!」
「……そこはリルに譲ってやれよ」
「むぅ。仕方ないのう。その代わり二番はわしじゃからな」
「へいへい」
そう言っている間に砂糖と醤油の焦げた香ばしい香りを纏い、最初の肉が完成する。
「今回は生卵を持ってきたからな。思いっきり付けて食ってくれ」
「わっふ! いただきます」
そう言ってリルがその大きな手で器用に箸を使いながらすき焼きを口に放り込む。
次の瞬間リルは目を見開き、
「甘くて美味しい! でも、すぐに消えちゃった!」
と驚きの声を上げた。
「ははは。いい肉は口溶けがいいからな。少し待ってろ。みんながお肉を食べ終わったら野菜も入れて煮込んでいくからな」
「はーい!」
そう言ってみんなの分の肉を焼き、
「むっ! これじゃよ、これ! この上品でさっぱりとしながらも確かな甘みを持った脂のうま味といったら……。それに肉のうま味もすごい。こんなに薄く切られた肉をくっているというのに、まるでステーキにかじりついた時のような満足感だ。これこそまさにすき焼きの極みよ!」
「美味ぇ。理屈はわかんねぇがとにかく美味くてたまらんぞ」
「はい! これは役得が過ぎますねぇ」
という感想をもらい、最後に自分の分を焼く。
さっと火を通しただけの肉を口いっぱいに放り込むとそこにはこの世のありとあらゆる幸せを詰め込んだような味が広がった。
「……」
無言で空を見上げる。
キラキラと輝くいつもの星空が何倍も美しく見えた。
「お代わり! もっと食べたい!」
というリルの声で我に帰り、次々肉を焼いていく。
そこに白菜やネギ、ニンジンなんかを入れると、今度は野菜のうま味まで加わった最強の鍋が出来上がった。
「きゃうーんっ!」
ひと口食べたリルが興奮のあまり遠吠えをする。
それを見たみんなが笑顔になり、楽しい食事は夜更けまで続いていった。




