庭師とトレントの森02
「この辺りからはどこから襲ってこられてもおかしくない」
そう言ったコーエンさんの言葉に従って慎重に行動する。
マロンもなにやら気配を読んでくれているようだが、
「やはりやつらはかくれんぼが得意じゃのう……。なにやら怪しい気配はあるが、どこというのが今一つわかりづらいわ」
と言ってやや苦い顔をしていた。
(いよいよ本番開始というわけか……)
そう思いながら辺りの気配に気を配る。
すると私の後を歩いていたコーエンさんが、
「うおっ!」
と珍しく狼狽した声を出した。
さっと振り返って刀を抜く。
すると足を木の根で絡め取られたコーエンさんが薙刀を振ってその根を断ち切っていた。
私もすぐに加勢し、次から次に襲い掛かってくる根を叩き斬っていく。
そして、どうやらその根の元になっていると思しき木を見つけると、襲ってくる根や枝の攻撃を避けつつ、幹に渾身の一撃をかました。
木を切ったとは思えない、なにかの魔獣を斬ったような感覚があり、木が、
「ギエェッ!」
と何かを引き裂いたような悲鳴を上げる。
するとそれまで勢いよくうねうねとして私たちを襲っていた根や枝が一瞬にして炭のように黒くなり動きを止めた。
「リル。覚えてくれ。これがトレントというものだ」
そう言われてリルがしきりにトレントの匂いを嗅ぎ始める。
しばらくして、
「うん。覚えたよ!」
と言ってくれたので、またリルの頭をわしゃわしゃと撫でてやり、私たちはさらに先を目指し歩を進めていった。
やがて、リルが、
「いた!」
と言ってくれたのでそっちに向かって進んで行く。
するとまた音もなく木の枝が私たちを襲ってきた。
今度はコーエンさんがその枝を華麗な薙刀さばきで斬り払い、幹に肉薄する。
そして、さっきの私と同様に幹に一撃を加えると、またトレントは動きを止めた。
「この調子ならずいぶん楽ができそうだな。リル。ありがとうな」
コーエンさんがそう言ってリルの頭を撫でると、リルはまた嬉しそうに尻尾を振り、コーエンさんにぐりぐりと頭をこすりつけ始めた。
しばし、じゃれ合い、また目的地を目指す。
しかし、その日は夕暮れが迫ってきたので、目的地まであと数時間というところで野営をすることになった。
何が出てくるかわからない森の奥とあって、料理は簡単にせざるを得ない。
しかし、それでもできるだけ美味しいものをと思い、ハンナさん特製の味噌玉を使い、味噌煮込みうどんを作った。
「相変わらずの美味さだな」
「ええ。ハンナさんのおかげです」
「ハンナ様がこの国にもたらしたものは大きい。なにせ、あのケチャップやマヨネーズ、それにカレーを生み出してくれたんだからな。他にも功績をあげたらキリがないが、とにかく我々庶民にとっては神のような存在だ」
「本人はいつも『好きでやってるだけですよ』といって笑っていますが、なぜ、ああも美味しいものを次々と生み出せるのか、近くにいる私も不思議に思っていますよ」
苦笑いでそう言ってズズッとすする味噌煮込みうどんは赤みそのやや濃い味と出汁の風味が絶妙に溶け合い、複雑なコクを奏でていた。
「ここに生卵があれば完璧なんですけどね……」
「野営中なのが残念だ」
と軽く冗談を言い合い、その日の食事が終了する。
その後は交代で見張りをしながら、ゆっくりと体を休めた。
翌朝。
少し進んだところでさっそく出てきたトレントを討伐し、さらに先を目指す。
目的の泉のほとりに着くとそこにはその場に似つかわしくないほど大きな木が生えていた。
「あれが親玉であってほしいですが……」
「どうだろう。微妙なところだな」
そう言って得物を手に取り、その木に近づいていく。
すると、ある程度近づいたところで木の根が地面から飛び出し私たちに襲い掛かってきた。
「道は作る。隙ができたら一気に突っ込め!」
そう言って木の根を片っ端から薙ぎ払ってくれるコーエンさんの後につき、隙を伺う。
やがて、コーエンさんが大技を繰り出し何本かの根をまとめて薙ぎ払った。
その隙に私が飛び出し一気に幹を狙う。
いくつかの枝が慌てたように私に伸びてきたが、私はそれをギリギリのところでかわし、幹に肉薄した。
(これだけの太さだ。一撃では終わらんだろう)
と思いとにかく手数を出して幹を斬りつけていく。
すると、四回目にしてようやくトレントが動きを止めてくれた。
硬く炭のようになったトレントを見て、
「違ったようですね」
とつぶやく。
「ああ。元凶になっているやつだったら、もっと白化して化石のようになるからな」
「ということは次ですね」
「ああ。少し場所を検討しよう」
「了解です」
そう言って私たちはその場で地図を広げ、次の目的地を決めた。
「次は丘の上ですか……」
「ああ。そういう所に堂々と立っているとしたらそれはエルダートレントの可能性が高い。周りもさっきのトレントくらいの強さのやつらで固めているだろうから、かなり手強いぞ」
「死ぬ気で頑張ります」
「だめだ。隊長が言っていただろう。自分の体が一番大切だとな」
「了解です。死なない程度に頑張ります」
最後はちょっとした冗談を言い合い、次の目的地へと向かう。
途中、ゴブリンの集団には遭遇し、少し時間を取られたものの、それ以外は順調に進み、ある程度の距離を稼いだところでその日も野営になった。
翌日。
早朝から行動を開始する。
コーエンさんの提案でいったん地形を見ようということになり、私たちは近くにあった小高い丘に登った。
そこで、コーエンさんが、
「おかしいな……」
とつぶやく。
私が、「はて?」と思って首をかしげると、コーエンさんはおもむろに遠くを指さし、
「あのこんもりしているところが、次の目的地だ。私の記憶ではあんなに木が生い茂っていなかったから、おそらくあそこが当たりだぞ」
と言ってきた。
「了解です。二日と言ったところですかね」
「ああ。順調にいけば、な」
「トレントの縄張り付近に強力な魔獣が巣食うことがあるんでしょうか?」
「おいおい。一個だけ例外があるだろ。忘れたのか?」
「……まさかグリフォンですか?」
「そうだ。あいつらはたまにトレントと共生しやがる。もし相手がエルダートレントだとしたら、複数羽いることも考えなければならない。これはかなり厳しい戦いになるぞ」
「覚悟しておきます」
「ああ。油断禁物だ」
そう言って丘を下り、目的地に向かってまっすぐ進んでいく。
すると途中、リルが、
「あっちからいっぱいトレントの匂いがするよ! あと、嗅いだことない匂いもしてる」
と言ってきた。
「当たりだったな」
「はい」
「グリフォンもとなると、二人ではギリギリか……」
「マロン。どうしてもという時は頼めるか?」
「……グリフォンの二匹や三匹自分たちでどうにかせい。しかし、危ない時は助けてやるでな。安心して戦うがよいぞ」
「わっふ! 僕はお手伝いするよ!」
「これ、リル。まずは人に任せるんじゃ。わしらが力を振るう時は人の手に余る時だけじゃぞ」
「……はーい」
「ははは。二人ともありがとうな。いざという時は助けてもらえると思うだけで十分だ。それだけで、安心感が違うからな。リル。いざという時は頼むぞ?」
「うん! 任せといて!」
「ふっ。仲がいいな。よし。そうと決まればさっさと行ってさっさと片づけるぞ」
「了解」
目的が定まったところで、素早く行動に移る。
そして、一日の野営を挟み、そろそろトレントの縄張りに入ろうかという所で、私たちはいったん足を止めた。
「少し早いが今日はここまでにしよう。おそらく明日が勝負だ」
「はい」
「グリフォンの攻撃をかいくぐったあとはトレントが密生している森に突っ込むことになる。お互い離れ離れにならないようにしよう。おそらく相手は分断を狙ってくるだろうからな」
「了解です」
「そうと決まれば、美味い飯を作ってくれ」
「チャーハンでいいですか? スープもつけますよ」
「いいな。頼む」
「了解です」
そう言ってさっそく調理に取り掛かる。
ハンナさん特製のパストラミビーフを細かく切り、ネギと一緒に炒めただけのチャーハンだったが、ラードを使って炒めたので、それなりの味に仕上がった。
「うん。このパストラミビーフのコショウが効いていていいな」
「はい。この絶妙な辛さはハンナさんにしか出せません」
「これが毎日食えるお前が羨ましいよ」
「これが終わったら庭師全員で宴会でもしましょう。きっとハンナさんも喜んで料理を提供してくれますよ」
「そいつはいいな。ますます無傷で帰らんといかん理由ができた」
「はい。がんばりましょう」
「ああ」
美味しい料理を食べ、前向きな言葉が出てくる。
私はそれを好ましく思いつつ、
(これもハンナさんの魔法だな)
と思った。




