庭師とトレントの森01
ミリシア様の里帰り随行という任務を終えてから三日。
季節はそろそろ夏の終わりで、私は、
(そろそろ新米が出始める季節だな。今年も作柄は順調ということだったから、楽しみだ)
などと思いながら留守中に溜まった書類を片付けていた。
何気ない日常に幸せを感じつつ、のんびり仕事をしていると、事務室の扉が勢いよく開けられる。
「てめぇら。仕事だ!」
開口一番ノルドさんがそう叫んで、全員に厳しい顔を見せた瞬間、空気が変わった。
「なんですか?」
みんなを代表してコーエンさんが質問する。
「トレントが出やがった。これから打ち合わせをするから全員会議室に来い」
そう言ってノルドさんが部屋を出ていくと、みんなが慌てて後に続く。
私も、
(これは一大事だ)
と思いつつ、真剣な表情でみんなの後に続いた。
「目撃されたのはこの地点。森の中心にある山の南東側だ。その裾野にはけっこうな森が広がっている。おそらくそこに巣食っていやがるんだろう。知っての通り、トレントは中心になっている元を叩けば全部が枯れてくれる。しかし、その中心に行き着くまでが大変だし、放っておけば加速度的にその勢力圏をひろげて薬草類を全部だめにしやがる。今回は全員でトレントの侵攻を止めつつ、中心に向かって攻めていくことになるから覚悟しとけ。下手したらエルダートレントの可能性もあるから、全員気を緩めるなよ」
そんなノルドさんの言葉に全員がうなずき、そこから班の編成が始まる。
大雑把な作戦としてはノルドさん率いる本隊がとにかくトレントを駆除して回り、ラッツさん率いる遊撃隊がその補佐をして周辺にいる魔獣を討伐して回ることになった。
「ユーリ。コーエン。二人は組んでとにかく中央を目指してくれ。俺たちが周りを抑えている間に中央の元凶を見つけ出して討伐しろ。さっきも言ったようにエルダートレントの可能性もある。かなりきつい役目になるが、二人にしか任せられん。頼んだぞ」
「「了解!」」
「あとのやつらはとにかく体力勝負だ。一生分の魔獣を相手にするくらいの気持ちで腹、括ってくれよ。わかったら各班に分かれて作戦会議だ。一時間以内に担当を決めて準備にかかれ。出発は明日の朝一番だ」
「おう!」
三十人からなる庭師全員が声を合わせ、気合を入れたところで、各自打ち合わせに入る。
私はコーエンさんと共に、地図上で怪しい箇所やそこまでの道順を丁寧に確認していった。
夜になり家に戻ってみんなに事情を伝える。
家族はみんな青ざめた顔をしていたが、マロンは意外と落ち着いて、
「トレントか……。あやつは気配が読みにくいでのう。わしでも中心の元凶を探し当てるのにはかなり苦労する。頼りになるのはリルの鼻ということになろうが、なにせリルはトレントの匂いを知らん。おそらくかなり苦労することになるぞ」
と現状の問題点を指摘してきた。
「なるほど。ということはとにかく怪しいと思った方向にどんどん進んで虱潰しにしていくしかないということか……」
「ああ。そうなるじゃろうな」
「わっふ! 僕、がんばるよ!」
「ああ。頼りにしているよ。今回はコーエンさんも一緒だから、地形読みは安心して任せていい。ああ、リルはコーエンさんとは初めてだったな?」
「うん」
「安心してくれ。庭師としての私の師匠みたいな人だ。優しい人だからきっと大丈夫だぞ」
「うん。ユーリがそういうなら大丈夫だと思うよ」
「ありがとう。じゃあ、明日に備えて今日は早く寝よう」
「うん!」
そう話してさっそく離れに戻る。
急いで明日の朝までに味噌玉とパンを準備してくれるというハンナさんに感謝しつつ、風呂に入り、ベッドに体を横たえる。
(これは庭師人生で一番の勝負になると思ってかかった方がいいかもしれんな……。とにかく、気合を入れなければ)
そう思うと、興奮して少し目が冴えてしまったが、明日からの行軍に備えて少しでも体を休めねばと思い私はしっかりと目を閉じ、なんとか眠りに就いた。
翌朝。
家族全員の見送りを受け、家を出る。
詰所の前に着くと、ほとんどの庭師が準備万端といった感じで集合していた。
「すみません。遅くなりました」
「いや。まだ集合時間前だ。みんな気合が入っているようだな」
「そうですね。この調子ならきっと無事討伐できると思います」
「ああ。そう願いたいな」
そうノルドさんと話しみんなの中に加わる。
やがて集合時間になり、全員が揃っているのを確認すると、ノルドさんが、
「てめぇら、準備はいいか? 討伐はもちろんだが、全員無事に帰ってくることが最大の目標だ。くれぐれも気を引き締めてそれぞれの隊長の指示に従ってくれ。いいな。この戦いはこの国の未来に関わる。絶対に失敗は許されん。しかし、一番大事なのは自分の体だということを肝に銘じておいてくれ。みんな笑顔で帰ってくるぞ!」
と全員に檄を飛ばし、全員が、
「おう!」
と気合の声を上げ、それぞれの馬車に乗り込んだ。
馬車の中でコーエンさんにリルを紹介する。
少し緊張気味のリルにコーエンさんは、
「よろしくな。リル」
といかにも子供と接するように優しく声を掛け、リルの頭をわしわしと撫でてくれた。
それでリルも少し落ち着き、
「わっふ!」
と鳴いてコーエンさんに甘え始める。
どうやらお互いの印象は悪くないようだ、と思い、私は少し安心して二人がじゃれ合う光景を微笑ましく眺めた。
やがて、いつもの村に着き、そこで作戦の最終確認が行われる。
さすがに全員が泊まれる宿はないので、その日は村の広場を借りて全員で野営をすることになった。
交代で風呂を済ませ、カレーを食べながら各隊が打ち合わせを済ませる。
そして、私たちはそこはかとない緊張感に包まれながら、翌朝の出発に向けゆっくりと体を休めた。
翌朝。
静かに行動を開始する。
三日ほどかけて中層の入り口に到着すると、そこに仮の拠点を作った。
さらに翌朝。
仮拠点の警備を新人三人に任せ本格的な作戦行動に入る。
「頼んだぞ」
「はい」
ノルドさんと短く言葉を交わし、私とコーエンさん、そしてマロンとリルの四人は本隊と別れ敵中枢を叩くべく森の奥へと進んでいった。
寡黙なコーエンさんと最低限の言葉を交わしながら最初の目的地を目指す。
私たちが最初に目を付けたのはトレントが繁殖していると思われる森のほぼ中央にある泉だった。
「当たればいいですね」
「ああ。ダメでも手がかりはつかめるはずだ」
「うむ。リルにトレントの匂いを覚えさせることができれば戦況はずいぶん有利になるじゃろう」
「わっふ! 僕、頑張る!」
そんな言葉を交わしつつ、進んでいくと早速リルが、
「この匂い知ってる! オークだよ!」
と敵の接近を知らせてくる。
「ありがとう。助かったよ」
そう言って褒めてあげるとリルは嬉しそうに尻尾を振った。
「便利なものだな」
コーエンさんが感心したように言い、こちらもリルの頭を軽く撫でる。
リルはますます嬉しそうに、
「こっちだよ!」
と尻尾を振りながら匂いがした方へ私たちを案内し始めてくれた。
やがて私たちにもはっきりとわかる痕跡が現れ始める。
「十匹程度だな……」
「先に、突っ込みます」
「背中は任せろ」
短いやり取りで軽く作戦を決めると、私たちは痕跡を追ってオークのもとへと向かっていった。
見立て通り十匹ほどのオークがたむろしている現場に到着する。
私とコーエンさんは無言で軽くうなずき合うと、それぞれの得物を手にした。
コーエンさんは薙刀を使う。
森でも扱えるよう柄はやや短めだが、いかにもよく斬れそうな大きな刃がついているもので、無駄な動きをせず、華麗に魔獣をさばく技術が素晴らしい。
私も若かりしころはおおいに参考にさせてもらったものだ
久しぶりにその技術が見られると思うと私は少しワクワクしながら、オークの群れに突っ込んでいった。
思いっきり突っ込んでいって群れの中央に陣取る。
周りをすっかりオークに囲まれてしまったが、私は気にせず目の前の一匹に斬りつけた。
後ろでも悲鳴が上がったから、おそらくコーエンさんも一匹仕留めてくれたのだろう。
私はそのことを頼もしく思いながら、次に襲い掛かってくるオークの一撃をひらりとかわした。
攻撃をかわされたオークが再度拳を叩きつけようと大きく拳を振り上げる。
しかし、その隙にコーエンさんが膝を両断し、そのオークはあえなく撃沈した。
そのコーエンさんに襲い掛かろうとしているオークの腕を私が両断する。
二の腕辺りから先を無くしたオークが悲鳴を上げてうずくまった。
コーエンさんがトドメを刺し、次のオークに向かう。
そんな攻撃を繰り返し、ものの十分ほどで戦闘は終了した。
「相変わらずですね」
「いや。だいぶ歳をとった」
「なにを言ってるんですか」
「ふっ」
軽く言葉を交わしさっさとオークを片付ける。
そして、軽く現在地を地図で確認すると、私たちはまた目的地に向かって歩を進めていった。




