騎士と庭師01
森から戻った翌日。
休みなのだからのんびりしていればいいものを、いつもの習慣で夜明けと同時に目を覚ます。
枕元でグースカ寝ているマロンを起こしてしまわないように、そっとベッドを出ると、軽く支度を済ませ、稽古着に着替えて裏庭に出た。
いつものように木刀を振り、腹の虫が軽くきゅるると鳴いたところで稽古を切り上げる。
勝手口から家の中に戻ると、適当に朝食の準備を始めた。
ベーコンエッグの焼けるいい匂いが漂い始めるとマロンが台所にやってくる。
そして、いつもの簡単な朝食が始まった。
「午前中、私は刀の手入れを頼みにゴードンさんの店に顔を出そうと思っているが、マロンはどうする?」
「そうさのう。わしは久しぶりにアーニャのところにでも遊びにいってくるかな」
「そうか。アナスタシア殿下にはくれぐれも失礼の無いようにな」
「ふっ。わかっておるわい」
「たくさん外の話を聞かせてやってくれ。きっと楽しんでもらえるはずだ」
「ああ。任せておくがよい」
そう言ってさっさと朝食を済ませ、それぞれに行動を開始する。
私は普段着に袋に入れた刀を手に持ち王城の裏門をくぐった。
朝の買い物で混雑する町の目抜き通りをどこかウキウキとした気持ちで歩き、路地に入って下町の方に向かう。
そして、定食屋や飲み屋が並ぶ狭い通りに入ると、一軒のボロ屋の前で止まった。
遠慮なく扉を開けて中に入る。
中は所狭しと武器が並べてあり、さながら倉庫のような雰囲気を醸し出していた。
「こんにちは、メイベルさん」
「あら。こんにちは、ユーリちゃん。お久しぶりね」
「はい。ご無沙汰してます。ゴードンのおやっさんは?」
「ええ。さっき起きたところだから引っ張り出してくるわね。ちょっと待ってて」
「ははは。ごゆっくり」
そう言って店の奥に下がっていくメイベルさんを見送り、店の中をなんとなく見渡す。
そこには騎士団が使うような立派で高価な剣から中古品を打ち直したお値打ち品の剣、それに槍やハルバードなど、ありとあらゆる武器が無造作に並べられていた。
そこへ、
「待たせたな」
と、やや不機嫌そうな声を掛けられる。
「また飲みすぎか?」
と少しからかうように返すと、
「けっ」
というぼやきが返ってきた。
「で。なんだ?」
「ああ。調整を頼みたい」
「どれ。見せてみな」
無造作に出されたゴードンさんの手に刀を渡す。
ゴードンさんはこれまた無造作に刀を抜くと、じっと見つめはじめた。
「ちょいと叩いておいたほうがいいな。わずかだが狂いがある。なにか変な物でも斬ったのか?」
「いや。最近サイクロプスとやったんだが、うっかり骨を叩いてしまった。その時の衝撃が原因だろう」
「ほう。お前さんにしちゃ珍しいミスだな」
「ああ。野兎が踏みつけられそうになってたから少し慌ててしまってな」
「ふっ。相変わらずお優しいことで。そんなお前だから、あの妙な猫も懐いたんだろうな」
「そんなことはないさ。……で、どのくらいかかる?」
「二、三十分待ってな。ついでに軽く研ぎも入れておいてやるよ」
「わかった。頼む」
そう言うとゴードンさんはさっさと店の奥の作業場に向かい、それと入れ替わるようにしてメイベルさんがお茶を持ってきてくれた。
しばし世間話をしながらお茶を飲む。
魔道具師で騎士団にも多くの魔道具を納めているメイベルさんに騎士団の近況を話したり、最近町の往来でプロポーズをして盛大に振られたやつがいたというような話を聞いていると、店の奥からゴードンさんが軽く汗を拭いつつ出てきた。
「ほれ。できたぞ」
「ありがとう」
「お代はいつも通り騎士団に回しとくぜ」
「たのむ」
「ついでってわけじゃないが、そろそろ買い替えも考えておけ」
「そんなにぼろくはなってないと思うが?」
「ああ。見た目はな。普通の人間が使うんだったら百年は使えるぜ。しかし、お前さんのバカみたいな魔力のせいで中の術式がそろそろ限界に近づいてきてやがる。悪いことは言わねぇ。ちょいと高いが次は黒ダモの刀をねだりな」
「黒ダモ?」
「ああ。黒曜鉄とアダマンタイトの合金だ。あれなら今の数倍の術式が埋め込めるからお前さんのバカみたいな魔力にも耐えられる。ただ、安いもんじゃねぇから、その辺はお国と相談して決めるこったな」
「……ちなみにいくらくらいするんだ?」
「お得意様価格でも金貨三百枚ってところだろう」
「なっ! それはいくらなんでも……」
「ああ。お前さんの年収の何倍かって話だな」
「……十倍だ」
「ほう。庭師ってのは意外ともらってないんだな?」
「三食寝床付きだから、そのくらいあれば十分なんだよ。むしろ使いどころがなくて困っているくらいだ」
「相変わらず面白味のなさそうな暮らしをしているんだな」
「いや。そんなこともないが……。というよりもその値段はとてもじゃないが、予算が下りない。なにか別の方策はないのか?」
「……ありゃこんな話はしないさ。だいたい、今使ってるのだってミスリルをたっぷり混ぜた極上の逸品なんだぜ? 出すとこに出せば金貨百枚くらいの値は付く。それでもダメだっていうんだから、もう黒ダモを使うしかねぇって話さ」
「そうだったのか……。いや、カイゼルさんが特注でいいのを作ってくれたという話は聞いていたが、まさか、そんなにも高価な品だったとはな……。しかし三百枚か……」
「まぁ、ダメ元で話してみな。なんなら俺が一筆添えてやるからよ」
「ああ、そうだな。頼んでもいいか?」
「おう。ちょっと待ってな」
というなんとも衝撃的な話を聞き、呆然とする私にメイベルさんが、
「黒ダモが扱えるなんて久しぶりだから、ちょっとわくわくしちゃうわね」
と呑気なことを言ってくる。
私はやや引きつった顔で「ははは」と苦笑いを返すのが精一杯だった。
無事、ゴードンさんの店を出て露店で買ったホットドッグをパクつきながら王城へと戻っていく。
帰ればすぐに昼飯を用意してもらえるだろうが、なんとなく街歩きの醍醐味を味わいたくてついつい手を伸ばしてしまった。
(しかし、このホットドッグもケチャップも作り出したのがハンナさんだという話を聞いた時は驚いたもんだ。今ではケチャップやマヨネーズの無い生活など考えられんからな。いや、ハンナさんを食の神として崇める料理人が大勢いるってのもうなずける話だし、そんな食の神の料理を毎日食べられる私はなんと幸せなんだろうか……)
そんなどうでもいいことを考えながら、歩いていると、あっと言う間に王城の裏門に到着した。
いつもの通りの道順で伯爵家を訪ね、また家族用の食堂に入る。
「今日はとってもいい鶏をもらったから親子丼にしてみましたよ。丸鶏の状態でもらったから、晩ご飯は水炊きにしましょうね」
「やった! 私水炊き大好き!」
「ははは。〆はラーメンで頼むぞ」
「はいはい。かしこまりましたよ」
といういかにも家族らしい会話を心地よく聞きながら手早く親子丼をかき込むと、カイゼルさんの、
「よし。じゃあ、さっそく稽古を始めようか」
という催促にも似た言葉をきっかけに私とカイゼルさんは王城内にある騎士団の稽古場へと向かっていった。
きらびやかな王城を横目に裏道を通り、高い塀に囲まれた楕円形の施設に入っていく。
中に入ると、そこでは騎士たちが思い思いに体を動かしていた。
「整列っ!」
カイゼルさんの掛け声とともに騎士たちが素早く列を整える。
「今日はユーリを連れてきた。まずは、五人がかりで制圧戦の訓練をするから小隊ごとに作戦を練っておけ。その後は私の気が済むまで手合わせするから、興味のあるものは見学しておくように」
そんな私にとっては地獄のような訓練メニューを突如発表され、軽く目を見開いてカイゼルさんの方を見る。
するとカイゼルさんはニヤリと笑い、
「心ゆくまで堪能させてもらうぞ」
と言ってきた。
「あはは……。お手柔らかにお願いします」
ひと言そう言って諦めたような笑みを浮かべつつ、準備運動を開始する。
そして、体がほぐれてきたころ、カイゼルさんの、
「よし。始めるぞ」
という掛け声で訓練が始まった。




