庭師と社交界04
いつもの癖で夜明け前に起きる。
体が少しこわばっているような感覚があったので、私はそれをほぐすかのように軽く部屋の中で木刀を振った。
やがて軽く腹が減ってきたところで、メイドから朝食の準備が整ったと声を掛けられる。
私は急いで服を着替え、食堂へと向かった。
昨日の大広間が客人用の食堂に早変わりしているのに驚きつつも、用意された豪華な朝食を美味しくいただく。
(やはり侯爵家だけあって、どれも素晴らしいものだな。しかし、目玉焼きはもう少し半熟の方が好きだし、パンも小麦の甘い香りが少し薄いように感じる。やはりハンナさんの料理を一度食べてしまうと、他の料理ではなかなか満足できないようになってしまうものなんだな……)
そんな贅沢なことを密かに考えつつ、食事を終えると、カイゼルさんが近づいてきた。
「一時間後に裏庭にある騎士団の訓練所に来てくれ。軽く準備体操をしてから試合を始めよう」
「了解しました。すぐに準備します」
と話し、さっさと席を立って自室に戻る。
そこで私は鎧をつけると木刀を持ってメイドの案内でその訓練場に向かっていった。
ちらほらと集まり始めている貴族たちの視線を受けながら、軽く体を温める。
いつも通りの型を繰り返しやっていると、そこにカイゼルさんもやってきた。
軽くうなずき合い、二人して型の稽古を始める。
ゆっくりと打ち合うような感じで、お互いがお互いの呼吸を掴み、徐々に速度を上げていった。
その様子に周りの貴族たちから軽いどよめきの声が上がる。
中にはもう試合が始まってしまったと勘違いした人もいたかもしれない。
ある程度打ち合いが終わったところで、カイゼルさんが、「そろそろいいか?」と目で訊ねてきたので、私は軽くうなずき、訓練場の中央へと向かった。
カイゼルさんが侯爵様に何事か告げ、こちらに向かってくる。
おそらく、これから始めると伝えたのだろう。
私が軽くカイゼルさんに視線を送ると、カイゼルさんは軽くうなずき返してくれた。
静かな睨み合いの後、いきなり激しい打ち合いが始まる。
容赦のない一撃が時折両者の鎧をかすり、その度に「カツンッ!」と甲高い音を立てた。
徐々に戦いが熱を帯びてくる。
私もカイゼルさんも全力で魔力を練り上げ、激しい攻防を繰り返した。
そして、最後はやはり木刀がはじけ飛んで終わる。
「やはり木刀の問題はなんとかせねばならんな」
「ええ。そうですね」
そう言って私たちは居並ぶ貴族たちの方に向かい一礼して試合が終わったことを告げた。
その後、侯爵様に挨拶をし、私はさっさとその場を後にする。
カイゼルさんは残って貴族たちの相手をするようだ。
(やはり貴族というのは大変だな……)
と思いつつ自室に戻ると、軽く一服させてもらってから警護の業務に戻った。
翌日。
カイゼルさんから、
「今日は一日自由にしていいぞ。ノンナも預けるから町でもぶらついてくるといい」
というありがたいお言葉をいただき、さっそく普段着に着替え侯爵様の屋敷を出る。
ノンナもいつも通り質素なエプロンドレスを着ていて、ちゃんと貴族の紋章が入ったブローチを見せなければ貴族だとは思われないような格好になっていた。
「やっと一息つけるわね。どこを見て回りましょうか?」
「とりあえず、一番に向かうのは酒屋だな。師長にしこたま買ってこいと言われいるんだ」
「なるほど。それでわざわざ収納の魔道具を持ってきているわけね」
「ああ。その後は特に何も無いから、ハンナさんへの土産を探したり食べ歩きをして過ごそう」
「ええ。そのあとはここから少し歩いた高台から町を一望できるらしいから行ってみましょうよ」
「いいな。そうしよう」
どこか楽しげにそう話してさっそく城下町を目指す。
私もノンナも慣れない役目から一時解放された喜びを全身で表すようにまるで子供時代に戻ったような感覚でウキウキと歩いていった。
町に着き、大道芸を見て、
「見て、ユーリ。大道芸をやっているわよ!」
「ああ。器用なもんだな。よくもまぁ、あんなに球をひょいひょい投げられるものだ」
「ほんと。すごいわね。あ、球乗りもするみたいよ?」
「なに!? ということは球に乗りつつあの芸をするのか?」
「そうみたい。ほら! 乗った、乗ったわ!」
とはしゃいだり、
「ねぇ。あの肉串食べましょうよ。美味しそうな匂いだわ」
「ああ。いいな。しかし、昼が入らなくなるぞ?」
「そうね……。じゃあ、半分こして?」
「了解だ」
と仲良く屋台を回ったりして楽しく過ごす。
そして、とりあえずの目的である酒屋に行くと、そこで名物のワインを何種類か本当にしこたま買って収納の魔道具に収めた。
それから町をぶらつき、昼は結局何軒かの屋台をはしごして終わらせてしまう。
それに対してノンナは、
「一度にいろんな味が体験できてお得な感じじゃない? それに、私知らない町で食べ歩きって一度してみたかったのよ」
と言っていたから、それはそれでよかったのだろうと思いながら、ハンナさんへのお土産を探すべく、目についた大きな商会に入ってみた。
「あら。このリボンかわいいわね」
「ああ。しかし、ハンナさんにはちょっと若すぎないか?」
「そう?」
「うん。もう少し落ち着いた色味の方が似合いそうだぞ」
「それもそうね。あ、じゃああっちの髪留めはどう? お料理するときぱっと髪を止められて便利そうだわ」
「お。いいな。それにしようか」
「ええ。いろんな色があるけど、ユーリはどれが好き?」
「うーん。難しいな。ハンナさんに似合うとしたら、その少しくすんだピンクか若草色のやつだろうか?」
「なかなかいい選択ね。じゃあその二つを買っていって気に入った方を使ってもらいましょう。残った方は私が使うわ」
「親子でおそろいか。それもいいな。よし。そうしよう」
「あとは、調味料とかお酒も買っていきましょうよ。きっと美味しい料理に変身させてくれるわ」
「そうだな」
そう話して色違いのリボンを模した飾り付きのバレッタといくつかの調味料を買いその店を出る。
そして私たちは町の外れにあるという高台へ向かうことにした。
途中、なにげなく買った飴が意外と美味しくてびっくりしたり、綺麗な庭の家を見たりしながらのんびり歩いていく。
やがて、高台に着くとそこにあった小さなベンチに座り、町を一望しながら、なんとなく昔の話をした。
「覚えてる? 私がまだ三歳くらいのころ。庭に迷い込んできた犬を怖がって私が泣いた時、ユーリが守ってくれようとしたこと」
「そんなことあったか?」
「ええ。あったのよ。私なぜかそのことだけははっきり覚えているもの」
「すまん。記憶にない」
「うふふ。でね。その時、ユーリっていうお兄ちゃんがいて本当に良かったって思ったの。その思いは今でも変わってないわ。ユーリは最高のお兄ちゃんよ」
「そう言ってもらえてうれしいよ。私もノンナのことは大切な妹だと思っている。私はカイゼルさんに拾ってもらえて本当に良かった」
「きっとお父さんもお母さんも同じようなことを言うわよ。ユーリは自慢の息子だって」
「そうなら嬉しいが……。ただ、私は結局どこの馬の骨ともわからん男だ。あまり貴族家の息子にはふさわしくないだろう」
「もう! まだそんなこと言ってるの? そんなの関係ないじゃん! だって、ユーリはこれまですっごく頑張ってきたし、剣でも勉強でも結果を残してきたでしょ? 私たちはユーリのこと本当の家族だと思っているし、本当に自慢に思っているんだよ?」
「……ありがとう」
「もっと自信を持って? でないと、自慢に思っている私たちまでどこか悲しい気持ちになってしまうわ」
「すまん。私は少し怖がっているのかもしれん。今の幸せは本当に願ってもないことだ。しかし、私はどこか自分はあくまでも他人なんだからいつこの温かい輪の中からはじき出されてもおかしくないと思っていて、そのことをひどく恐れているのかもしれない。だから、自分はあくまでも伯爵家の人間ではないと思うことでみんなの優しい気持ちから逃げていたんだと思う」
「……もう逃げなくていいんだよ?」
「ああ。ありがとう。しかし、もう少し待ってくれ。私ももっと自信を持ってグランフォード伯爵家の人間だと言えるような人物になりたいと思っているからな」
「もう十分だと思うけどなぁ……。でも、いいわ。ほんの少しなら待っていてあげる」
「ありがとう」
「本当にほんの少ししか待たないからね? その間にきっちり自信をつけるのよ?」
「ああ。本当にありがとう」
結局最後はノンナに人生を諭されるような形で話が終わる。
私たちは傾き始めた日の光がキラキラと町を輝かせ始めたのを見て、侯爵様のお屋敷へと戻っていった。
それからまた私は護衛、ノンナはミリシア様のお世話係という任務に戻り、それぞれに忙しい時間を過ごす。
二人ともそれぞれの立場でできることを一生懸命やり、数日後、無事任務を終えることができた。
城でミリシア様が無事帰還の挨拶をされたところで、私たちは任務から解放される。
私もノンナもある程度の充実感を持って懐かしい我が家の門をくぐった。
「わっふ!」
玄関を入るなりリルが飛びついてくる。
「ただいま」
そう言ってリルを撫でてあげるとリルは嬉しそうに頭をこすりつけてきた。
「おかえりなさい。疲れたでしょう。すぐにお茶とお菓子を用意しますからね」
奥からハンナさんがやってきてそう言ってくれるのに、私は、
「ありがとうございます。ただいま無事帰りました」
と応えるが、ノンナは子供のような笑顔で、
「お菓子、なぁに?」
とさっそくおやつは何なのかと聞いた。
「今日はイチゴのケーキよ。八百屋さんがとっても新鮮でおいしそうなイチゴを持ってきてくれたの」
「やった! 私、あれ好き!」
「うふふ。じゃあ、すぐに用意するからまずは手を洗ってきなさい」
「はーい」
そんな会話でいつもの日常に戻ってきたことを実感する。
「ほら。ユーリもちゃんと手を洗ってくるんですよ」
とまるで子供の頃のようなことを言われるのもなんだか嬉しく、私は、
「はい」
と素直に応じると、ノンナの後を追って洗面所へと向かった。
懐かしい我が家の匂いが私を包み込む。
私はそれを幸せの匂いだと思い、心の底からこの家にやってきたことに感謝した。




