庭師と社交界02
出発を翌日に控えたその日は、軽く緊張しながら詰所に出勤する。
備品類は近衛騎士団が準備してくれるそうで、こちらで準備するのは自分の着替えと日用品程度で良いのだそうだ。
旅といえばいつも念入りに準備をしているので、なんだか落ち着かない感じで事務仕事にあたる。
そんな私に庭師の先輩で、私が新人の頃指導をしてくれていたコーエンさんが話しかけてきた。
「大変な任務を仰せつかったな」
「はい」
「苦労もあるだろうが、これもいい経験だ。頑張ってくるといい」
「ええ。カイゼルさんにも同じようなことを言われました」
「だろうな。あの御仁の言いそうなことだ」
「そういえばコーエンさんとカイゼルさんは昔からの知り合いでしたね」
「ああ。騎士学校の二つ上の先輩だな」
「ということはコーエンさんも要人警護の経験があるんですか?」
「ん? ああ、若いころに一度だけな。あの時は端の方にいるだけだったが、それなりに緊張したのを覚えている」
「コーエンさんでも緊張することがあるんですね」
「ふっ。若かったからな。それより、ユーリ。お前の剣術は天下一品だ。それは自信を持っていい。しかし、要人警護というのは腕っぷしを発揮する場面を作らないことに要点が置かれるものだ。その辺を意識してカイゼル殿からよく学ぶといい」
「はい。しっかり勤めてきます」
そんな話をするとコーエンさんは自分の席に戻っていく。
おそらく私がどこか落ち着かない様子なのを心配して声をかけてきてくれたのだろう。
普段は寡黙で多くを語らない人だが、いざという時はしっかり部下に声を掛けてきてくれる、優しい先輩だ。
そんな先輩の気遣いに感謝しつつ私は軽く気持ちを切り替えて書類に目を落とした。
翌朝。
緊張感と共に起き、いつものように型の稽古をする。
こればっかりは習慣になっているので、やらないと落ち着かないのだ。
平常心を保てと自分に言い聞かせながらひたすら木刀を振る。
そして、いつものように軽い空腹を覚えると、台所に入って朝食の準備を始めた。
朝食を取りながら、マロンとリルに、
「留守中ハンナさんのことを頼んだぞ」
と声を掛ける。
二人はそれぞれ、
「まかせておけ。ちゃんと話相手になってやるわい」
「うん! 僕もいっぱい遊んであげるよ!」
と言ってくれたが、私はさらに、
「美味しくご飯を食べてやってくれ。たぶん、それが一番の慰めになる」
と言葉を添え、黙々と朝食を口に運んだ。
「いってきます」
三人そろってハンナさんに挨拶をし、王宮に向かう。
王宮に着くと、ノンナはさっそくミリシア様に挨拶に行き、私とカイゼルさんは隊列の最終確認を始めた。
「今回はこのユーリが私の補佐の位置につく。補佐といっても見習いのようなものだが、その辺の面倒は私がみるから、心配ない。みんなはいつも通り淡々と仕事をしてくれ」
簡単に出された指示に団員が敬礼で答える。
(よく訓練されているんだな……)
と当たり前のことを思いつつ、私は隊列の中央に陣取ったカイゼルさんの斜め後ろにちょこんと混ざらせてもらった。
やがて、ミリシア様がメイドたちを引き連れてやってくる。
その中にはやや青ざめた顔のノンナも混ざっていた。
一行が馬車に乗り込んだのを確認して隊列が動き始める。
私はそこでぐっと気を引き締めると背筋を伸ばして堂々と馬に揺られた。
エインハム侯爵領までは普通にいけばおおよそ三日の行程になる。
ただし、今回は王族の移動ということもあって、各町に寄り、それなりの行事をこなさなければならないということで、倍の六日ほどの行程になると事前に教えられていた。
その予定通り、隊列は宿場町に差し掛かるごとに止まり、町の代表者らの挨拶を受ける。
私はその度にカイゼルさんの横についてにこやかに市民と話すミリシア様の姿を見ることになった。
「お前は私の視野の外を見る目になれ。そのことに集中しろ」
そう言われた通り、カイゼルさんの後を中心に目を配る。
当然周りにも騎士たちが配置されているから、変な動きをするものはいなかったが、近衛騎士団というものは常に冷静かつ威厳を持ってその場にいなければならないというカイゼルさんの教えを受けていたので、とにかく緊張して警護の任務にあたった。
そんな任務をこなしながら無事、エインハム侯爵領に入る。
そこからは侯爵領の騎士団も混ざり、共同で隊列を組んで侯爵の屋敷へと向かっていった。
翌日。
無事、侯爵の屋敷に入る。
さすが有力貴族の屋敷とあって王城ほどではないにしろ広く瀟洒なつくりの建物に驚きつつも毅然として最後まで護衛の任務を務める。
侯爵様とミリシア様の感動的な再会の場面を見終えるとそこで護衛の任務は一段落ということになった。
「師長からワインをたんまり買ってこいという命令を受けているのですが、そんな時間はありそうですか?」
とカイゼルさんに話しかける。
カイゼルさんは、小さく「ふっ」と笑い、
「ああ。滞在予定は三泊四日だから、三日目の昼は自由行動にしてやろう。ノンナも解放してやるから一緒に街歩きを楽しんでくるといい」
と言ってくれた。
その気遣いに礼を述べ、用意された客室に入る。
私はそこで鎧を脱ぐと、思わず、「ぬはぁ……」とため息を漏らしてしまった。
一度どっかりソファに腰を下ろしてしまうと、もうそこから動きたくないという気分になったが、気を取り直して正装に着替える。
今夜はミリシア様を歓迎する晩餐会があるので、私も警護の仕事がてら参加するように命じられていた。
億劫な気持ちをいったんしまって慣れない正装に着替える。
正装と言っても庭師の正装だから、どこか軍服のような感じであまりきらびやかなものではなかったが、それでも、久しぶりに締めるネクタイはどうにも窮屈に感じられた。
大きな鏡で身なりを確認し、部屋を出る。
まずはカイゼルさんの部屋を訪ね、軽く身なりをみてもらった後、連れ立って会場の大広間に向かった。
会場に入ると、近衛騎士団の正装と庭師の正装をしたいかつい男二人に注目が集まる。
カイゼルさんは意に介さない様子だったが、私はなんとも言えない視線の集中に、
(なんとも落ち着かない。これなら魔獣に睨まれている方が、よほど気が楽だ)
と思いつつ用意されたテーブルの前に立った。
やがて、主役であるミリシア様が会場に入ってくる。
その後ろにはなんとノンナが付き従っていた。
普段は着ないどこか大人びたドレス姿のノンナを見て、なんとも言えない感情になる。
(立派になったものだな……。あんなに小さかった赤ちゃんが今こうして立派に王太子妃の付き添いを務めているんだから、不思議なものだ)
そんな風に思いながら隣のカイゼルさんを見ると、カイゼルさんもどこか感慨深いような表情でノンナに視線を送っていた。
ミリシア様が挨拶をされ、エインハム侯爵の音頭で乾杯をする。
すると貴族たちはいっせいに動き、ミリシア様の前に列を作った。
(やはり貴族というのは大変な職業だな。あちらに気を遣い、こちらに気を遣って日々生活していかねばならんようだ。カイゼルさんは私にそんな立場を望んでいるようだが、果たして私に務まるか……)
と思いながらその列を見る。
そうやって半ばぼーっとしている私に一人の女性が声を掛けてきた。
「初めまして、庭師様。私、ノーラット伯爵家の長女、プリフォアと申します。お隣よろしくて?」
「ええ。かまいません。こちらこそ初めまして。庭師をしているユーリです。本日はお世話になっている近衛騎士団長、グランフォード伯爵様の補佐としてこの場に参加させていただきました。このような会はほとんど初めてですので、どうぞよろしくお願いいたします」
そう丁寧にあいさつをすると、プリフォアと名乗った女性はにこりと笑って、
「お噂はかねがね。お強いんですってね? 私一度でいいから庭師の方とお話してみたかったんです。なにしろ私たち貴族には縁遠い世界ですから。いろいろお話を聞かせてくださいましね」
とやや前のめりに言ってくる。
私はその積極性に少したじろいでしまったが、なんとか笑顔を作りつつ、
「ええ。むさくるしい話でよければいくらでも」
と応じた。




