庭師と社交界01
シャーリー先生の護衛任務を無事に終え、帰ってきた翌日。
いつものように詰所に向かって事務仕事をしていると、またゴードンさんがやってきた。
「仮に打った刀ができたから、具合を確かめに来い。まだ術式は半分くらいしか練り込めてねぇし、刀身も未完成だが、重さやら重心やらを見て欲しい」
そう言われて強引に連れ出されゴードンさんの店に行く。
店に着くと、ゴードンさんから「ほれ。これだ」と無造作に黒い刀身の刀を渡された。
「黒いな……」
そんな見た目の第一印象をそのままつぶやきつつ、軽くその場で持ってみる。
それを見ていたゴードンさんが、
「やっぱりちょいと重心がずれてるな。裏庭で軽く振ってみてくれ」
と言うので、ゴードンさんと一緒に店の裏庭に出て軽くいつもの型をやってみた。
「なるほど。もう少し重たい方が扱いやすくなりそうだな。よし。わかった。もういいぞ」
そう言ってさっさと引き上げていくゴードンさんを見送り、
「あらまぁ、あの人ったら相変わらずせっかちねぇ」
と呆れるメイベルさんからお茶をもらい、少し世間話をしてから詰所に戻っていった。
翌日。
また事務仕事に追われているところにカイゼルさんの使いだという騎士がやってくる。
「団長が及びです。緊急の事態ではないそうですが、話をしたいということでした。恐れ入りますが同道願います」
そう言われてしまっては仕方ないので、事務仕事を途中で切り上げ、騎士に従って城に向かう。
(はて。なんだろう? 家ではなくわざわざ城に呼び出すということは仕事の話なんだろうな)
そう想像しながらカイゼルさんの執務室に通ると、案の定、
「任務の話だ」
と告げられた。
「やっかいな魔獣でも出ましたか?」
と少し緊張しながら聞く私に、カイゼルさんは、
「いや。要人警護だ。もうすぐ王太子妃のミリシア様が里帰りでご実家のエインハム侯爵領へ行かれる。お前はその警護の列に加わって欲しい」
とあまりにも意外なことを言ってきた。
ややキョトンとして、
「要人警護は専門外ですが……」
と言う私に、カイゼルさんは、
「何事も経験だ。鎧一式は準備してあるから、安心しろ」
と何事も無かったようにそういってくる。
「いやいや。えっと、その……、なんでまた?」
そう言う私にカイゼルさんは、
「お前もそういうことを覚える年齢と立場になったということだ」
とわかるようなわからないようなことを言ってきた。
「……」
「とにかく命令だ。ノルド師長にはこちらから話を通しておく。詳しい日程と行程は直前に知らされるからいつでもいいように準備しておけ。ああ、この後は備品倉庫によって自分の鎧を受け取っていってくれよ。つけ方は帰ってから教えてやろう」
それでカイゼルさんの話は終わり、私は納得できないまま執務室を辞する。
その後は本当に備品倉庫で鎧一式をもらい、それをいったん自宅に持ち帰った。
その後、事務に戻り、なんとか書類を片付けてまた帰宅する。
夕食が終わるとカイゼルさんに呼び出され、鎧のつけ方を教えてもらった。
「ふっ。馬子にも衣裳ってやつだな」
「……。思ったよりも実用的なんですね」
「ああ。この行動用は機能性を重視して作られているからな。儀礼用はまた別だ」
「そうなんですね。で、今回私が同行しなくちゃいけない本当の訳を教えてくれますか?」
「ふっ。そう勘ぐるな。本当もなにもさっき言った通りだ。そろそろお前もいろんな経験をしておいた方がいい年齢と立場になったということ以上のことはない。まぁ、しかし、今回の旅でお前という存在を貴族社会に知らしめておくという目的はあるな。お前の存在は知られているが、貴族連中の中にはその実力を知らん者も大勢いる。そんなやつらにお前をお披露目してあわよくばその実力を知ってもらおうというのが今回の旅の狙いだ。……やっぱり気が進まんか?」
「……はい。正直。しかし、それはカイゼルさんが私に必要だと思って用意してくださったものなのですよね? だったら私はそれをやりきるまでです」
「相変わらず物わかりがよくて助かる」
そう話して鎧の試着は終わり、私は部屋に戻った。
(貴族か……。どこの馬の骨かわからん男が貴族の真似事をしなければならなくなる日が来るとはな……。まるで三文小説の筋書きじゃないか。カイゼルさんのことだから、私のことを真剣に考えてくれているんだろうが、正直、気は進まない。しかし、自分に課せられた運命から逃れるわけにもいかんのも事実だ。せめてカイゼルさんの期待を裏切らない程度には上手く立ち回らないとな……)
そう考えて深いため息を吐く。
私は珍しくスキットルを取り出すと、中の火酒をくいっとやってまた深いため息を吐いた。
そこへマロンがやってくる。
「なんじゃ。珍しいのう」
「ああ。ちょっと頭の中を楽にしたくてな」
「どれ。わしにも一杯よこせ」
「お。なんだ。付き合ってくれるのか?」
「ああ。リルも寝たことだし、たまにはよいじゃろう」
「そうか。ありがとう」
「なに。お主のことだ。いろいろ考えすぎておるのだろう。そういう時の酒はひとりで飲まん方がいい。余計に頭がこんがらがるだけじゃからな」
「さすが、年の功だな」
「ふっ。その老人がひとこと言うならもっと堂々と構えておれ。お主は自分が思っているよりよく出来た人間だ。それなりに自信を持って行動するがよいぞ」
「……買いかぶられたものだな」
「ふっ。今はそれでよいじゃろう。さぁ、今日は程よく飲んでゆっくり寝るといい」
「ああ。ありがとう」
私はなんとなく窓の外に広がる夜空を見上げ、
(星空ってのは相変わらず呑気でいいな……)
と妙なことを思い、またほんの少しだけ火酒をくいっとやった。
翌朝。
いつも通りの朝を迎え、詰所に出勤する。
たまった事務仕事もなんとか片付き、肩を回して一息ついているとノルドさんからお呼びがかかった。
「失礼します」
「おう。入れ」
「任務ですか?」
「いや。近衛団長から話が回ってきた。それについて異論はないから、好きにしてくれと返事をしておいたぞ」
「助かります」
「で、だ。行くのはエインハム侯爵領だったな」
「はい」
「あそこはワインが美味い。たまにはみんなに美味い酒をおごってやりたいからしこたま仕入れてきてくれ」
「……余裕があれば、ですが」
「なに。そのくらいの余裕は作ってもらえるだろう。近衛団長様も鬼じゃねぇだろうからな」
「かしこまりました。用件はそれだけですか?」
「いや。任務の話もある。ライナを見て正直どう思った?」
「そうですね……。まだまだ足りないところはあります。しかし、森の中層くらいまでなら一人で行動させてもいいのではないかと思いました。その方がきっと成長も早いでしょう」
「そうか。お前がそう言うならそうしてみよう」
「ラッツ先輩は反対でしたか?」
「うーん。そういう訳じゃないが妙に心配していた。どうやら情が移っちまったらしい」
「ふっ。上手くいくといいですね」
「ああ。庭師同士の夫婦なんて前例がないだろうからな。どうなるか見ものだ」
「ですね。ライナは虎の気配に気が付かなかったようですから、不意打ちされたときの動き方は教えておいた方がいいかもしれません」
「わかった。最後にその辺をラッツに仕込ませよう」
「お願いします」
そう話して師長室を後にする。
私はなんだかニヤニヤしたい気持ちを抑え、何事もなかったかのように事務室へと戻っていった。
その日の夕食時。
「出発は明後日になった。詳しい行程は直前に発表する。お前は私の横に着き、身辺警護の動きを見て学んでくれ」
「了解です」
「二人とも気を付けて行ってきてね」
「お土産楽しみにしているわ!」
「ああ。言い忘れていたが、ノンナ。お前も同行させることになった」
「えっ!?」
「あちらからの要望でな。ハンナの飯を食ってみたいということだ。ただ、ハンナを連れて行くわけにはいかんからノンナお前が代わりになにか作ってやってくれ」
「え、ちょ、待ってよ。私お母さんの代わりなんて無理よ?」
「大丈夫だ。いつもの我が家の味を作ればそれでいい。なに。貴族なんて庶民の味というだけで物珍しがって食ってくれるからな。そこは安心していいぞ」
「いや。でも、学校もあるし、それにお母さんを一人にするなんて……」
「それも大丈夫だ。きちんと話は通しておいたし、それに今回はお前の社交も兼ねている。しっかりミリシア様の世話をしてくれよ」
「……あなた。それはあまりにも荷が重くありませんか?」
「安心しろ。ミリシア様はお優しい方だ。むしろ庶民の話を面白がって聞いてくださるだろう。ノンナ。お前は町で見聞きしたことや我が家の食卓のことを素直に話してミリシア様を楽しませてやってくれればそれでいい。お前はお前らしく誠実さを持って行動しなさい。きっとミリシア様はそれを汲み取ってくださる」
「……断れない感じよね?」
「ああ。断れない感じだ」
「……。頑張ります」
「ああ。いざという時は私が付いているからな。安心してついて来てくれ」
「はーい……」
話は意外な展開をみせ、その日の夕食はなんだか妙な空気のまま終わる。
その後、デザートの時間。
ノンナは心配でたまらないといった様子でハンナさんにあれこれ聞いていた。
私も妙な緊張を和らげるようにお茶を飲み、軽く息を吐く。
そんな私たちにカイゼルさんは、
「安心しろ。いざという時は私がいる」
と堂々として言い、軽く微笑んで見せてくれた。




