庭師と薬師03
半日ほど歩き、小休止を取る。
一応、シャーリー先生の体力を心配してみたが、
「これでも一応森の民、エルフの端くれだよ? こんなんでへばるはずないじゃん」
と苦笑いでそう言われてしまった。
「そういうことなら、今日中にもう少し進んでおきたい。ちょっと急ぐが、この先の沢沿いまで一気に進んでしまおう」
そう指示を出し、さっさと行動に移る。
急ぎ足で森の中を進み、そろそろ目的の沢まで到着するだろうか、という所でちょっといやな痕跡を見つけてしまった。
「……ライナ、わかるか?」
「はい。オークですね」
「数は?」
「……五匹くらいでしょうか?」
「いや。七匹だ。よく見ると足跡が重なっているだろ? こういう痕跡があった場合、少し大きめの個体がいて全体を軽く統率していることがあるんだ。普通の群れより若干手強くなるから、よく覚えておくといい。基本的に任せるからまずはやってみるといい」
「はい!」
瞬時に状況を判断し役割を決めて行動に移す。
ライナはやや緊張しているようだったが、
「安心しろ。いざという時は援護するからな」
と声を掛けると、少し安心したような表情を見せてくれた。
やがてちょっとした窪地にオークがたむろしているのを発見する。
私が軽くライナに視線を向け、ライナがしっかりとうなずき返してきたのを見てさっと刀を抜いた。
「行きます」
と小さく掛け声を掛け、ライナがオークに突っ込んでいく。
まずは確実に一体動けなくしてしまうようだ。
私は万が一に備え、ライナの背後を守るような位置につき、その戦いぶりを見つめた。
オークの繰り出すデタラメな拳をしっかりかわしてライナが槍を振るう。
やや下段から跳ね上げるように振られた槍の先がオークの膝をしっかりと切り裂いた。
「よし」
と小さくつぶやき、ライナが次の目標に向かって突っ込んでいく。
次はオークとすれ違いざまに脛の辺りをざっくりと斬り裂き、背後に回って心臓を一突きして確実に仕留めた。
背後から襲ってくるオークの気配をしっかり読んで素早く槍を抜く。
そして、ライナは背後から襲ってくる個体を無視して前方に素早く駆け出した。
(よし。よくわかってるな。オークは力強いが攻撃が単調だ。焦って振り向く必要はない。とにかく目の前の敵を行動不能にすることを優先するんだ)
と心の中で感心しつつさらにライナの動きを見守る。
その後もライナは確実に敵の攻撃をかわしては、足元を狙って行動不能にしていくという基本を繰り返していた。
やがて、しびれを切らしたボスらしき個体がライナに襲い掛かってくる。
ライナはそれまでと同じように基本に忠実に動こうとしたが、そのボスは小さいと言えども群れを統率している個体らしく少し変則的な動きでいったん拳を引き、ライナが突っ込もうとするのと同時にその凶悪な拳をライナの頭上から振り下ろしてきた。
慌てたライナが転ぶようにしてその拳から逃げる。
私は助けに入ろうかと思ったが、ぐっとこらえてその後の展開を見守った。
転んだライナが咄嗟に槍を突き出す。
それが上手いことボスの肘の辺りに突き刺さってくれた。
「ブモォォッ!」
と怒りの声らしきものを上げたから、きっとそれなりに痛かったのだろう。
それでボスの動きが一気に単純になった。
そこからは消耗戦になる。
ライナは軽く息を切らしつつも着実に相手を攻め、最後にはその胸板を貫いて勝負を終わらせた。
最後に、動けなくなっている個体、ひとつひとつを確かめるようにしながら慎重にトドメを刺していく。
そして、完全に動くものがいなくなったのを確認すると、ライナは、「ぬはぁ……」と息を吐き、その場に座り込んでしまった。
その様子を見ていたシャーリー先生が、
「いやぁ、庭師への道が厳しいことは知ってたけどさ。こんなに手荒な育て方をするんだね」
と感心したように言ってくる。
私は内心、
(そうか? 私の時はこの程度のこと日常茶飯事だったんだが……)
と思いつつも、
「何事も修行中は大変なものなんだよ」
とだけ答えておいた。
へたり込んでいるライナのもとに向かい、水筒を差し出す。
「ありがとうございます」
そう言ってゴクゴク水を飲んでいるライナに、
「あまり飲み過ぎるとかえってきつくなるぞ」
と軽く注意をし、改めてオークの傷を確認していった。
基本に忠実に確実性を高くするよう攻撃した形跡がはっきりと見て取れる。
私はそのことにちゃんと感心しつつも、
「今はこれでいい。しかし独り立ちするなら、もう少し無駄が省いて攻撃できるようにならなければな」
とやや難易度の高い注文を出した。
「はい!」
ライナが厳しい表情で真剣に返事をしてくる。
私はその顔つきを見て、なんだか懐かしい気持ちなり、ついつい微笑んでライナの頭を軽く撫でてしまった。
「あの、子供じゃないんですから……」
と不満げな顔で抗議してくるライナに、
「すまん、すまん。つい、な」
と苦笑いを返す。
私はなんだかこそばゆいような気持ちになり、やや早口に、
「さぁ。さっさと片づけて野営地まで急ごう」
と言って、オークの死体を始末し始めた。
やがて森が暗くなる直前に目的地に到着する。
その日は簡単にショートパスタをスープの素で煮たものを食べ、ライナと交代で見張りをしながら体を休めた。
何事もなく迎えた翌日の朝。
さっさと出発し、昼過ぎには一番の目的だった、エレネーの群生地に着く。
エレネーというのは紫色の小さな花をつけた一見どこにでもありそうな草で、シャーリー先生曰く、似たような形の草も多いから、見分けるのにはちょっとしたコツがいるのだそうだ。
そんな専門的な採取をシャーリー先生に任せて周辺の警戒にあたる。
一見すると長閑に見える草原だが、周りの森には魔獣がうようよいると思うと自然と緊張感が高まっていった。
そんな時間を過ごし、そろそろ夕暮れが近づいてきたころ。
シャーリー先生に軽く成果を訊ねると十分だという返事が返ってきたので、採取を切り上げ野営の準備を始める。
その日は時間的にやや余裕があったので、ハンナさん特製のコンビーフを使ったカレーを作った。
「僕、ユーリのカレー、大好き!」
と興奮してはしゃぎまわるリルを軽く宥めてやりながら、じっくりカレーを煮込んでいく。
割と厚めに作られた野営用の鍋の中でいい感じにカレーが煮詰まってきたところで、ライナに頼んでおいた米が炊きあがり、みんなそろって食事になった。
「やだ、これ、美味しい! なにこの、うま味! ほろほろのお肉と適度な脂が口の中で溶けていく感じが最高ね。これ、ちょっとした高級店の味じゃん!」
「そうですね。これはちょっとびっくりです。こんな美味しいものが野営中に食べられるなんて……」
「うむ。いつもながらハンナのコンビーフとカレールーは絶品じゃのう」
「美味しい! 美味しいよ、ユーリ!」
みんなの嬉しそうな顔を見て微笑みながら、自分もひと口カレーを口に運ぶ。
シャーリー先生が言ったように、ほろほろとほどけて溶けていく肉の食感がよく、甘口ながらも適度にスパイスの効いたハンナさん特製カレールーが全体を綺麗にまとめてあげてくれているのがわかった。
「はぁ……。美味しかったぁ……」
とライナが思わず声を漏らすくらいみんな満足気な表情で食事を終える。
そして、食後のお茶を飲んでいると、不意に妙な気配を感じた。
さっと立ち上がって刀を抜く。
「え? 敵ですか!?」
ライナも慌てて立ち上がり槍を構えたが、私はそれを手で制し、
「ライナはシャーリー先生を守れ。私が対処する」
と指示を出した。
「了解です!」
その返事を聞いて、やや安心しつつ再度気配を読む。
ヌラリとうごめくようで、つかみどころのない気配。
これはおそらく虎だろうと思って構えていると、私の右側から不意に大きな影が襲ってきた。
身を引くすると同時に一歩踏み込んで刀を跳ね上げる。
次の瞬間、ドサッ! と音がして何かが地面に落ちた。
軽く刀を振るい、鞘に納める。
振り返って仕留めた相手を見ると、三メートルはあろうかという巨大な虎が腹を半分以上割られ地面に倒れ伏していた。
「これが……」
とライナがつぶやく。
「カレーの匂いに惹かれてきやがったのかな?」
と軽く冗談を言うと、
「あははっ! 相変わらずだね、ユーリ君!」
というシャーリー先生の快活な笑い声が聞こえてきた。




