庭師と薬師02
ライナと交代で馭者役を務めつつ、一日半かけて森の入り口の村に着く。
私たちはいつもの宿に馬車を預けると、さっそく森の中へ入っていった。
「先生は久しぶりの森なんだろ? はしゃぎすぎて羽目を外さんようにな」
「えー! なんだよ。楽しみにしてたのにさぁ」
「おいおい。今回はライナの新人研修も兼ねてるんだ。あんまり大暴れしてこっちの役目を奪わないでくれよ?」
「ちぇっ。つまんないの。でも、大物が出た時は加勢してもいいよね?」
「……よっぽど、それこそオークロードが出たっていうような時はな」
「うーん。それじゃあほとんど出番がないじゃないか。せめて剣より魔法の方が対処しやすいやつ、例えばそうだねぇ……、コウモリとかワイバーンなんかが出てきた時はいいってことにしてよ」
「……ああ、わかった。そういうことにしておこう。しかし、あくまでも真珠対策は我々の仕事だからな。間違っても横取りしないでくれ」
「ほーい」
そんな風に気さくに話す私に向かってライナが小声で、
「あの。シャーリー先生って国家の重要人物ですよね? そんな気さくに話していいんですか?」
と恐る恐るといった感じで聞いてくる。
私はなんとなく困ったような苦笑いを浮かべつつ、
「ああ。この人は特別だ。逆に堅苦しいのを嫌う。まぁ、一定の節度は保っておかねばならんが、ライナももう少し気楽に構えていて構わんぞ」
と答え、シャーリー先生に、いかにも「なぁ」という感じの視線を向けた。
「そうそう。私堅苦しいの嫌いだからね。だからライナっちももっと気軽に接してよ」
「へ? ライナっち?」
「ん? この呼び方は嫌だった?」
「あ、いえ。その、なんでも結構です!」
「あはは! じゃぁライナっちで決定ね」
「はい。よろしくお願いします」
シャーリー先生持ち前の人懐っこさに見事ライナが懐柔されたところで、一日目の行程を終える。
その日は、庭師がいつも使っていて半ば常設となっている野営場所で野営することとなった。
「今日は鶏ハムを使ったリゾットにしようと思うがいいか?」
「お。ユーリ君お得意のあれだね。私は構わないよ」
「はい。私はなんでも大丈夫です」
「代り映えせんが、まぁいいじゃろう」
「僕、ユーリのリゾット大好きだよ!」
「じゃあ、ライナに作り方を教えつつ作るからライナはこっちを手伝ってくれ。シャーリー先生、すまんが、設営を頼む」
「了解! まかせといて」
そんな感じで手分けしてそれぞれの仕事に取り掛かる。
マロンはさっそくその辺で丸くなり、リルは興味深そうに私たちが料理をする様子を覗き込んできた。
「リゾットといっても本格的なものじゃない。けっこう簡易的なレシピだ。米を炒めてそこに細かく切ったタマネギ、マッシュルーム、鶏ハムを加えてあとはスープの素で煮るだけだからな。だいたいの分量さえ守れば失敗は無いはずだ」
「なるほど……」
「安心しろ。そんなに難しくない。まずはタマネギを切ってもらえるか?」
「了解です!」
少し意気込んで緊張気味に包丁を握るライナの様子を見守りつつ、さっさと他の食材を準備する。
ライナが少し苦戦しつつもタマネギを切り終えたところで、さっそく炒める作業に取り掛かった。
「米の周りが少し透き通ってきただろ? これが合図だ。ここまで炒まったら、水とスープの素を入れて煮込んでいく。水は少しずつ分けて入れていくから、その辺の塩梅を覚えてくれ」
とちょっとしたコツを教えつつ、米を煮込んでいく。
やがて、いい感じにとろみがついてきたところで、軽く味見をしてみた。
「うん。このくらいの硬さがちょうどいい。中にほんの少し芯が残っているくらいだ。普通に炊く米と違ってリゾットの場合このくらいが美味いからな。ほら、味をみてみてくれ」
「いただきます……」
「どうだ?」
「美味しいです! これ、まるでお店のやつじゃないですか!?」
「それはほめ過ぎだ。お店のはもっとしっかり出汁をとって複雑なうま味がするし、具材も豊富に使っている。まぁ、野営飯にしてはよくできている方だと思うが、このくらいの料理なら外でも十分に作れるってことだな」
「勉強になります」
そうしてできあがったリゾットを取り分け、みんなに配る。
「いただきます」
の声を揃えみんなしてリゾットを口に運んだ。
「うん。さすがハンナさんの弟子だね。野営飯とは思えないほど美味しいよ」
「ふっ。お褒めにあずかり光栄だ。しかし、知っての通りハンナさんのはこんなもんじゃないがな」
「うん。あの人は神だからね」
「ああ。まさしくそうだな」
「僕、ハンナのご飯大好き!」
「うむ。あの飯があるからこそ、わしもこの国に逗留してやっておるようなものじゃからな」
「へぇ。噂に聞くハンナ様のお料理ってそんなに美味しいんですか?」
「ああ。絶品だよ。なにせ今でも王宮の料理人が定期的に教えを乞うているくらいだからね」
「それはすごいですね。そんなにすごい人の料理が毎日食べられるなんてユーリさんが羨ましいです」
「ほんと、そうだよね。たまには私も呼んでちょうだいよ」
「シャーリー先生は、晩餐会なんかで食べてるだろ?」
「いやいや。晩餐会の料理はどれも冷めてるじゃん。だから、本来の味わいがずいぶん損なわれてしまっている気がするんだよね。それに普段伯爵家ではずいぶん庶民的な料理を食べてるっていう話じゃないか。マロンちゃんに聞いたよ? チキンナンバンなんて王宮の晩餐会じゃ出てこないからさ。一度食べてみたいんだ」
「筆頭薬師様がチキンナンバンをご所望とはな。機会があったら招待するよう伝えておくよ」
「やった! 約束だよ?」
「ふっ。了解だ」
みんなして楽しく話しながら食事を進め、全員の腹が満たされたところでお茶を飲みながら、今後の予定を最終的に確認する。
シャーリー先生曰く、今回の一番の目的は森の奥に自生しているエレネーの根なんだそうだ。
鎮静効果が高く、頭痛や腹痛によく効くらしい。
他にも珍しい薬草が生えていそうな場所に予め目星をつけているそうで、そこを回って観察したいという話だった。
「観察して回るのはかまわんが、日数は最大でも五日までにしてくれ。一番確認してみたい場所はどこだ?」
「そうだね。この大きな山の東側の斜面を見てみたいかな? ここならおそらく高原にしか自生しないような植物がみられると思うんだよね。どう? 行けそう?」
「そこなら問題無いな。ついでに、いくつかの群生地も確認できるし、なんなら途中寄り道してこの沼地の周囲も確認できるぞ」
「やった! そこも気になってたんだよね。じゃあ、沼地を経由して東の山ってことでいいかな?」
「了解だ」
そうやって行程を決め、各々休息に入る。
まだ森の浅い場所ということもあって、その日は全員でゆっくり体を休めた。
翌日。
さっそく森の奥を目指して進んでいく。
エレネーが群生しているのは、割と開けてなだらかな斜面であることが多い。
そういった条件の場所は多いが、そういう場所は草食動物も多いから、森の浅い所ではあまり見かけない。
それこそ魔獣がひしめき、草食動物が滅多に寄り付かないような場所でなければ採取できないというわけだ。
そんな庭師の基礎知識として習う情報をなんとなく思い出しつつ進んでいく。
二日ほど歩き通した翌日。
朝まだ早いうちに野営地の周りでガサゴソとうごめく気配がした。
(朝っぱらから勘弁してくれよ……)
と心の中で軽く愚痴を言いつつも、
「ゴブリンだ! ライナ任せるぞ?」
「了解です!」
「シャーリー先生は下がっていてくれ。一応、護衛対象だからな」
「はいはーい」
と各人に指示を出す。
私は槍を構えるライナの後方でいざという時に備え、刀を抜いた。
こちらの気配に気づいてワラワラと姿を現すゴブリンたちを多少辟易とした目で見つめる。
ライナの様子はどうかと思って軽く目をやったが、少し気負っている感じはあるもののそれなりに落ち着いているように見えた。
(これなら大丈夫だろう)
と安心したているうちに戦闘が始まる。
ライナはやや短めの槍を器用に扱い、時に薙ぎ、時に突いたりして器用にゴブリンを討伐していた。
(ほう。さすがは騎士学校の出だ。動きが洗練されていて無駄がない。しかし、庭師としてはもう少し柔軟性が欲しいところだ。なるほど、それでノルドさんはラッツ先輩と組ませているわけか。あの人は柔軟性の塊みたいな人だからな。きっとライナも学ぶことが多いのだろう)
そんな感想を持ちつつ見つめていると十五分ほどで戦闘が終わる。
後片付けを手伝いつつ数を数えてみたが、全部で三十五ほどだった。
「わりと良かったぞ。ただ、まだまだ動きに硬さがあるから、その辺はラッツ先輩に学んでくれ。もう少し柔軟性を身に着ければ独り立ちもすぐだろう。頑張ってくれよ」
と声を掛け、軽くライナの労をねぎらう。
ライナは嬉しさ半分、悔しさ半分という表情をしていた。
「さて。改めて朝食にしよう。時間がないから簡単なものにするが、それは勘弁してくれ」
と言いつつベーコンエッグを挟んだホットサンドとスープを作る。
全員がそれを手早く腹に詰め込むと、私たちはまた森の奥を目指しその日の行動を開始した。




