庭師とおつかいの旅01
スーを無事アナスタシア殿下のもとに届けてから約半月後。
詰所で事務仕事をしていた私のところに、武器屋のゴードンさんが訪ねてきた。
「おう。仕事中すまんな。王宮から手紙が届いたからそのことでちょっと相談にきたぞ」
とのっけからよくわからないことを言うゴードンさんに、
「すまんが、順を追って説明してくれ」
と返すとゴードンさんは、
「ああ。そうじゃな。とりあえずノルドのやつも含めて話をしようじゃないか。どうせ暇なんだろ?」
と言ってさっさと二階の師長室に向かっていった。
しかたなく後を追いかけ、師長室に入る。
ノルドさんはなにやら書類の束に囲まれ、忙しそうにしていたが、ゴードンさんは構わず、
「しばらくの間ユーリを借りたいんじゃがどうだ?」
とまた突拍子もないことを言い始めた。
「借りる? え? どういうことだ?」
と訝しがるノルドさんにゴードンさんが、
「なに。王宮から黒ダモを使った刀の注文が届いての。間違いなくユーリに下賜するものじゃろう。それで、原料の一つアダマンタイトを取り寄せねばならなくなったってわけだ。物が物だけに、その辺の行商人に任せるわけにもいかん。わしが直接行ってもいいが、なにせ忙しい。そこで、ユーリに代わりに調達してきてもらおうってことさ。なに。鉱山から直接買い付ける算段は付けておるから、わしの手紙を持っていけばそれでよい。いってみれば簡単なおつかいじゃな」
となんでもないことのように言い放つ。
ノルドさんも私もややぽかんとして聞いていたが、ノルドさんがすぐ真顔に戻り、
「買い付けってことはゴルディアス共和国まで行くってことか? となると、往復だけで二十日ってところか……。よし、いいだろう。たまりにたまった長期休暇を取らせるいい機会だ。ユーリ、ちょっと物見遊山気分で取りにいってこい」
と私に隣国のゴルディアス共和国までおつかいに行ってこいという指示を出してきた。
「いや。それでは森の管理が……」
と言う私に、ノルドさんは重ねて、
「そんなもん俺たちでなんとでもする。幸いスライム騒動も落ち着いたしな。それにお前にはできるだけ広い世界を見てもらいたいと思っていたところだ。つべこべ言わず行ってこい」
と指示を出してくる。
私はなんとなく渋る気持ちがありながらも、ノルドさん流の優しさというのもそこに感じとったので、素直にその指示を受け入れることにした。
その日の夜。
カイゼルさんにそのことを話すと、カイゼルさんからも同じようなことを言われた。
(私はなんとも優しい人たちに囲まれているんだな……)
と感じつつ、離れに戻る。
その日はゆっくり休み、翌日からは旅の支度に取り掛かった。
外国への旅は初めてだが、職業柄長距離の移動は慣れている。
必要な物もある程度わかるので、さほど苦労はしなかった。
テキパキと必要な物を買いそろえ、最後にゴードンさんの店を訪ねる。
妻のメイベルさんに挨拶をすると、
「ちょっと待っててね。すぐ呼んでくるから」
と言われ、本当にすぐにゴードンさんが奥から出てきてくれた。
「おう。手紙はこれだ。鉱山の親方に渡せばいいようになってる。買い付ける量は二十キロだ。まぁ、お前さんの刀に使うのはそのうちほんのちょっとだが、この際在庫を増やしておくのもアリだろうってんで、お国にお情けをちょうだいしたってわけさ。料金は国家間でやりとりするらしいからお前さんは気にせずもらってきな。あと、急ぎはしないから、ゆっくり外国の空気を堪能してくるがいいさ」
「わかった。しかし、本当にいいのだろうか?」
「あら。ユーリちゃんは若いころからよく働いているもの。こういう時は思いっきり甘えればいいのよ。そのかわり帰ってきたらまたしっかり働けばいいだけのことだからね」
「そうですか。では、遠慮なく物見遊山ってやつをさせてもらってきます」
「おう。いってきな」
「気を付けていってらっしゃいね」
そんな気さくな会話をして店を出ると、私はまっすぐ家に戻っていった。
その日の夜。
伯爵家の一同からも同じような言葉を掛けられ、ノンナからはお土産をねだられたりしながら、離れに戻ってゆっくりと風呂に入る。
(私は人に恵まれたな……)
そんなことを思って、静かに目を閉じ、
「ふぅ……」
と大きく息を吐いた。
翌朝。
伯爵家に挨拶をし、少しぐずるリルをこれでもかと撫でてやってから家を出る。
詰所にも立ち寄ってひとこと言い、私は初めての外国旅行の第一歩を踏み出した。
隣国ゴルディアス共和国までは片道十日と言ったところらしい。
ガタゴトと揺れる駅馬車からゆったりと流れる田園風景をぼんやり眺めつつ、これからの旅に思いを馳せる。
(さて。ゴルディアス共和国とはどんなところだろうか? たしか、辛い食べ物が多いところだといっていたな……。どれほど辛いのだろうか? 楽しみだ)
そんなことを思っていると、横に座っている七、八歳くらいの小さな女の子が、
「お兄ちゃん。おみかんどうぞ」
と言って小さなミカンを差し出してきてくれた。
視線を上げると、その子の母親らしい人がニコリと笑っている。
私も軽く微笑むと、
「ありがとう。いただくよ」
と女の子からミカンを受け取り、その瑞々しく張った実をひとつ口に放り込んだ。
それから女の子のままごと遊びに付き合ってあげているうちに最初の宿場町に着く。
どうやらその宿場町が目的地だったらしい母子と別れ適当な宿に入る。
久しぶりにひとりになったのをなんだか妙にこそばゆく感じながら銭湯に向かい、旅の汗を流した。
風呂から上がり、適当な定食屋で飯を済ませる。
この辺りの名物は取れたての新鮮な野菜ということだったので、パスタの他に大盛りのサラダを頼んだが、さすが産地だけあって、どれもシャキシャキとした食感が心地よくあっと言う間に平らげてしまった。
(惜しむらくはドレッシングの味付けがもう少しはっきりしていればと感じたが、おそらくハンナさんの魔法に慣れ過ぎているからなんだろうな……。まったく、私の舌も贅沢に育ってしまったものだ)
と思いながら宿に戻る。
宿でお茶を淹れてもらい軽く一服してから横になると、いつも通りすんなり眠気が降りてきた。
(さて。明日からはどんな旅になるだろうか?)
そんなことを思って少しウキウキしながら、私はゆっくりと目を閉じた。
翌朝。
一番早くに出発する駅馬車に乗り、次の宿場町を目指す。
その馬車には野菜や果物を売りに行く行商人が何人か乗っていたので、そのおじさん連中と世間話をしながら旅を進めていった。
おじさんたちの話によると、最近、国境の峠道でたまに魔獣や野盗が出ることがあるらしい。
なので、国境を越えて商売をしている連中は護衛の冒険者代がかさんで参っているという。
国も連携して警戒に当たっているが、魔獣はともかく野盗の方は神出鬼没で手を焼いているのだとか。
そんな話を聞き、私は、
(魔獣の発生は奥地になにか異常があるんだろう。まぁ、騎士団に任せておけばさほど時間をかけずに解決してくれそうだが、野盗の方はやっかいだな。私は専門外だからよくわからんが、魔獣のように単純な動きをしてくれんだろうから、取り締まりも一苦労だろう)
と、どこか他人事のような感想を抱いた。
やがて、駅馬車が宿場町に着き、また宿に入る。
そんな旅を七日ほど繰り返し、私は国境手前の宿場町に入った。
いよいよ明日は国境を越えるということで、通関の手続きに向かう。
通関の手続きといっても簡単な身分と目的の確認だけでよいということだったので、私は国に依頼されて手続きを代行している冒険者ギルドに向かった。




