庭師とスライム03
翌朝。
「さて。あれだけの群れだったんだ。周囲にも駆除漏れがいるかもしれん。虱潰しに探していくぞ」
と声を掛け、三人で周辺を捜索する。
やはり時折、木の影などにスライムがいたので丁寧に焼いていった。
そうやって周囲を巡り、そろそろお終いだろうかと思った時、マロンが、
「む! なにやら妙な気配を感じるぞ」
と不気味なことを言う。
私は一瞬で緊張感を高めたが、マロンはどこか平気な顔で、
「悪い物ではなさそうじゃ。ほれ、案内するでついてこい」
と指示を出してきた。
スタスタと歩くマロンについて森の中を進んでいく。
すると、茂みの奥の草地に、一匹の青いスライムがいた。
「まだいたのか……」
とつぶやき、火魔法が出る杖に手を掛ける。
しかし、マロンが、
「ちょっと待て。少し観察したい」
と言ってきたので、訝しがりつつも、マロンの好きなようにさせることにした。
マロンはなんの警戒もせずそのスライムに近づき、つんつんとスライムをつつく。
そのスライムは逃げようともせずただ、プルプルと震えてされるがままになっていた。
マロンに近づき、
「どうだ。なにかわかったか?」
と問うとマロンがこちらを振り向き、
「こやつ、聖魔法の波動を感じるぞい。おそらく特異体じゃろう。わかりやすくいうと限りなく精霊に近づいたスライムといったところかのう……。面白い個体じゃて、連れて帰ってよいか?」
と意外なことを言ってきた。
「おいおい。まさかスライムを飼うのか?」
そう言って驚く私にマロンは、
「うむ。もしかしたらアーニャのためになるかもしれんぞ」
と意外すぎることを言ってくる。
唖然とする私にマロンは続けて、
「なに。ダメで元々じゃ。というよりもこやつ精霊に近いだけあって、こちらの言っていることがある程度わかるようじゃからな。ほれ、お主も何か話しかけてみるといい」
と本当に意外過ぎることを言ってきた。
「本当か?」
「ああ。さすがに話すことは出来んようじゃが、ある程度意思疎通はできるぞ。ほれ。やってみい」
「……えっと、スライムさんや。連れて帰って飼ってもいいか?」
「きゅー……」
「な!? スライムが鳴いたぞ!」
「ははは。今のはご飯をくれるならいいぞということらしい」
「そうなのか?」
「ああ。間違いない。なにせ、精霊の言葉を聞くのは我ら神獣の得意分野だからな」
「リル。本当にそう言っていたか?」
「うん。ちょっと怖がってるみたいだけど、ご飯くれるならいいよって言ってる」
「ほれ。間違いなかったじゃろ。というわけじゃ。こやつは連れて帰るぞ」
というなんとも驚きの展開でそのスライムを連れ帰ることになってしまう。
私はなんとも信じられない感じでスライムを見つめたが、スライムはどこか恐々と言った感じで、また、
「きゅー……」
と鳴いた。
「これ。あんまり怖がらせるでない。こやつはまだほんの子供だからのう」
そう言われて少し戸惑いつつも、スライムに近づき、
「ごめんな。怖くないから安心してくれよ」
と声を掛ける。
するとスライムはどこか安心したように、
「きゅ!」
と鳴いた。
(なんだかなぁ……)
と心の中でつぶやきつつ、そのスライムを抱きかかえる。
そのスライムは意外にもほんのり温かく、まるで湯たんぽのようだと思った。
それから十日ほどかけて森を出る。
スライムはすっかりリルの上が気に入ったようで、時々、
「きゅきゅっ!」
と鳴いてご機嫌そうに私たちについてきた。
「スライムは雑食と聞いていたが、まさか人間の飯を気に入るとはなぁ……」
「ははは。これでなかなかのグルメらしい。ちゃんと味の違いも理解しておるから、下手なものを食わせるでないぞ」
「……そうなのか? まったく。妙なことになってしまったものだ」
そんなことを言いつつ、街道を急ぎ、王都を目指す。
王都に着くと私はすぐにカイゼルさんを通して王族への謁見を願い出た。
翌日。
スライムを連れ、マロン、リルと共に城に上がる。
てっきり謁見の間へ通されると思っていたが、通されたのは意外にも王族専用のサロンだった。
「ごきげん麗しゅうございます。この度は謁見の栄誉にあずかり恐悦至極に存じます」
といささか不慣れな敬語で挨拶する私に、王が、
「普通でよい。それより、聖魔法を扱うスライムが見つかったというのは本当か?」
とやや前のめりにそう聞いてきた。
「は。マロンいわくそういうことだそうです。リルも温かい魔法の波動を感じると言っていますから、おそらく間違いないかと……」
「そうか。で、マロン殿。そのスライムがアナスタシアの体に良いかもしれんというのは本当なんじゃろうな?」
「うむ。少し魔法のコツを教えんといかんからすぐに効果があるというわけではないが、ペットとして側に置いておけば今よりずっと快方に向かうことになるじゃろう。まぁ、その辺は薬師の……、あのうるさいやつななんと言ったかな?」
「シャイデルリード先生だ」
「ああ、そうそう。シャーリーじゃったな。そやつと共同で診ることになるじゃろう。このスライムが魔法のコツを覚えたら時間を作るように言ってくれ。薬の調合なんかも変えんといかんじゃろうからな。適当に差配せい」
「あいわかった。では、そのスライムは責任を持って王宮で飼おう」
「うむ。けっこうなグルメじゃから下手な物は食わせるなよ」
「……そうか。では王族と同じ食事をとらせることにするか」
「ははは。それはなかなか贅沢じゃな。しかし、そのくらいのことをする価値はあるじゃろうて。よかったな。スライムよ」
「きゅー!」
「なっ!? スライムが鳴いた?」
「ああ。このスライムは精霊に近い種類じゃからな。ある程度、意思の疎通はできるぞい」
「……それはなんとも……」
驚く王の横からアナスタシア殿下が進み出てきて、リルの上に乗ったスライムに近寄る。
「私がアナスタシアよ。よろしくね」
アナスタシア殿下がそう声を掛けると、スライムはまた、
「きゅっ!」
と鳴き、いかにもよろしくといった感じで、ぷるぷると震えて見せた。
「あら。お利口さんなのね。えっと、お名前は何ちゃんかしら?」
そう言って私を見てくるアナスタシア殿下に、
「名は付けておりません。どうぞ、お好きなようにお呼びください」
と進言する。
すると、アナスタシア殿下は、少し迷ったものの、
「じゃぁ、スライムだからスーちゃんでどうかしら? どう? スーちゃんでいい?」
と言ってスライムの頭をポンポンと撫でた。
「きゅっ!」
と鳴いてスライムが嬉しそうにぷるぷる震える。
「あはは! お名前嬉しいっていってるよ!」
とリルが楽しげにそう言うと、アナスタシア殿下も嬉しそうに微笑み、
「よろしくね。スーちゃん」
と言ってスーと名付けたスライムを抱き上げた。
「まぁ。ぷるぷるでほんのり温かいのね。まるで湯たんぽみたいな温かさだわ」
と言ったアナスタシア殿下に、
(私と同じことを思われたのだな)
と微笑ましい感情を抱き、
「まだ夏の始まりですから、一緒に寝ると少し暑いかもしれませんね」
と冗談を言う。
すると、アナスタシア殿下はニッコリ微笑んで、
「うふふ。私いつかペットを飼ってみたいと思っておりましたの。だから、マロンちゃんと一緒にいるユーリをいつも羨ましく思っておりましたのよ」
と少し意外な言葉を返してきた。
「ははは。よかったのう。これで、寂しさも少しは紛れるだろうて」
「ええ。ありがとう。マロンちゃん」
「なに。たいしたことじゃないわい」
そんな会話で一同の顔に温かい微笑みが浮かぶ。
その後私は、王族と一緒にお茶を飲みながら庭師の近況を話すというなんとも緊張する時間を過ごし、無事、アナスタシア殿下にスライムを届けるという任務を果たし終えた。
その日の夜。
「青いスライムちゃんか……。いいなぁ、私も見てみたかったなぁ」
というノンナに、
「そのうちアナスタシア殿下のお茶会に招かれたら見る機会もあるだろう。その時は友達になってやってくれ」
と言って軽く笑顔を浮かべる。
その日の食卓は心なしかいつもより明るく、みんなしてふわとろのオムライスに舌鼓を打った。




