庭師の日常01
新緑の森にギャーギャーという魔獣の醜い喚き声が響く。
群れているのはゴブリン。
醜悪な顔つきに剝き出しの乱杭歯がいかにも魔獣らしく恐ろしい。
そんな化け物が百はいようかという群れの中心で若い男性が静かに刀を振っていた。
その太刀筋はまるで静寂に包まれた冬の森のように静かで研ぎ澄まされている。
無駄な動きの一切ないその動きはまるで完成された舞踊のように軽やかで、芸術を解さない魔獣でなければ見惚れてしまうのではないかというほど美しかった。
やがて男の周りに動くものが無くなり、男が「ふぅ……」と短く息を吐く。
男は静かに拭いを掛けた刀を納め、軽く周囲を見渡した。
その顔には微塵も疲労の色が浮かんでいないことから、この状況が男にとって日常茶飯事であることがなんとなく読み取れる。
男は腰に付けた小さなポーチからスキットルを取り出し、その中身をちびりとやった。
「ふぅ……」
と息を吐く男の側に一匹の子猫がやってきて、
「相変わらず見事なものじゃのう」
と声を掛ける。
それに男は微かに笑い、
「伝説のケットシー様に褒めていただくとは光栄なことだ」
と言った。
「どれ、後始末は手伝ってやろう。もうとっくに昼の時間じゃからな。腹が減ってしょうがないわい」
「ああ。助かる。適当に集めてくるからさっさと灰にしてくれ」
「了解じゃ」
そう言葉を交わし、男と子猫が作業を開始すると、間もなくしてあれほどあったゴブリンの死骸が綺麗になくなった。
「ホットサンドでいいか?」
「肉とチーズは多めに頼むぞ」
「了解」
そんな短い会話やり取りを経て男は小さなコンロとホットサンド用のフライパンを取り出し、慣れた手つきでパンを焼き始める。
すると子猫は男の側で丸くなると、いかにも退屈そうに髭をクシクシといじり始めた。
やがて、焼き上がったホットサンドが子猫の前に差し出される。
子猫はどこをどうやって持っているのかわからないが、それを器用に両手で受け取ると、
「いい香りじゃな。先にいただくぞ」
と鷹揚にそう言ってガジリとパンにかじりついた。
「うん! やっぱりこの国のチーズは美味いのう。それにこのパストラミビーフにたっぷりと使われたコショウの香りがたまらん。やはりハンナの手にかかったものは美味いのう」
「ああ。まったくだ。王室が専属になってくれと懇願するのもわかる」
「うむ。あれほどの腕と発想力の持ち主なら誰しも手元に置きたくなるものじゃ。しかし、それはハンナにとっても良いことなのじゃろ? なんであやつは断るんじゃ?」
「本人曰く、『私はそんな柄じゃないですよ』だそうだ。まぁ、ハンナさんはあれでけっこう自由を貴ぶところがあるからな。本心では王室に縛り付けられるのが嫌なんだろう。しかし、旦那で近衛団長のカイゼルさんの手前もあるから、たまに王室に料理を提供しているって感じなんじゃないか? まぁ、私としては王室にハンナさんを独占されなくて嬉しい限りだがな」
「ふっ。そうか。まぁ、王室に独占されたらわしは王室の飼い猫になればよいだけじゃがな」
「ははは。相変わらず食い意地が張ってるな」
「ふんっ。お前さんほどじゃないわい」
そんな気さくな会話をしながら一人と一匹が美味しそうにホットサンドを頬張る。
そして、食後のお茶を飲み終えると、若い男性の方が腰を上げた。
「さて。今回はもう少し奥まで行こう。他の薬草の群生地の様子も確認しておきたい」
「ここでゴブリンがこれだけ出てきたんじゃ、このぶんじゃと奥にはもっと強いのがおるぞ」
「……それは面倒だな」
「はっはっは。それがお主ら『庭師』の仕事じゃろうが。面倒がらずにせっせと働くがよい」
「……たまには手伝ってくれてもいいんだぞ?」
「ふっ。竜でも出てきたら考えてやるわい」
子猫はそう言うと男の体を器用に駆け上がり、男が背負った背嚢の上にするりと乗り、丸くなってしまった。
男が微かに苦笑いを浮かべ、歩き出す。
新緑の間からこぼれてくる光を受けてキラキラと輝く美しい森の中を男は慣れた様子で奥へと歩いていった。
◇
いつものように十五日ほどの仕事を終え、森を出る。
森の入り口から数時間ほど歩いたところにある村に入ると私はさっそく「庭師」たちが定宿にしている小さな宿「雲雀亭」にはいり今回の仕事の報告書を作り始めた。
(えーと、討伐は、ゴブリンが……合計二百五十二、オークが五で、サーペントが二十。サイクロプスは三だったな。……薬草は各種異常なし、ただし、森の奥にあるニルカ草の群生地周辺には鹿の痕跡があったから、要注意……)
と今回の結果を頭の中でなぞりつつ、書類に書き込んでいく。
そんな私の横でマロンが丸くなり、いつものように、「くわぁ……」と大きなあくびをした。
「宮仕えというのも大変よのう」
「そうだな。書類仕事というのはいつまでたっても慣れん。しかし、これもこの国を支える重要な仕事なんだから、手を抜くわけにはいかんしな……」
「ふっ。相変わらずまじめなやつじゃのう」
「お褒めにあずかり光栄だ」
と話しているうちに書類が出来上がる。
私は書き終えた書類に間違いがないかを軽く確認してから、書類を書類入れにしまった。
「さて。少し早いが風呂にしよう。行くか?」
「にゃ。たまにはゆっくり湯船に浸かるのもよかろう」
「じゃあ、女将に頼んで牛乳を分けてもらうか」
「うむ。そうしろ。風呂上がりにキンキンに冷えたやつを飲ませてやろう」
「ありがとう。あれはいいものだからな」
「ふっ。氷魔法を使えるわれにもっと感謝するがよい」
「ははは。感謝してるよ。ケットシーさまさまだ」
そう言って私は荷物の中から着替えやらなにやらを取り出し、マロンを抱きかかえると宿を出て村の銭湯に向かった。
ゆっくりと湯船に浸かり、さっぱりした所で冷たい牛乳をぐいっといく。
マロンも私も、
「ぷはぁっ……」
と盛大に息を漏らし、その甘さを五臓六腑でしっかりと味わった。
宿に戻りいったん部屋に入る。
するとすぐに部屋の扉が叩かれ、
「今夜はお肉たっぷりのシチューですよ」
と女将さんが声を掛けてきてくれた。
すぐに部屋を出て食堂に向かう。
この宿名物の肉がたっぷり入ったシチューをマロンと二人でお代わりしながらたらふく食べ、その日は満足した気持ちで久しぶりにゆっくりとした眠りに就いた。
翌日。
預けてある馬に乗り宿を発つ。
途中の宿場町でまた一泊し、次の日の昼過ぎには王都に入った。
町の門をくぐったところで、馬を降り、
「私はこのまま報告に行くが、どうする?」
「うむ。では先に戻ってハンナにおやつをねだってくるわい」
「そうか。気を付けてな」
「うむ」
と軽く言葉を交わし、マロンと別れる。
私は王城へと続く道をのんびりと歩き、王城のすぐそばにある庭師の詰所へと入っていった。
「ただいま。エリカさん」
「あら。ユーリさん。お疲れ様です。師長なら執務室にいますよ」
「ありがとう。さっそく報告にいってくるよ。魔石は預けておいていいかい?」
「ええ。お預かりします。……ってすごい量ですね」
「ああ。今回はゴブリンの群に出くわしたからな」
「……ちなみにどのくらいの?」
「百近いのが一つで、あとは五十か六十くらいのが二つだったな」
「ははは……。相変わらずですねぇ」
「ああ。さすがにちょっとくたびれたよ」
と事務員のセリナさんと軽く言葉を交わし、二階にある庭師長の執務室に向かう。
簡素ながらも重厚な木の扉を叩き、
「失礼します。ユーリです。帰還の報告にきました」
と言うと中から、
「おう。入れ」
と気さくな声が返ってきた。
「ご苦労だったな。で、首尾は?」
と、さっそく聞いてくる師長のノルドさんに報告書を渡しながら、
「魔獣はいつも通りでした。奥地に鹿の痕跡が多かったので、重点的に見回る必要があるかもしれません」
と答える。
「そうか……。ん? ゴブリンが多かったみたいだな。ボスはいたか?」
「いえ。キングもジェネラルもいませんでした。おそらく、そういう個体が発生する寸前の群れだったんでしょう。早めに潰せて幸運でした」
「そうか。しかし、放っておくのも少し気持ち悪いな。近いうちに俺も現場に出る。その時はついて来てくれ」
「了解しました」
「後のことはこっちでやっておくから、今日と明日はゆっくり休んでくれ」
「ありがとうございます」
報告は簡単に終わり、詰所を出ると私は王城の裏門に向かい、そこで馴染みの門番に軽く挨拶をしてから王城の中に入っていった。




