1話 見ている、見られている。
バケモノに「見られて」いた主人公が、バケモノと一緒に異世界転生!?
剣と魔法の王道世界で繰り広げられる、異色のホラー×アクションファンタジー!
「何かに、見られている」
忘れかけていた子供の頃の感覚に、近頃よく襲われていた。
子供の頃の僕にとって、家はひとつの世界だった。僕の部屋だけが僕の巣で、それ以外は閉じた野だった。どこからか聴こえる軋む音。もしその主に敵意があるなら、どこへ逃げればよいだろう。不安に怯え、夜は口元まで布団をかぶった。
当時の僕にとって、世界は怖いものだった。ずっと何かに怯えていて、巣や家の中にいても安らぎを得られなかった。歩くときは執拗に背後を警戒し、座るときは、確実に逃げ道を確保した。誰かが僕の生活を覗いていて、今か今かと襲いかかる瞬間を見計っていると、無意識のうちに信じきっていた。
今、誰かに見られている。真っ暗な部屋で、10年近く置き去りだった強迫観念に苛まれる。でもあのときとは違い、確かに、「いる」。いてはいけないはずのものが、ここにいる。どこだ。アパートの一室は狭く、中に逃げ場は無い。何者かが、僕を襲いに来ている。僕の存在を剥奪するために。逃げないと。どこへ?外だ。外へ逃げないと。持ち物は?鍵とスマホ、、それだけでいい。枕元のスマホを手に取ろうとして、上体を動かそうと試みる。瞬間、鋭く頭痛がした。加えて、全身が焼けるように痛いことに気付いた。体は微動だにしていない。ああ、金縛りだ。夕方に一度寝ていたからだ。僕は僕のせいで、ここで命を落とすんだ。必死に腕を動かそうともがく。激痛に耐えて叫びながらもがく。来る。来るな。来る。来ないでくれ。来る。来る。来る。来る。来る。来る。来る。来る。来る。来る。来る。来る。来る。来る。来る。来る。来る。来る。来る。来る。来る。。。。。。きっと、叫べてすらいなかっただろう。気付いた頃には金縛りは解けて、掌がスマホに乗っていた。
「……勝った………………」
思わず声に出た。涙が出そうなほど嬉しかった。
気付いてしまった。スマホと腕が、妙に生暖かい。
青黒い何かが、僕の腕を取り巻いていた。それは少しずつ、僕の体を侵略している。そうか、ここにいたんだね。
先月、彼女と別れた。大学生ながらに初めてだったその恋は、またたく間に僕の全てになっていた。僕は重かったらしい。その日以来、僕はネットサーフィンに明け暮れた。生活リズムは崩れ去って、金縛りがよく起こるようになった。
僕と対照的に、以前より生き生きとしていた彼女を憎んだ。彼女とのツーショット写真をシュレッダーにかけた画像を、AIに生成させて笑った。僕は現実で彼女を見ないようにした。見れば見るほど憎くなって、最愛の人を憎む気持ちに苦しくなった。それでも写真を消すことはできなかった。やっぱり僕は、もっと彼女を見ていたかった。
青黒いそれが、僕の首筋を伝っている。力強くベッドに拘束されて動けない。もうすぐ僕は飲み込まれる。もう一度彼女と話したかった。会って話してやり直したかった。もう一度あの生きた笑顔を、僕に向けてほしかった。きっとこの執着が、彼女を苦しめたんだろう。また、ネットサーフィンに明け暮れたことに、彼女からの連絡を期待する気持ちがあったことを否めない。僕を部屋に縛り付ける諦観と希望の混沌に、こいつは付け入ったんだろう。こいつが僕を見始めたのは、彼女と別れたときからだった。多分こいつは、僕の中に巣食っていた。
「ピロン、」
それは、ずっと待っていた音だった。同時に、そいつが強く発光した。
「ピロン、ピロン、ピロン、ビロン、ジゴン、ジオン、」
段々と音が不協和音に変質していく。それに伴って、光の強さが指数関数的に上がっていく。なぜか途端に希望が溢れ出てきて、僕は力一杯に叫び、起き上がろうと奮闘した。光に飲まれて、不思議な希望に囚われる。
気が付くと、僕は見知らぬ家にいた。見知らぬ人が見知らぬ言語で僕に語り掛ける。……とても大きい。そして、言葉はわからなくても、今彼らが僕を甘やかしているということはわかる。状況を理解した僕はわけがわからなくなって、大きな可愛い雄叫びを上げた。
試作なので、細かい設定とかはまだ決めてません。別シリーズとしてリスタートするかもです。