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第一章 ― 聖女、救出と同時に窃盗



 山道を抜けた先に広がるのは、小さな谷間の村だった。

 だがそこには、旅人が想像するようなのどかな田園風景はなかった。


 家々の窓は固く閉ざされ、戸口には板が打ちつけられている。

 畑には人影がなく、鶏の鳴き声も牛のうめき声も聞こえない。

 風が吹けば、板塀の隙間をすり抜ける音が、どこか怯えたように耳をくすぐった。


「……盗賊の被害にあっているらしい」


 淡々と説明したのは、隣を歩くハルヒだった。

 旅に同行して二日目。だが彼が発した言葉の総量は、いまだ片手で数えられるほどだ。


「盗賊……ですか」

「お前の出番だ」

「えっ!?」


 いきなりそんなふうに言われても困る。

 勇者に選ばれたとはいえ、剣をまともに振ったことすらない。

 ただの町娘が盗賊団と戦えるはずが――。


「……まあ、やるしかないか」


 アリアナは自分を奮い立たせるように、小さくつぶやいて腰の剣を抜こうとした。


 その瞬間だった。


「たすけてーっ!」


 甲高い子どもの叫び声が、村外れから響いた。

 アリアナとハルヒは顔を見合わせる。

 次の瞬間には、ハルヒが風を裂くように駆け出していた。


「え、ちょ、待ってくださいーっ!」


 小走りでついていくアリアナ。

 靴底が石畳を打つ音がやけに大きく響き、息がすぐに上がる。

 山裾の道を抜けた先、視界に飛び込んできたのは――。


「こいつを人質にすりゃあ、交渉も楽だな!」

「へっへっへ、泣いても無駄だぞ!」


 粗野な声を上げる盗賊たち。

 頭に布を巻き、粗末な鎧を身に着けた男たちが、数人がかりでひとりの少女を囲んでいた。


 銀糸のような長い髪を無造作にひとつ結びにし、赤い瞳をきらきらと輝かせる小柄な少女。

粗末な革のベストに短いズボン、腰には小刀を差した姿は、どう見ても盗賊の仲間のようだった。


 真紅の瞳を涙で潤ませながらも、必死に暴れている。


「放せー!!」


 その声には不思議な張りがあった。だが、力は小動物並みで、盗賊に軽々と持ち上げられてしまう。


「勇者、下がってろ」


 低い声と同時に、ハルヒの姿がぶれた。

 剣が抜かれる音は、アリアナには聞き取れなかった。


 一太刀。

 それだけで盗賊の武器はすべて地面に転がり、鉄の響きが乾いた空気に散った。


「ひ、ひいっ!」

「こ、こいつ……人間か!?」


 盗賊たちは青ざめ、我先にと散り散りに逃げ出した。

 残されたのは、まだ腕をばたつかせている銀髪の少女だけ。


「わあ! 助かった! ありがとね!」


 ぱっと表情が晴れる。

 泣き顔から一転、にこーっと笑顔がはじけ、頬にえくぼが浮かぶ。

 そのあまりの変わり身の早さに、アリアナは思わず肩の力を抜いた。


「大丈夫? 怪我はない?」

「うん! すっごく元気! お姉さん、勇者?」

「えっ? え、ええ、一応は……」

「やっぱり! じゃあこれから一緒に行こう!」


 少女はためらいなくアリアナの手を握ってきた。

 指先は温かく、勢いは雷鳴のごとし。

 小さな体からは想像できないほどの元気が、全身から溢れていた。


「えっ? えっ? 一緒にって……?」


 たじたじになりながら答えに迷っていると――。


「……あれ?」


 ふと、腰のあたりに違和感が走った。

 アリアナの腰に下げていた布袋が、妙に軽い。


「ねえ、ちょっと! それ私のパン袋じゃない!?」


「えっ? あ、これ?」


 少女はすでに袋を抱えていた。

 しかもその中身――朝から大事に取っておいたパン――を取り出し、もぐもぐと食べ始めている。


「だってお腹すいてたんだもん」


 きょとんとした顔で言う。

 その様子はあまりに自然で、悪びれる様子が一切なかった。


「ちょ、ちょっと!? 返して! それ私のお昼!」

「だめー! これは命の恩人へのお礼だから!」

「いやいやいや、どういう理屈!?」

「荷物、減らしてあげる!!」


 勇者、救出直後に食料を盗まれる。


 ハルヒは横で腕を組んだまま、何も言わず立っている。

 止める気配ゼロ。むしろわずかに口角が動いた……気がした。


「……にぎやかだな」


 小さくこぼされたその声を、アリアナは聞き逃さなかった。

 これまで感情の見えなかった彼の顔に、ほんのかすかな変化が生まれたのだ。


 銀髪の少女は、満足そうにパンを飲み込み、胸を張って名乗った。


「私はデーティリア・ランドール! なんか聖女なんだって! みんなはデーテって呼ぶよ!」


 紅の瞳がきらきらと輝いている。

 その勢いに押され、アリアナは「よろしく……」としか言えなかった。


 ――こうして勇者アリアナの仲間に加わったのは、

 救出直後に盗みを働く聖女、デーティリア・ランドールであった。


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