ステータス999! ……1との違いは?
午前0時すぎ。
ディスプレイに映ったのは、見慣れたアメリカの大学寮。
相変わらず散らかり放題の部屋の前で、テンション全開の男がこっちを見ていた。
メディア文化論専攻。サブカルに魂まで染まった、留学時代の悪友――ダニエル・リヴァース。
こいつ、時差という概念を完全に無視して深夜Discordを投げてくる常習犯。
でも、こっちが夜更かしできる日をちゃんと狙ってくるあたり、確信犯だと思う。
「……お前のその何色してるかわからない中身にそろそろ物理的に時差って概念書き込んでもいいか?」
「Oh, time zone difference!? HAHAHAHA! オタクに時間は関係ないって言ってたのカズじゃん!」
当時の自分をここに呼び出して小一時間説教してやりたい。
「たくもう……で、今日はなんだよ?」
「ああ、そうそう。 ちょっとまって」
ダニエルは画面の向こうで空になったゲータレードのガロンボトルを放り投げると、新しいのを冷蔵庫から取り出した。
俺にもよこせこの野郎。
「いやさ、異世界ラノベだとよく『ステータスが20になった』とか言うだろ?」
「まあ、定番だよな」
「It's a classic trope. でさ、この数字って何なんだ?」
そう言って袋詰めのナチョスにサルサソースをたっぷりつけて口へ放り込む。
辛かったのか慌ててゲータレードで流し込んでる。
ザマア見ろ、天罰だ。
ちょっとすっきりしたから付き合ってやるか。
「またおかしなこと言いだしたな。数字は数字だろ?」
「そう、Numbers are numbers. 誰の目で見ても、数学を知っていれば1と2の差は明らかだ。
で、たいていの場合は数字が低くて馬鹿にされるとか高すぎて流石になるだろ?」
「まあ、そうだな」
テンプレだな。
「この数字、ステータスなんて定義不可能なものを何か超越的な存在の力で数値化したとして、What’s the standard?」
「基準?」
また面倒なことを……
「そう、基準。 低くて馬鹿にされる、高くて賞賛される。どっちにしても基準がいるだろ」
「そりゃそうだけどさ」
基準もなしに結果は評価できないよなあ。
「それに数字で出すなら、2は1の倍であるべきだろ? でも大体の場合、強さや能力って1違っても倍違うわけじゃないよな?」
「それは…… たしかに理屈としてはそうだけど、数字が倍なら結果も倍ってわけじゃないだろ」
長さが倍なら面積は4倍、体積は8倍とかなんかあった気がする。
「そうなんだよ。だいたい「ちょっと強くなった」「速くなった気がする!」くらいで流されてる。でも、それなら数字でステータスを表す意味って何なんだ?」
「読者に分かりやすくするための、いわゆる目安ってことじゃないか? ゲームとかでも慣れてるし」
「そこが引っかかるんだよ。ふわっと強いとか弱いなら記号でいいのに、数字を使うからには意味があるはずだ。
もしアルファベットのA〜Eでランク分けされてたら、「CとAの差」なんてわからないから気にならない。
けど数字なら、1と2は2が1の倍じゃなきゃおかしいし、10同士ならその項目について優劣が出るのは変だろ?」
ダニエルはそういうとハーフガロンとガロンのゲータレードの空きボトルを持ち出して並べてきた。
確かに数字だけで見たらそうかもしれないな。
「まあ、そこまで厳密じゃなくてもって思うけど、2は1の倍って感覚は納得できる。レベル2がレベル1の倍強いかって言われたら、体感でそう感じるゲームってないけどな」
「体感で感じないのは当然だ。たとえば成功率が倍になったとしても、1%が2%になっただけなら数字上は倍だけど、体感じゃ倍になった気がしないだろ。
まあ確率はluckも絡むから違うかもしれないけど、それでも『同じ数字なら同じ成功率』に収束しないなら、数字で表す意味はない。
もし一般人の何かのステータスが10っていうなら、そのステータスが10の人は皆同じことができないと『その10って何?』ってなるじゃん。
「得意不得意もあるし、慣れもあるだろ?」
まあ言ってることはわかるけどなんか機械と一緒にしてないかお前?
「Non, non. その世界の人間の計測結果とかならそれも通るだろうけど、たいていは神から与えられた知識とかだ。
神が決めたからには世界のルールだ。
同数に対して同数の成功率が返ってこないってバグだろ?」
むう。神が数字で決めたって前提ならそうか。
……なんかロボットや工業製品の数値評価してる気分だ。
「じゃあ、個性とか苦手なんて差異はどこから来るんだ?」
「そこだよ。同じ数字で結果に差が出るなら、この数値は他人と比べるためのものじゃないってことなんだ」
「……どういうこと?」
「つまりこれは自己管理用の数値で、他者との比較には意味がない。たとえば俺のレベル2とカズのレベル2は全然別物ってことだ」
なるほどわからん。
「数字の意味とか言っといてそうくるか」
「じゃあ前提から整理しよう。数字で表記されてる以上、みんな0から始まってるはずだ。異世界でも10進数で数字が並んでて、内容が違うってことはほぼない。That's a given, right?」
「たしかに数字の並びが『5918036274』とかの世界は見たことない。ほとんど10進数表記だし」
「で、他人と同じ数字でも実際の結果が違うってことは、ステータスの数値は『自分専用』ってことだ」
「自分専用ね……」
「たとえばSTR(筋力)で例えるなら、自分のSTRをどれだけ効率的に使えるかを示す『ドライバのバージョン』みたいなものだと思えばいい」
「……つまりSTR10なら『STRドライバVer10.00』みたいな感じか」
「Exactly! ベースの性能が違えば、同じドライバを使っても違う結果が出る。PCでも同じドライバでもパーツで性能差が出るのと同じ理屈だよ」
「なるほど。それなら納得できる……ってまて、ステータスが高いと最適化だけじゃ説明できないくらいの力を出してることもあるじゃないか。あれはどう説明する?」
「いい質問だな。でもそれも説明できる。
例えばさ、hysterical strengthってあるじゃん。
人間って普段は脳や筋肉の力を100%出しきれてない。
でも極限状況になると、安全装置が外れて、一時的に常識外の力が出る。
あれって結局、本来持ってるポテンシャルのリミッターを、一時的に解除してるだけなんだよな」
「……確かに。脳の9割は使われてないとかも聞くしな」
アインシュタインだっけ? あれ、大脳生理学的には間違ってるとか聞いたけどまあ今回の論旨じゃないしいいか。
「そう、それ! もしも『敏捷200』ってやつが、
『常に火事場の馬鹿力モードで動ける人間』だとしたら説明できるんじゃないか?」
「……『説明できるんじゃないか』とか言われても論を組んでるのはお前だろ。
まあ、火事場の馬鹿力モードは再考の余地があるとしても、最適化段階の表示がステータスって考え方は新しいかもな」
何となく言いたいことはわかるし否定する材料も……
あれ、ちょっと待て。
「自分専用てのは納得するとして、なんで他人に見せられるんだ? 冒険者カードとかステータスで表示できるのがけっこうあるだろ?」
「ボディビルダーがお互いに筋肉見せあうようなもんじゃね? I still don't get it, though.」
……骨の髄まで文系オタな俺にも未知の世界だな。
「Anyway. 俺の論はこうだ。
ステータスってのは、能力値じゃなくて自分の最適化……アップデート回数なんだよ」
「アップデート回数?」
「そう。普通の人間は、安全装置や無駄な制御でフルパワー出せない。
けど、アップデートでリミッターをどんどん外して、
『本来持ってるスペックをどこまで引き出せるか』がステータスの数字。
敏捷20は、10の人より10回多く最適化アップデートしてるから、
同じことをしても最適化された動きができるってことだ」
「それだと、ステータスの数字に意味が生まれるな。
訓練や経験でアップデートしてくのも筋が通るし、
『才能』や『覚醒』で急にステータス上がるのも説明がつく」
「そう。たとえば転生特典で最初からリミッター外れきってる奴とか、
現地人でも極限の経験でアップデートしまくった化け物とか、
現実にも規格外はいるわけだし」
「確かに、野球のO谷とか将棋の藤Eとか現実にも化け物はいるしな。
歴史上の天才たちは、最初から最適化が進んでるタイプってことか」
「Exactly.
だから『ステータス=生まれつきの才能』じゃなくて、
『どこまで自分をアップデートしてリミッター外せるか』って考えると、
努力も無駄にならないし、
『火事場の馬鹿力をいつでも出せる』やつが本当のチートなんだ」
「……なるほどな。
そうやって考えると、ただ数字で比較するだけじゃなくて、
『自分というシステムをどこまで最適化できるか』って話になるのか。
あれ? そうなるとレベルはどう説明する?」
「It's so easy! OSのバージョン数だよ。ドライバが更新されたら最適のOSにしないとついてこないだろ」
「なんか順番逆じゃね?」
「神の御心を人間が知ろうなどとおこがましいとは思わないか?」
「てめ、こんな時だけ神様絶対説かよ」
「Ha-ha! 神は天にあり余はなべてこともなし!
だから俺たちも――今OSの更新中かもしれないぜ?」
会心って感じのニヤニヤしたドヤ顔。
殴りたいあの笑顔。
「そんなことあったら気が付くんじゃね?」
「カズは自分の何かが1%上がったら気が付く自信ある?」
「……やめろ。夜中にそういう話は正気度下がる」
「Ha-ha!でも、そう考えると、
ステータスもチートも――
ただの未知の自己最適化の産物ってことになるんじゃないか?」
「……努力も、才能も、結局は自分をどこまで最適化できるか、か」
「そう。
努力の天才ってのは、
最適化アップデートの天才って意味だ」
「それ、ラノベの主人公っぽくていいな……」
「だろ?じゃあカズも、今から最適化しようぜ?」
「……OK、まずは寝させてくれ。
アップデートは寝てる間にやるもんだ」
「C’mon, man. それは真理だ」
通話を切った。
表示された時計は午前3時を回ってる。
アイツはいつになったら時差って言葉を理解……してる節があるけど気にしてねえんだよな。
まあいい、いい頭の体操にでもなったと思うか。
PCの電源を切ろうとしたらちょうどOS更新の知らせが来ていたんで、
更新して終了を押してからベッドに潜り込む。
ステータスアップデートにレベルOSねえ。
何喰ってたらあんなこと思いつくんだ。
……まてよ。OSって言ったな。
朝起きたらMeの悲劇みたいなことは……




