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カズとダニエルのラノベ談義  作者: とおエイ


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7/7

ヒーロー ヒーローになるとき 俺は嫌

「Yo! カズ、日本のライトノベルの主役ってさ――『俺はヒーローだ!』ってやつ、いなくない?」


 深夜1時すぎ。

 ディスプレイに映ったのは、見慣れたアメリカの大学寮。

 相変わらず散らかり放題の部屋の前で、テンション全開の男がこっちを見ていた。


 メディア文化論専攻。サブカルに魂まで染まった、留学時代の悪友――ダニエル・リヴァース。


 こいつ、時差という概念を完全に無視して深夜Discordを投げてくる常習犯。

 でも、こっちが夜更かしできる日をちゃんと狙ってくるあたり、確信犯だと思う。


「……またこの時間かよ。お前の辞書に時差って単語、載ってないの?」


「Oh, 俺の辞書、落丁多くて困ってるんだよ! HAHAHAHA!」


「そんな辞書窓から投げ捨てて、今すぐネット通販で買いなおせ!」


The win(ああ、)dow! The w(窓に!)indow! (窓に!)ってアレは本来窓から逃げようってシーンだからな?」


 んなこと言ってないし聞いてもいない。相変わらずだ。まるで反省の色なし。

 

「で、ヒーローがいないって話だっけ?」


ダニエルは画面の向こうでピザ箱どかして、モニターに顔を近づけてくる。


Right(そう)。こっちだと主人公は最初から『chosen one(選ばれし者)』で、『使命を背負ってます!』が王道なんだよ。

 でも日本の主人公って、『俺なんて……』とか言いながら、いつの間にかヒーローになる。 That’s(ちょっと) kinda cute(可愛いけどな)。」


「……確かに。主観だけど『自覚なし系』は多い気がする。最初から強くても、本人は『俺なんて平凡だから』って感じで。」


Exactly(まさに)。こっちだと『ヒーローだから弱くても挑む』、courage(勇気)がカッコいいけど、そっちは『結果を出して初めてヒーローになる』。Success(成功が) first()って感じ。」


「あと、昔から『仲間のおかげで勝てました!』って言う方が、受けがいい。」


「Yeah, teamwork(チームワーク)だな。

 こっちは『I did it(俺が) myself(やった)!』がヒーローの定番だけど、日本は『支えてもらった』でリーダーが拍手もらえる。」


 二人して笑い合う。


「でもなんでそんなにヒーロー観が違うんだ?」


Religion(宗教)のせいだろ、たぶん。」

 ダニエルがピザをつまみながら、さらっと言う。


「こっちの国だと、『God (神が)chooses(あなたを) you(選ぶ)』が前提。

 ノアもモーセもマリアも、『神に選ばれし者』だ」


「こっちは逆。八百万の神だし、『神が使命を与える』とか滅多にない。

 昔話の主役は、通りすがりの旅人とか、無理難題言われた農民とかだ。

 ヒーローみたいなのは、それを助けてくれる人役かな。弘法大師とか典型的だ。」


「Oh, Master Kobo! トラディショナル・スーパーマンだな!」


「なんだそれ。」


「だってあの人、どこからともなく現れて人助けして、風のように去るんだろ? 違うのはその場で名乗るか後からバレるかくらいさ。」


「なんて雑な分け方……でもそこでも主か副かははっきりしてるな」


Right(そうそう)。そっちの宗教は『harmony(調和)』を重んじるし、

 『俺だけ特別』は浮くんだろうな。」


「でも桃太郎とか特別だぞ?」


「桃太郎って桃から生まれただけで特殊能力何にもないじゃん。」


「あれ、そうだっけ……?」


「教育に取り入れられたから色々枝葉が付いてるけど、桃太郎て何にもないんだよ。鬼退治に行くのもある日突然鬼ヶ島へ鬼退治に行くって旅立っちゃう。都で鬼が暴れてるとかも全部後付け。」


「……なんで俺は、お前から桃太郎を教えられてるんだ?」


「HAHA、サブカル輸入逆流だな!」


「でもまあ確かに。浦島太郎もそうだな。カメを助けて竜宮城へ行って帰ってきただけ。ある意味ただの旅行記だ。」


Right(そう)。しかも、どっちにもGod’s will(神の意志)が出てこないんだよ。

 こちらなら『chosen(神に選ばれた) child(子供)』とか『man (神に)called by(呼ばれた) God()』になるところなのに、そっちだと全部たまたまで動く。

 ――つまり、こっちでは『主役がヒーロー』だけど、そっちでは『主役』は物語を動かす人で、『ヒーロー』はただの超人ってだけなんだ。」


ダニエルがピザをつまみながら、少し笑った。


「むしろその二つが分かれてる気がする。」


「……っていうと?」


「桃太郎は主役だけど、唯一無二のヒーローかと言われたら違うだろ?

 話の軸は『みんなで鬼退治した』って方にあるから、桃太郎は『物語を動かす人』ではあっても、『世界を救う人』じゃない。

 アーサー王みたいに『本人が神に選ばれたヒーロー』じゃなくて、『誰でもその立場になれる主役』って感じ。」


「なるほど。『本人がヒーロー』なのが大事なのと、『鬼退治した』のが大事なので分かれてるってことか。」


Exactly(その通り)

 日本の昔話は『結果が大事な話』で、『ヒーローは支える側』。

 そもそもヒーローなんて、いなくても話が成立する。

 でも西洋の伝説は、『ヒーロー=主役』が神に選ばれて、全部を背負うんだ。」


「こうしてみると、桃太郎とアーサー王、ほんと真逆だな。」


「Right。桃太郎は一般人が仲間と鬼を倒す。

 一方アーサーはroyal(王家) blood(の血筋)で、『聖剣を抜ける者だけが王』って運命づけられてる。スタートからして違うんだよ」


「なるほど……誰でも主人公になれる日本と、選ばれし者しかなれない西洋か。」


「Exactly。でさ――」

 ダニエルが急にシリアスな顔をした。

The ending(結末)も逆だぜ。」


「……っていうと?」


「こっちのヒーローは、使命のために死んで伝説になる。本人は満足かもしれないが周りからはバッドエンドだ。

 そっちのヒーローは、生きて帰ってめでたしめでたし。ハッピーエンドだろ?」


「……言われてみれば、桃太郎も帰ってくるし、浦島太郎もはじめのころは玉手箱もなくて、鶴になって亀の乙姫と幸せになるだからしいな。」


「Yeah, yeah.

雰囲気が全然違うだろ?」


「……うん。死生観まで違うのか。」


「だろ? だから言っとくけど――」


 ダニエルが笑ってピザを放り投げた。


「そっちはさ、『欧米が』って何でもcopy(真似)するけど、こういうとこまで真似すんなよ?

 『死んでヒーローする』なんて、流行らないからな!」


「初めから流行ってないって話だったろ!」


「Ha-ha, so true(そうだった)! 今日も付き合ってくれてthanks! See ya!」


 通信が切れた。

 モニターが暗くなり、静けさだけが残る。

 あいつの笑い声が、まだ耳の奥に残っていた。


 ……でもさ。


 モニターの光が揺らめく。


 『死んでヒーローするのは流行らない』――ほんとに、そうか?


 今を見てると、むしろ逆じゃないかと思う。

 誰かが褒められた瞬間から、もう火薬庫の上に立ってる。

 持ち上げて、見上げて、叩き落とす。その繰り返し。


 昔は乙女を捧げて神を鎮めた。

 今はヒーローをネットに捧げて、嫉妬を鎮める。


 神殿はなくなったけど、タイムラインが祭壇になった。

 拍手して、拡散して、燃やして、笑って――

 その灰で、世界は少しだけ静かになる。


 ――ヒーローにしたら、殺してもいい。

 そんなルールが、いつの間にかできてる気がする。


そんなことをぼーっと考えてたら、またタイムラインに誰かの炎上がトレンド入りした。


「……結局、ヒーローになったら『死ななきゃ』いけないのか。」


 苦笑しながらPCの電源を切る。

 窓の外はもう薄明るく、夜と朝の境目みたいな時間だった。


「――そりゃ、『俺ヒーローじゃないです系』が流行るわけだよ。」

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