魔法は魔法じゃなかったんだよ!
「なあカズ、魔法って、マジで何なんだと思う?」
深夜1時すぎ。
スマホの通知が鳴って、画面を開くと、やっぱり奴だった。
アメリカの学生寮からテンション全開で語りかけてくる、オタク考察マシンことダニエル・リヴァース。
「だから時差考えてくれ。寝かせろよ」
「いや、さっきラノベの帰還者モノを読んでてさ、気になって仕方なくなったんだよ。魔法って、What is it relly?」
「しょうがないなぁ。えっと……魔法は魔法、じゃね?」
「That’s too vague.
火出す、氷出す、雷落とす。Too convenient!!
原理どこ行ったよ?って話だよ」
「まあ、異世界なら魔力とかマナとかあるって設定だろ。あっちはあっちの物理法則なんだよ」
「そう、それはOK。異世界なら何でもアリ。描写されないからあまり気にならないけどこの世界とは物理法則が違う。No problem.
でもさ――最近多いだろ、帰ってきて無双とか。その帰還者が問題なんだよ!」
「まためんどくさいこと言いだしたな。」
「異世界で魔法覚えたやつが、現実世界に戻ってきて――そのまま火の玉出すとか、どう考えてもおかしくね?」
「うん、まあ……ラノベ的にはよくあるけどな」
「でさ、俺、気づいたんだけどさ。魔法って、現実世界の物理法則ってOSに対する――クラッキング行為じゃね?」
「クラッキング?」
「そう。create from nothingとか、明らかにエネルギー保存則をぶっ壊してる。
現実のコードに裏からinfiltrateして、非正規の命令をrunしてるみたいなもんだよ」
「……それ、完全にクラッカーのやることじゃん」
「でもな、問題はそれだけじゃない。エネルギーが突然どこかから現れたってことは、この世界のエントロピーが爆上がりしてるってことなんだよ」
「……エントロピーって、あれか。熱力学的によくわからん難しいやつ」
「ざっくり言えば、秩序の崩壊度。Entropyってやつ。世界は時間とともにそれが増える方向にしか進めない。それが自然の摂理なんだ。
でも、もし魔法でいきなり火とか雷とか出されたら――
局所的にcrazyなレベルの乱雑さが発生するってことになる」
で、エントロピーが急激に増えると、時間の流れすら歪む」
「時間の流れって、過去から未来にってやつ?」
「そう。それが逆行するかもしれないし、loopするかもしれない。
もっと言うと、この宇宙のendって、エントロピーが最大になって何も起きなくなる状態=熱的死なんだよ」
「え……ってことは?」
「魔法ってさ、その終末状態を、一点に、瞬間的にcreateする可能性があるんだよ
異世界から帰ってきた人間が、火の玉一発で――
この世界の秩序そのものを焼き壊すかもしれないってこと」
「おいおいおい、マジで火の玉が世界のバグトリガー扱いじゃん……」
「Exactly. 異世界ではただの便利スキルでも、こっちじゃ|forbidden action《宇宙的にアウトな行動》なんだよ。
地球の物理法則っていうOSにインストールされてない拡張機能を、無理やり実行してるようなもんだからな」
俺は画面越しに苦笑した。
言ってることは荒唐無稽だし、そもそもラノベ設定の話だ。……そのはずなのに。
「ところが、だ。 エントロピーも増大させなけりゃ世界の法則にも反しない。そんな方法がひとつだけある……いや、あったことに気が付いたんだわ。」
「……なに?」
「この世界で、何もないところから何かを生み出すっていう行為が、唯一正しいものとして記録された瞬間がある」
「……どこで?」
ダニエルが静かに、でも妙に高揚した口調で言った。
「『ひかりあれ』だよ。You know, Genesis.」
「……聖書かよ」
「そう。旧約聖書の冒頭、Let there be light――『ひかりあれ』。
神がそう言った瞬間、何もなかった世界に光が生まれた。
無から有を生んだ、唯一の正規コマンドだ」
「クラックじゃなくて、ルート権限でコマンド打ったってことか」
「Exactly. 帰還者の魔法がクラッキングなら、『ひかりあれ』は創造主が使った正規のRoot Command.
一回だけとはいえ使われたってことはこの世界にこのコマンドは存在してるってことなんだよ。」
「……思考方向が毎回バグってんだよお前は」
「でもさ、Think logically?」
「……なんだよ」
「魔法って、火も水も雷も、場合によっちゃ命すら生み出せるだろ?
それってさ――本来、Realm of the Godsの技術じゃん?それを魔法って言葉でラベリングして、まるでゲームのスキルみたいに扱ってる。
神の御業を一般化して、慣れさせてるみたいだ。」
「……まあ、そういう見方もできなくはないか。」
「で、俺ふと思ったんだよ。これってさ――UFOの都市伝説とsame patternなんじゃね?」
「なんの話だよ」
「昔からあるよな。Hide the truthってやつでさ、あえて映画やドラマで宇宙人バンバン出すっていう。
人類が本物に遭遇しても、『あーはいはいエイリアンね』って軽く流すように先に耐性つけてるって説」
「……ああ、ハリウッド陰謀論系のやつか」
「それそれ!魔法も同じようにさ、
神の技をただの魔法ってことにして特別感を無くしてる感じしない?」
「いや、しないな」
「そっか。でもさ、 現実世界で帰還者が火の玉とか出したら――
たぶん俺ら、普通にそれって見たことあるやつだって、普通に受け入れちゃいそうじゃん?」
「それはまあ、作品の影響で脳が勝手に補完するとは思うが……」
「つまり、人間が神の力を使うことを、pre-conditioning through fictionって可能性があるってこと」
「……でも結局、全部ラノベの中の話じゃん。」
「Sure. でもさ、What if、世界中に帰還者の実例があったとしたら?」
「……は?」
「帰還者って言葉こそなかったけど、昔からあるじゃん。spirited away。こういう造語は日本人が一番うまいと思うんだが。
日本だけじゃない。ケルト、スラヴ、インド、民話にいくらでもある。」
「それは伝承、フィクションの範囲だろ」
「でも、戻ってきた後の帰還者の変化とそれに対する対応って万国共通で、帰還者って、まともに受け入れられたケースがほぼないわけよ。
行方不明だった子どもが、数日後に突然帰ってきた。
でも、前とどこか違うって言われて、村八分にされた――そういう話が各地にある。
行方不明になった。しばらくして帰ってくる。
だけど、変わってるんだよ、そいつは。
話さなくなる、目を合わせなくなる、火を操るようになる――」
「最後のだけ、あからさまに浮いてるからな?」
「日本の記録だぞ? 日本人、なんでこういう記録もきっちり文献で残してるのかも気になるところだが。
ともかく 昭和初期の民間伝承、東北の山村の記録に出てくる。神隠しから帰ってきた子どもが指をさしただけで納屋がspontaneously combustedしたって話」」
「……それって比喩じゃなく?」
「ガチ。で、その子は山の神に触れたとか、火の神が宿ったとか言われて、村からexiledされた。
他にも明治時代の文献にある話だと、3日行方不明だった村の子どもが帰ってきたあと、川を渡る鳥に指を向けただけで、その鳥が落ちたって記録がある。村の古老が山のものに憑かれたって言って、その子はquarantinedされたって話だ。
つまり、異界に触れて帰ってきた人間は、人ならざる存在になるっていう、日本古来の観念があるんだよ。いわば、post-return anomalyってやつだな」
「オカルト民俗学寄りの話だな。昔の人が未知を恐れたってだけの話だろ」
「そうだとしたら、それってもうラノベの帰還者の設定とほぼ同じじゃね?
どこかへ消えて、異質な力を得て戻ってきた人間。
いままではそういう異質な力を持つ人間は、
元の場所に戻してはいけない存在として、歴史的に排除されてきたわけだ」
「それが今は、ラノベのテンプレ扱いか……」
「そう。昔はcurse、今はスキル。
火の玉も、ファイアボールに変わっただけ。
人外扱いされてた存在が、今じゃ主人公枠だぜ」
「で、そこに慣れてる我々は、現実で誰かがマジでそれやっても――?」
「ああ、受け入れちまう。あ、見たことあるやつだってな」
「……」
「つまり、過去は迫害、今は慣れ。
そのギャップを意図的に生んだSomeone――がいるとしたら?」
「なにそれ、神的存在ってこと?」
「あるいは、帰還者本人とかさ。
異界の力が現実で拒絶されないように、
先に物語で洗脳しておくっていうテンプレ展開よ」
「そんなもん、検証不能だろ」
「そのとおり。でも考察するだけならtotally freeだろ? 少なくとも、もしもの世界を想像できるのは、人間の特権だ」
「まあそうだけどな。」
「と、今日はここまでにしとくか。サンキューな、カズ。
マジで、こんな変な話につき合ってくれるの、お前くらいだよ。
じゃ、See you next time!」
そう言って、ダニエルは笑いながら通話を切った。
だから時差を考えろとまた言えなかった。 そして毎回、オチが投げっぱすぎる。
まさか、な。
俺は枕に顔をうずめた。
頭ではわかってる。
これはただの、ラノベの話。
フィクションだ。空想だ。そういうジャンルだ。
……だよな。
けど、眠れなかった。
スマホを手に取り、なんとなく動画アプリを開く。
履歴には、最近やたらおすすめに出てくるVTuberの切り抜きが並んでいた。
そういえば――と、ぼんやりした記憶を頼りに、スマホを片手に検索を始めた。
このVtuber、しばらく活動休止してたはずだ。
調べてみると、やはり一年近く沈黙していた時期がある。
それが復帰したとたん、どの配信も瞬時に10万再生超え。
発声、間の取り方、リアクション――一見すると普通。
でも、コメント欄では「泣いた」「なぜかわからないけど鳥肌が立った」みたいな反応が並んでいた。
なかには「サラ・ベルナール超え」とか書いてる奴までいた。誰だそれと調べてみたら、レストランでメニューを読み上げただけで客が総立ちで拍手したらしい。魅了魔法かよ、ってレベルだ。
他にもいた。
活動再開したばかりのボカロP。
過去作は全然伸びてなかったのに、久々に投稿された新曲だけが一気にミリオン突破。
しかも不可解なことに、歌詞は聞き取り不能なほどの高速で、滑舌も音程も完璧。
メロディラインは理屈では分解できない構造で、どこか正しくないのに心に残る。
解説動画では「これは人間のセンスじゃない」なんて言われていて、ファンの間では魔法の調教術って呼ばれてた。
さらに絵師。
無名時代のイラストは、正直よくある感じだった。
でも、活動再開直後に投稿された絵がPixivのトップ3を全部独占してて、
どれも「構図が刺さる」「説明できないのに目が離せない」という感想ばかり。
中でも初期に投稿された数枚には、面白い噂がついていた。
「見る人によって、題材が違って見える」
女の子が泣いている絵にしか見えないという人もいれば、
同じ画像を見て「これは笑ってる」と言う人もいた。
「どうやって、こんなもん作ってんだよ……」
そんな疑問が、自然と口をついて出た。
考えすぎだ。疲れてるだけだ。
何も起きてない。これはただの都市伝説の焼き直しだ。
……たぶん。
俺はスマホを伏せた。
それでも、目を閉じた部屋の天井が、どこか向こう側とつながっているような気がして、眠れなかった。
目を閉じたまま、ふと、ダニエルが言っていた言葉が頭をよぎった。
唯一、この世界で無から有を生んだ魔法――『ひかりあれ』。
……ラテン語じゃなくて、なんだっけ。
旧約の原語は……そう、ヘブライ語。
あいつ、確かどこかで言ってたな。たしか、原語では――
「……イェヒ・オール」
ぽそっと、言葉が漏れた。
口の中で転がすみたいに。
何の意味もない。ただの言葉遊びだ。
大丈夫。気のせい。偶然。たまたま。
これは、ただの空想の話だ。なにも起きない。
……そうであってほしい。