突然の入院
翌日。朝から大和の惚気話を聞かされることを覚悟していたのだが、朝のホームルームの時間になっても、大和は登校していなかった。
担任の細川先生から、連絡事項が伝えられる。大抵の日は「特に連絡事項はありません」の一言で終わるのだが、今日は違った。
「軽井君が昨夜から入院しています。残念ながら、しばらくは登校できないほどの容態だそうです。先生はこれから彼の入院先にお見舞いに行ってきます。午後には学校に帰ってこられると思います。今日の放課後に彼のお見舞いに行きたいという人がいたら、帰ってきた私か、もしくは学年主任の前澤先生に病院の場所を訊いてください」
耳を疑った。大和が入院? しかも当分は登校できないだって?
大和は小、中学校ともに皆勤賞だった。丈夫な体をした大和が急に入院だなんて、只事じゃない。何かの事件や事故に巻き込まれたのか? 強盗? 交通事故?
ここでいくら考えても仕方がない。病院に行けば、入院することになった理由がはっきりするだろう。
昼休みに職員室へ行き、前澤先生に入院先を聞いた。細川先生がいたら、大和の容態について軽く話を聞こうと思っていたが、彼女はまだ病院から戻ってきていなかった。
体調不良とでも言って学校を早退し、病院に行くことも考えた。
だけど、やめておいた。
病院に向かう途中で細川先生とバッタリ会ったら、嘘をついたとバレてしまう。
それに前澤先生の話によると、大和の容態は安定していて、急いで見舞いに行こうとしなくても大丈夫だと言う。俺が随分と焦っていたから、落ち着かせようとしてくれたのだろう。
「なぜ軽井が昨日家庭科室にいたのか、柄透は何か知っているか?」
「家庭科室、ですか?」
「ああ。昨日は俺が戸締りの当番でな。夜の九時過ぎに、教室の鍵などを保管しているキーボックスを見たら、家庭科室の鍵だけ『使用中』の札が掛かっていたんだ――」
キーボックスから鍵を借りるときは、『使用中』の札をかける決まりになっていた。
「生徒の誰かが鍵を返し忘れて下校したんだろうと思ったが、念のためにと家庭科室まで行ってみた。そしたら鍵は開いていた。おやっと思って中を覗いて、照明を点けてみたら、軽井が床に倒れていたんだよ。意識を失った状態で――」
先生が照明を点けたってことは、それまで大和は、夜の真っ暗な家庭科室で意識を失っていたことになる。
意識を失った大和に、照明を消せるはずがない。
家庭科室には、他にも誰かがいた?
その人物は、意識を失った大和を放置し、家庭科室を去った?
いや、そうとも限らないか。陽が落ちる前に大和が家庭科室に入ったなら、室内はまだ明るかったはずだ。わざわざ照明を点けなかった可能性もある。
そもそも、どうして大和は家庭科室に足を運んだのだろう。
前澤先生の話は続いている。
「声をかけても目を覚まさないから、慌てて職員室に戻って、救急車を呼んだんだ。それから十分ぐらいで救急車が来て、そのまま病院へ運ばれていった。本当に、軽井の身に何があったんだか……」
前澤先生は随分と気を落としていた。以前から責任感の強そうな先生だと思っていたが、その印象は間違っていなかったみたいだ。
「すみません。昨日軽井君を最後に見たのは、帰りのホームルームの時が最後だったので、なぜ彼が家庭科室に行ったのかは――」
そこまで言って、ラブレターのことを思い出した。
「そう言えば、軽井君から、昨日の放課後は視聴覚室に行く予定があると聞いていました」
「視聴覚室か……。家庭科室と視聴覚室は場所が離れているし、関係はないだろうな」
家庭科室は特別棟三階の一番東側、視聴覚室は特別棟二階の一番西側にある。確かに離れている。
大和は昨日、ラブレターの差出人と視聴覚室で会ったはずだ。
その後、大和だけが家庭科室に向かった?
それとも、その彼女と一緒に家庭科室へ?
どちらだとしても、家庭科室に向かった理由が分からない。
放課後の家庭科室はどの部活も使っていないから、人気はなかっただろうが……。
今の時点で言える確かなことは、その差出人の彼女が、俺よりも後の時刻に大和の姿を目にしていることだ。ひょっとすると、彼女は何かを知っているかもしれない。
それにしても、容態が安定しているのに当面の間は入院する必要がある、という状況が上手く想像できない。大和は今どういう状態なのだろう。
前田先生に尋ねてみたが、「詳しくは分からない」と首を横に振った。
俺は前澤先生に礼を言って、職員室を出た。
それから午後の授業を受け、放課後になったので学校を出た。
西の空から灰色の雲が近づきつつある。直に雨が降るかもしれない。
足早に大和のいる病院へと向かった。




