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最終話 王子と魔術師

 天空をのぞむ高原の道。吹き渡る風には冬の呼び声が聞こえ、一面の草原は枯れてくすんでいる。高原を取りまく山並みは、まだ白い冠をいただいてはいない。じきに高原全体が白雪に覆われる。下界に降りる旅をするならば、急がねばならない。


 最後の旅の機を逃さずに、二頭の馬を並べて旅人が進んでいた。

 分厚い外套(がいとう)を着こんだ女と少年──御影と静湖(しずみ)であった。


 王国各地を視察して、新たな魔法の手がかりを探すため、たくさんの宮廷魔術師たちが旅に出されていた。二人はその一組として、聖妃である静湖の母、更紗(さらさ)の行方を追うという名目も与えられ、王都を旅立った。


 御影の胸元には、宮廷魔術師の証の銀の刺繍(ししゅう)。静湖の外套の下にのぞくのは〈流の祭司〉の印章が織りこまれたローブ。だが二人は、なんの魔法を使役する者でもない。例外はひと握りだった。


「灯りの石が役に立ってよかった」


 冷えた風の中、静湖が服の中から小石を取りだして暖を取る。


「魔法の多くは消えちゃったけど、道具にこめられていた〈(リュウ)〉の力はまだ残ってる。〈流〉が世界からなくなったわけじゃないんだよね、御影?」

「そうですね。〈流〉の力を魔力とでもとらえなおし、そこからまた魔法を組みあげる研究が、これから何十年と続くでしょう──私たちの生きている限り」


 御影は静湖と馬を並べ、穏やかに答える。

 静湖は言葉の末尾に気を取られ、顔を赤らめながら言った。


「ずっと一緒だよ、御影」

「ええ、もちろん。永遠(とわ)の果てまでお守りします、と言ったことはゆらぎませんよ」


 さらりと言ってのける御影に、静湖はますます赤面する。でも、と心の内に反論する思いがわきあがる。以前の静湖ならば、考えもしなかった思いが。


 静湖は声を強くして訴える。


「守ってくれるばかりじゃなくていいんだ、御影。僕も御影を守るから」

「静湖……、それならば」


 御影は瞳を揺らし、晴天をあおいだ。


「私の夢は、静湖がこれから大人になってそれからも(とし)を重ねていくのを、ずっと隣で見つめること──いえ、見つめるだけじゃなく、手と手を取りあって笑っていることかな」


 え、あ、と静湖はしどろもどろになり、御影を見てまた目をそらす。


 馬上でなければ、思わず抱きついていたに違いない。


 でももしかしたら、御影も抱きつきたいほどの気持ちを、今の言葉に表してくれたのかも……、静湖は深く息を吸って言う。


「僕の夢は、御影と一緒にいっぱい世界を旅して、景色や音楽やかけがえのないものをたくさん見ること」


 ひとつひとつの言葉を大切に口にしてから、あ、と静湖は冷静になる。

 かけがえのないもの。それは楽しいものや心満たされるものとは限らない。


 静湖たちの旅の名目の一は各地の視察。魔法の多くが消えたことで、産業は壊滅に近い打撃を受けた。それに加え、体内の〈流〉の変化によるものか、人々の食への欲求が高まり、暮らしには変化が現れている。貧困と死の足音が、冬の到来とともに聞こえていた。新たな魔法が確認されているという噂もあるが、情報は交錯(こうさく)している。


 王国の未来は、明るくはない。

 それでも暗いと言いきるには、まだ姿が見えない。


「旅先でなにを見ても、僕は、受け止める。これから御影と生きていく世界がどんなものになっても、僕は、力を尽くす。それが僕の夢」


 静湖は前を向いた。

 真剣な声で言いきると、御影が慈愛と精気に満ちた笑みで優しくうなずいた。


「夢の道を歩みにいきましょう、静湖」

「うん、幸せな旅をしようね、御影」


 静湖は晴れやかに顔をあげ、行く手の空を見る。どこかで聴いた音楽がふっと心に浮かび、上空に二筋の雲がからまりあって翔けていった。


「天狼だ……!」


 静湖と御影は顔を見合わせ、馬を走らせた。


 二人の旅路には、あまたの出会いと再会が響きあうのを待ち、命の楽器を構えている。広い世界には、至るところ音楽のかけらが、組みあげられ新たな流れになるのを待ち、大自然を呼吸している。




 かつて、魔法の真髄は〈(リュウ)〉と呼ばれていた。

 歌うことが、奏でることが、〈流〉をこの世に()びこんだ。

 その魔法の源の正体は、すべてを生きる命ともいわれた。

 遠き追憶の曲、魔法が交響によって動いていた頃の物語。




〈終曲おわり〉






『魔法使いの恋歌 〜波空国交響譚〜』 完

 続刊構想中

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