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第85話 月と星

 それからひと月あまり。

 すっかり氷雪の消えた王宮の奥の院で、国王天海(あまみ)と奥の宮──御影(みかげ)は対峙していた。


 奥の院付きの侍女たちにはすでに暇が出され、建物は冬のはじめの空気の中、がらんとしている。御影の姿は青年魔術師であった時分と、麗しの君と呼ばれこの院の(あるじ)であった時分のはざまを移ろうようなものだが、見とがめる者もない。


 天海と御影はバルコニーに並んで王宮の本殿を眺めながら、言葉少なに語らっていた。


更紗(さらさ)に会ったよ」


 唐突に天海は、聖妃の名を口にした。


「あの騒動のさなかですか」


 御影が静かに訊き返すと、天海は目を落とした。


「それもあるが、昨晩だ」


 御影ははっとして伴侶の男を見つめる。天海はささやくように言った。


「聖妃として波空国の〈(ソラ)〉を守る、と一方的に約束して、消えたよ」


 御影は彼の姿をじっと見て、再び口を開いた。


「朔夜様が〈宙〉からお戻りになられた例もあります。それから……私も。更紗様はこの世界に戻ってくるおつもりがあるのでは」

「……そうだな、彼女がこの地を踏むことがあるかもしれない」


 天海はやっと顔をあげ、御影のほうを向いた。


 二人は互いを見つめ、ふっと幼い頃のように笑いあった。かつてはいたずら好きの少年であった波空の王は、晴れ晴れと言った。


「では、探しにいこうか、この国の聖妃様を」


 子どもの頃のようにはにかんで、はい、と答えた波空の正妃は、うしろ手に持っていた黒塗りの箱を王に差しだした。


「こちらはお返しします。私が、あなたが、先に進むために」


 天海は御影の手から箱を受け取り、(ふた)を開けて中をあらためると、微笑みを返した。


「重い荷物だったな。今まで持ってくれたこと、感謝する」

「いえ、こちらこそ、感謝とともに」


 その言葉を最後にして、御影は奥の院を退出しようとし、ふと扉の近くで足を止めた。そっと天海の様子をうかがって、問いを口にする。


「あなたはやはり更紗様を想っているのでしょう?」


 天海は答えない。御影はひとりごとのようにこぼす。


「お互い、届かないものに恋をしてしまった──月や星に惹かれるみたいに」


 ややあって、天海が答えた。


「だが月が星に恋したならば、届かないからといってあきらめはすまい」


 御影は彼に微笑みかけ、今度こそ奥の院をあとにした。



 残された天海は改めて箱を開き、納められた正妃の冠を見つめる。


 散りばめられた銀の宝玉たちは、やはり彼女の額の上にあってこそ美しかった、と天海は蓋を閉じ──。


「振られた……!」


 大きく叫んで、ひとり晴れた空をあおいだ。目尻にこぼれた雫を振り払いもせず、思いきり笑った。



 そののち、国王天海と正妃奥の宮が離婚した、奥の宮は故郷に帰った、という報せが王宮を駆けめぐった。


 と同時に、天海は行方知れずになっている聖妃更紗の捜索に熱をあげ、宮廷魔術師を旅に出すらしい、という噂も。


 王宮のあちらこちらで、人々が噂話に興じていた。

 ──その旅には()()()も同行なさるのだとか、なになに……。


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