表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/87

第84話 天狼の旅立ち

 天流(あまる)地方、しとしとと雨の降る秋の朝。

 聖湖(せいこ)の湖畔に浮かんだ船の甲板の上、硝子張りの喫茶店では。


「すべての〈(リュウ)〉が消えた、なぁ……」


 テーブル席に座った店主の(がい)は、新聞を開き見出しを口にしていた。カウンタ席では、常連客の(すい)が朝からカクテルをあおぎ、虚ろな目をさまよわせている。店内の唯一の客だ。


 鎧は新聞をたたむ。


「魔法は使えなくなって、いろんな物が動かせなくなって。それに加え、世界のあちこちで景色が変わってるんだと。たくさんの行方不明者は、少しずつ気まぐれに帰ってきてるそうだが。まぁ、あんな怪異が消えただけありがたいか──聞いてんのかぁ、彗?」

(あかり)……」


 彗がぽつりと主人の名をつぶやくのを、厨房の(せん)は聞き逃さなかった。彗はもともと灯の持ち物の弦楽器の生まれだ。灯の最後の決断を(じゅん)から聞かされた喫茶の面々の中でも、彗は誰にもまして落ちこみを隠さなかった。


 扇はカウンタ越しに彗の手のカクテルを取りあげ、はちみつ茶を押しつける。彗は素直に受けとり、なにも考えていないかのようにすすった。


 それを見た扇は、ゆっくりと言葉をかける。


「よければ灯さんの話を聞かせてもらえませんか。灯さんの武勇伝を」

「灯の武勇伝? ありすぎて困っちまいまさぁ」


 彗ははちみつ茶に目を落とす。


「そうだな、春に王都に行って、しずちゃんとはじめて会ったときには」


 彗が語りだしたとき、硝子窓の向こうを見た扇ははっと固まった。

 しゃららん、と喫茶の入り口の銀鈴が鳴り、真っ赤な衣の人物が、雨にぬれた雫をしたたらせながら入ってくる。


「誰の話をしている」


 振り向いた彗はぽかんと口を開き、椅子から転げ落ちた。


「あああ、灯……!」

「そんな無様な出迎えがあるか、彗」


 暴言を吐きながら、皆のもとへ歩いてくる魔女、灯。

 床に転げたままの彗が裏返った声をあげる。


「どうして! 〈流〉は消えたんじゃあ」


 灯はテーブル席にどっかと腰をおろし、不機嫌な顔でつぶやいた。


「また〈(ヒト)〉の姿に封じられてしまった。長く〈人〉でいすぎたな」


 と、甲板の向こうの船倉から、大荷物を背負った少年が急いで走ってくる姿が、店の外に見えた。准であった。


 准は入り口の扉を開きながら、勢いこんで叫んだ。


「今、灯さんがいたような気が──」

「おう、准! 灯さんだよ」


 鎧に声をかけられ、准は大きく目を見開き、灯に駆けよった。


「灯さん、無事だったんですね……! でもどうして」

「ああうるさい! 同じことを二度言わせるつもりかっ」

「また〈人〉に封じられちまったんですと」


 立ちあがり口笛を吹くかのように言う彗に、灯がつかみかかる。


「おい、それは私の一番の秘密だ。言いふらしたらどうなるか──」

「どうなるっていうんです? あなただって魔法はもう使えんのでしょう?」


 灯が黙りこむ。そこに扇が割って入り、テーブルの上に料理を並べた。


「朝ごはん、できましたよ」


 皆がわぁ、と料理にむらがった。


 喫茶では近頃、腹が減ってかなわない、と大ぶりの料理が日に何度も注文される。扇はすっかり料理人としての腕をあげていた。今も皿には、卵や野菜を挟んだ自家製のパンが彩り豊かに並ぶ。


 皆はわいわいと再会を祝しあった。


 宴ののち、一同は雨あがりの甲板に出た──准の旅立ちを見送るためだ。

 行くんだな、と鎧が准の頭をぽんぽんと優しく打つ。


「いつでも帰ってこい。ひとっ飛びだろ?」

「うん。でも、成果があがってからね」


 准ははにかみ、皆を見回した。


「がんばるといい。おまえの道だ」


 灯がぐっとこぶしを突きだす。准はこぶしを突きあてて応じる。


「じゃあ、行ってきます!」


 天狼に姿を変えた准は、遥かな高みへ、修行の旅へと翔けだした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ