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第83話 王国の未来

 国王謁見(えっけん)の間に倒れていた、王子静湖(しずみ)の世話係の日和(ひより)は、たくさんの人々とともに目を覚ました。衛兵や同僚の給仕たちが、次々と重たい眠りから覚め、妖精に惑わされたように周囲を見回している。


 すぐそばでは、王女望夢(のぞむ)の世話係である、日和の姉の日蔭(ひかげ)が起きあがっていた。日和は姉に声をかけた。


「姉さん、私たち、どうしてこんなところに……なにか覚えています?」


 日蔭はあたりに目をやってのんびりと答えた。


「外は大雪みたいだけど、いつのまに冬になったのかしら?」

「それもあるし、私たちずっと眠っていたようだし、なにがあったのか」


 まくしたてた日和は、玉座のある壇上をあおいで目が釘づけになった。


「姉さん」

「どうしたの」

「あそこに、朔夜(さくや)様が」


 壇上では、長らく行方知れずであった王族の朔夜が、事情を尋ねに押し寄せる人々に向きあっていた──在りし日のままの姿で。


 日和と日蔭は、驚きに言葉をなくす。


 だが二人が本当に驚くのは、謁見の間を出て氷雪に呑まれた城を目の当たりにし、国王から王宮の皆への臨時の伝達を聞き、夜になってそれぞれの仕える王子や王女から、夏から秋にかけての()()()()()を聞かされたときだった。



 同日、王都の街では。


 誰もいない夜明けの往来に、影の人々が、去っていく夜から取り残されたかのように現れる。人々は、なにも気づかずに日々の暮らしに帰っていく。その姿が朝陽に染められ、実体を取り戻していった。


 朝陽はまた、街中の雪をやんわりと溶かしはじめる。


 結良(ゆうら)は立ちつくして、影絵の都の終焉(しゅうえん)を眺める。


「ああ、私は、皆は──〈(ヒト)〉に還るのか」


 色彩と重みを取り戻した手を握っては開き、結良は唖然(あぜん)とする。


「〈(リュウ)〉の力がない……」


 魔法を失った魔術師は、ただの人として、いにしえから変わらぬ太陽を見あげ、雪溶けにきらめく街を目に焼きつけた。



「──表の世界からは〈流〉が消えた。王都の〈流の炉〉に頼っていた汎用魔法はもとより、魔術師もほぼすべての術が使えなくなった。〈流〉の動力を用いていた器械も動きを止めた。すでに〈流〉の力をこめて作られた魔法の道具だけが、かろうじて機能している。新たな魔法の発見や研究が急がれる──めでたしめでたし」


 深夜の国王謁見の間で、斑葉(いさは)が手にしていた分厚い本を閉じた。


 望夢は玉座の前で、彼に向きあっていた。この場には二人きり。しんとした広間に、望夢の声は響く。


「それで、私の今世の寿命は尽きたのでしょう?」


 斑葉はうっすらとした笑いを浮かべ、答えない。望夢は続けた。


「波空創建の王女の記憶によれば、命を使い果たした〈月の王女〉は時の果てへ、未来へ帰されるのだといいます。それは次の命に生まれ変わるということでしょうか? 私も未来へ帰るのですか?」


 望夢の手は、小さく震えていた。

 その手を斑葉が優しく取り、臣下の礼の形でひざをついた。


「世界は生まれ変わり、膨大(ぼうだい)な〈流〉の力が流れこみました。この道化師、浴びるほど〈流〉の力をもらいましてございます。一部を王女殿下に献上しましょう。王女殿下が、この時代にあと百年は生きられますように」

「そんな」


 大きく目を見開いた望夢の前に、斑葉は立ちあがる。


「僕の使命はこの国の行く末を見届けること。時にはちょっかいも出しながらね。あなたにはまだ働いてもらわないと」

「ありがとう」


 望夢の言葉を聞き届け、斑葉はふふん、と笑う。

 そして手にした本の表紙をなぞりながら、ひとりごとのように言った。


「〈波空国交響譚〉。今回の〈流災〉も、この道化が記録させてもらったよ。初代王女との約束、破るわけにはいかないからね──さて、そろそろ玉座の中に引きこもらなくちゃ」


 斑葉の手の中で、本が鎌に形を変えていく。

 それが玉座へと横なぎに振るわれたかと思うや、彼の姿はかき消えていた。


 望夢はひとり、静まった広間を見つめる。硝子窓から、優しい夜の光が差している。


 ──いつか私が王になったとき、この国はどんな色をして、どんな音楽が響いているだろう。


 未来の女王は月と星の明かりの向こうに、確かな明日(あす)を感じた。


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