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第81話 宙の夢、流の曲 3

 静湖(しずみ)白流(しろる)を守る殻を、こんこん、と何度か叩いた。


「白流、白流。僕だよ」


 殻の中で、ゆっくりと白流が顔をあげた。眠たげな瞳で、静湖を認める。


「……青流(あおる)? いや、静湖……」


 その瞳がみるみる泣きそうにゆがめられていく。白流は吐きだすように言った。


「〈(リュウ)〉だけの国を、理想郷を創ろうって思ってた……なのに、黄金流(きんる)に言われた。それは破壊だって。僕のやろうとしていたことは、僕の音楽は、負のものに成り果ててるって」


 白流はその言葉に深く傷ついたのだ、とうかがえた。


 他の誰が同じことを言っても、白流は取りあわなかったかもしれない。だが黄金流に断罪されたことで、白流は自らの行ないの非を認めざるを得ないほど傷つき、ここで卵にこもっていたのだろう。どれだけ泣いたのか、泣きはらした素直な瞳は、黄金流の言うように幼いのだ、と静湖は知った。


 静湖は白流を守る殻に両手をつき、ゆっくりと声をかけた。


「君は、僕や王国の将来を、真剣に考えてくれたんだよね。それをこんな形で無理やり引き起こしたのは、僕たちが君の考えを認めず、話しあいもしなかったからでしょう。君は周りに、そして僕に、認められなくて悔しくて怒っていたんだよね」


 白流は殻の中で、抱いた(ひざ)に顔をうずめた。


「悔しさや怒りじゃない。ただやるせなくて」


 見守っていた黄金流が、上から口を挟む。


「白流。君は本当に、世界を再編したかったのか? 君の真のゆずれない思いは、別のところにあったのではないか?」


 白流は勢いよく顔をあげ、黄金流をにらんだ。


「そんなことない! 世界を再編して、青流とともに王になって──」


 そこまで叫び、白流は静湖を見て、あ……、と気まずそうにうつむいた。


「青流は、静湖は、そんなこと望まないって言ったよね。僕はやっぱり、ひとりよがりだったのかな……」


 静湖は大きく両手を広げ、白流を守る大きな卵のようなものを、ぎゅ、と抱いた。白流はその中でぽつりぽつりと語った。


「僕の真のゆずれない思いがあるとしたら……僕は、静湖が王宮でかごの鳥にされて、利用されて殺されそうになっているのをどうにかしたくて……」


 白流、と静湖は呼びかけ、大切に言葉をつむいだ。


「君は僕を助けにきてくれたんだね。君に会えて、僕はよかった」


 白流は顔をあげ、透明な殻越しに静湖と目を合わせる。

 そして澄みきった瞳で言った。


「ああ、そうだ──僕は青流が好きだ。心から」


 その途端、ぱきん、と音が立ち、白流の瞳の上で殻が割れた。


 殻はぱきぱきと軽快に崩れおち、砂塵のように砕け散った。白流がすとん、と地に降りたち、静湖と目線を合わせた。


 静湖は目を瞬き、白流を見つめた。


「白流」


 それ以上は言えなかった。簡単に返せる言葉は、なかった。


 白流は抱えてきた思いを吐露するように語った。


「僕は青流が好きだった。でも青流が、静湖、君に生まれてからの日々を見てきて、君は御影こそが好きなんだ、ってわかった。それなのに君が御影の手の中で、命すら(もてあそ)ばれてると思えて、僕はなんとかしたくて世界を壊そうとした。それってさ──嫉妬(しっと)だったんだね。御影はちゃんと君のことを大切にしてた。だからずっとやるせないんだ」


 それを認めて口にした白流の心は、静湖には測りしれなかった。

 静湖は思わず顔をゆがめていた。


「白流、君は……本当に、僕のこと」


 静湖の途切れた言葉の先に、白流の言葉が優しくかぶせられた。


「君となら悠久を生きられると思った」


 白流はにっ、と笑った。


「それが僕の本心」


 言いきった白流が、淡く輝いていく。この上なく優しい音楽が向かいきて、静湖の心を真白く染めた。淡い新雪のように、月を霞ませる雲のように、柔らかな調べ。それこそが白流の心だ、と感じられた。


「それはもはや僕がひとりの〈(ヒト)〉として、ひとりの〈人〉である君を愛してる、ってこと」


 静湖はただ静かに告白を受けとめた。

 相手の言葉を、思いを、音楽を、心に焼きつけたかった。


 だけど、と白流ははにかんで目を伏せ、ややあって吹っ切るように勢いよくうしろを向いた。


「ほら、君の想い人がそこにいるよ」


 静湖は、え、と振り向く。


 銀の風が駆けた。


 階段の向こうの世界一面に、こぼれる星々を宿した夜空が広がっていた。透明な夜の気の中に、銀の音楽が響いた。その音楽の色のように輝く黒髪をなびかせた魔術師が、ゆっくりと階段を踏んであがってくる。


 静湖は驚きに立ちつくす。ずっと昔から知っていたその音楽、その輝き、その色彩。


 御影──、いや──。


「あなたの名は……、銀流(ぎんる)……」

「静湖様。いえ、青流」


 銀の音楽は、青の音楽をそっと呼んだ。天の河を宿したような彼女の瞳の中に、静湖はすべてを思いだした。はじまりのときから今までの、旅のすべてを。


「あなたは〈銀流(ギンル)〉だったんだね……、御影」


 数えきれぬほど口にした名を、静湖は大切に呼びかける。静湖の言葉に、御影が満ちたりたようにうなずいた。


 風が吹きわたり、その場に集った者の音楽が鳴り渡った。


 白の音楽と黄金の音楽は、向きあう静湖と御影を見て微笑んだ。白の音楽が、とん、と静湖の背中を押す。銀流のもとへ行っておいで、というように。はっと振り向けば、神座の上で、白と黄金の音楽は融和し、一羽の(おおとり)となって天上へ飛翔した。


 鳳は、白流と黄金流がひとつの流れとなって生まれ変わった、白金の音楽だった。


 白金の調べは静湖と御影をなぜ、鳳の声が響いた。


〝今、〈流〉と〈人〉の世界はほころび、〈流〉は原初の混沌に溶けあい、〈人〉の世界は荒れ果ててしまった〟


 階段の下に、ざぁと風が渦巻いて、景色が現れる。

 上空から一望した、波空の大地だった。


 中央には大きな湖があり、北には山脈が、南には森が、そして各地に、街や砂漠や丘が広がっている。その至るところが〈(ソラ)〉の侵食で、傷を受けていた。


 鳳は波空の大地の上空を舞いながら、声を響かせ続けた。


〝傷ついた世界は、そのまま今まで通りのものに蘇らせることはできない。青流、君たちが響き渡ったとしても〟

「そんな、それじゃあ」


 静湖が天空へ向けて叫ぶと、鳳は語った。


〝だが崩壊は定めだったとも言える。二つの世界の在り方は限界だった。〈流〉から見た〈人〉の世界とは、ほんのひととき生まれ落ちる場にすぎず、いざ生まれてしまえばすべてを忘れてしまう修行の場のようなところだった。〈人〉から見た〈流〉は、とらえどころがないと感じられ、誰もが〈流〉の正体もわからずに、魔法の力として使役してきた。それは〈流〉と〈人〉がわかたれていった歴史と言えなくもない。ならば今回のことは、必然の流れの中で起きたのだ〟


 その声は確かに、白流と黄金流の思想をあわせ持っているように感じられた。


「なにかお考えがあるのですね」


 御影が応じると、鳳の声は大きく響いた。


〝すべての〈流〉よ、提案がある〟


 声は一面の世界を震わせた。


 すると波空の大地の周りの波間から、木々や花々、鳥や魚、獣や鉱石が浮きあがるように現れた。彼らは波空の大地を取り囲み、音楽を命とする〈流〉だった。そしてまた静湖と御影も、そこに集った〈流〉の仲間に他ならなかった。


 皆の上に、鳳が舞った。


〝これから、〈人〉と〈流〉の世界をわかとうと思う〟


 おぉぉ、とあたりから声があがる。鳳は続けた。


〝〈人〉の世に生まれた〈流〉は〈人〉とする。そして〈人〉は魔法の(ことわり)を、自らの手で今一度編みあげ、独り立ちした文明を築いていってほしい〟


 静湖は目を瞬く。〈流〉の力頼みではない文明。厳しい道のりであるかもしれない。だがそれは〈人〉を生みだした〈流〉の王からの祝福でもあるようだ……、静湖がうなずくと鳳の声は続いた。


〝一方で〈流〉は音楽に宿る純粋な意識として、世界のどこをも理想郷として旅をしよう。銀河の果てまでも〈宙〉を拡げて……〟


 おおぉぉ、と〈流〉たちの声が響く。

 鳳は大きく弧を描いて舞い、眼下の大地に白金の輝きを降らせた。


〝世界の生まれ変わり。その門出を皆で祝い、皆で世界を新たにしよう。すべての〈流〉よ、音を響かせよ──かの創世のように!〟


 波空の大地に向け、周りの〈流〉たちから音の大波が打ちよせ、演奏がはじまった。

 大地を揺らすその音楽は、新たに生まれ変わる世界への言祝(ことほ)ぎの交響曲だった。


 静湖と御影もまた、高鳴る流れに呑まれる。心の奥に宿されていた音楽があふれて体を包み、全身全霊が演奏に参加する。


 音楽の中で息をする二人のもとに、鳳が流れこんで告げた。


〝さぁ、今こそ響き渡ってほしい。生まれ変わる世界の(かなめ)として。二つの世界、二つの命の形をつなぐ者として。傷ついた世界の境に、新たな道を敷いてほしい。この創世の日に!〟


 鳳は流星のように白金の尾を引きながら、静湖の内から静湖の音楽を盛りあげ、あたりに流れるすべての音楽につないだ。たくさんの音楽、たくさんの命と、〈己そのものの音楽〉が──静湖の中の〈流〉が織りあわされる。


 と、銀の旋律が優しくからまった。

 御影が静湖の手を取っていた。


「静湖様、一緒に」

「──うん!」


 心を広げ、流れに乗せて、歌うままに響かせる。


 二人は世界の境から、波空の大地に響き渡った。


 空と(うみ)を、森と国々を、傷ついてなお輝く世界を、かけがえのない森羅万象を愛している──思いはあふれた。


 音楽は限りない〈宙〉にしみこんで、どこまでも広がっていった。


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