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第7話 王都の街

「ああ、こちらにいらしたんですか」


 屋上庭園の池のほとりで、御影はやっと国王天海の姿を見つけた。


「先ほどの静湖(しずみ)様の授業で……」


 灯りの石が一気に輪唱し力を発揮したこと、それは静湖の秘める力に呼応したに違いないことを、御影は天海に報告する。


「それはすばらしい。ひとつ、今年の指揮者はあの子に任せるとしよう」

「指揮者? ひょっとして願いの木の?」


 そうだ、と天海はうなずく。

 さすがにそれは早いのでは、と御影が答える前に、(ほうき)を手にした日和が現れた。


「またそんなものを持って」


 天海はわざとらしくため息をついて声をかける。


「あら、私は給仕ですから」


 日和はうそぶくが、掃き掃除をしていたわけではない。

 彼女の肩書きは給仕長、箒を持って庭園に不審がないか目を光らせていたのだ。


「聞こえていましたよ。静湖様に願いの木の指揮を?」

「そうだ、どう思う」

「いいんじゃありませんか。王の遊興好きのお心も満たされますでしょう」


 天海にそう答えつつも、日和が静湖の成長を思って同意したことは明らかだった。日和は静湖の一番そばについている侍従なのだ。そして政権運営をになう大臣たちとは別に、王である天海とその幼なじみの御影とともに、腹を割って(まつりごと)を話す仲間でもある。


「そんなにすごかったのですか、静湖様の授業は」

「日和さん……、どこから聞いていたのです」

「いいから教えてくださいったら」


 御影は授業のことをはじめ、旅から帰って以来見てきた静湖の様子までもを語った。

 すごい、という言葉を何度も交えながら。




「すごいって言ってくれた……」


 静湖は、池の脇のあずま屋の裏で、息を殺して御影たちの会話を聞いていた。

 お気に入りの隠し通路に入ったところ、大人たちが話すのに行きあってしまったのである。


 御影たちがいなくなってから、静湖は池のほとりに出て、水面(みなも)を見つめた。

 自分の顔がゆらゆらと青く映っている。


「すごいんだ、御影から見ても」

〝そうだよ〟


 水面が、そう答えて歌いだした。静湖は驚いて池から離れる。心地よくもどこか魔的な旋律を歌いながら、水面の上に静湖の像が立ちあがった。静湖が圧倒される間に、虚像の青い髪は白く染まっていき、顔には静湖が浮かべることのない不敵な表情が現れる。


〝さぁ、一緒に〟

「──御影!」


 静湖はぎゅっと目をつぶる。


 はっと目を開いたとき、幻影と歌は消えていた。

 静湖は呆然とする。


「今の、もしかして、〈(リュウ)〉……?」


 日がかげってきて、静湖は庭園をあとにした。



 三度目の授業は、御影の「今日はこのあと城下の街に出ていただきます」という驚きの言葉ではじまった。


 二つの課題が示された。

 ひとつは、街で灯りの石を売る店を見つけ、握れる大きさの小石を両手いっぱいに仕入れてくること。もうひとつは、その間に街を見てまわり、この王都に流れている音楽の感想をまとめる、というものだった。


「わかりました。ちょっと緊張するけど、行ってくる」

「楽しんでいらしてください。学ぶことは、楽しくなくては」


 そんな言葉を交わし、昼過ぎに静湖は街に出た。


 街に続く橋までは御影が送ってくれた。静湖は星の装飾のついた帽子をまぶかにかぶり、新聞売りの少年のようないでたちで通りを歩いていく。


 ひとりで街を歩くのははじめてだった。とはいえ、日和をはじめとした侍従とは何度も商店や広場に通っている。灯りの石を売っている店があったことも思いだしていた。


 目抜き通りをそれた小路に、目指す店はあった。

 月に舞う魔女の看板がかかる魔法道具の店だ。


「あれ、ない……」


 棚を隅から隅まで見てまわったが、灯りの石は見当たらなかった。

 前に来たときは冬場で、暖を取るためのものとして売っていた、そんな気もする。


 店を出て途方に暮れながらも、静湖は落ちこみはしなかった。


「広場に行ってみよう」


 二つ目の課題があった。音楽の感想をまとめること。それには王都を散策して街角の音楽を聴くことだろう。音楽を探して歩くうち、灯りの石にも出会えるかも──街をはじめてひとり歩くという冒険が、心に火をともし、気づけば鼻歌を歌いそうになるほど楽しい。


 石畳の街に並ぶ家々は、色とりどりの三角屋根。

 淡い色あいの壁には幾何学紋様が描かれ、その上をつたやつる花が()っている。


 街のあちこちには水運のための運河が巡り、屋根つきの船が行き来していた。山上の都市でありながら、これだけの運河を(よう)するには、多大な〈流〉の力が使われている、と静湖も耳にしていた。


 舟乗りは唄い、家々の屋根の下からは鍵盤楽器やハモニカを練習する音がもれていた。街は明るく、聴こえている音楽が陽や風に溶けて、あたりを照らしうるおしているようにも感じられた。


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