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第78話 夜の戦い

 時は少し(さかのぼ)り、ここは王国南部、天流(あまる)地方の中核都市。

 日はすでに落ち、街角に並びたつ商店の灯りがこうこうと明るい。


 ひとつの店で、三人連れの客が商品を物色していた。通りに面した硝子窓には目玉商品が陳列され、店内は天井までずらりと商品が積みあげられている。それらは大小さまざまの木箱であった。その中には〈(リュウ)〉を詰めてある、と店頭には(うた)われている。


 そう、ここは〈流の箱〉を売る店だ。

 三人連れの客のうち、いかつい男が大きめの箱をにらんで言う。


「あの船を飛ばすにゃ、こんな小さい箱じゃ力不足じゃねぇか? もっとどーんとでかいのを探してるんだが……」


 洒落者(しゃれもの)めいた青年が、小箱を手にとってもて遊びながら答える。


「もう六軒も見てきたじゃないですか。そろそろなにか買って帰ることにして、試すべきじゃありませんか?」

「がらくたが増えるだけな気もしますが」


 三人目の客、給仕のいでたちの少女が、大人しげな容貌(ようぼう)によらず毒舌を吐く。

 いかつい男が少女に顔を向けた。


「たぁーっ! (せん)おまえ、信じてねぇな! (あかり)さんは言ったじゃないか、この動力源の箱があれば空飛ぶ船になるって」

「灯さんが言ったのは、動力がないので空は飛ばせない、です」


 少女扇は、淡々と相手の男、(がい)(さと)す。


「まぁまぁ、試すのは悪くないでしょ。こうしている間も、(じゅん)やしずちゃんは王都でがんばってんだ、俺たちも──」


 青年(すい)が軽やかに二人を取りなしたとき、かたかたと小さな音が店中に響いた。

 三人があたりを見回す間も、音は収まらない。扇が鋭く言った。


「箱の中が揺れています」

「なにぃ? 箱の中って、〈流〉か?」


 鎧が思わず箱から距離を取る。


「なんかやばいですぜ、出ましょう!」


 彗の一声で三人が店外へ駆けでると──店の一面の硝子窓が凄まじい音を立てて割れ、店内からこの世のものとは思えぬなにかが怪物の腕のように伸びた。銀色にぎらめく腕は、割れた窓も通りの石畳も、触れたものをすべて呑みこみ消し去っていく。


 それは地面や中空を伸びゆきながら、異空間の谷のように口を開き、場を侵食する怪異だった。裂けた場の向こうは、輝きを煮詰めたような銀色が満ち、(ことわり)が異なる世界が広がっていると一目でわかる。


 と同時に、音の嵐が吹きあれはじめた。聴いたこともない不穏な交響曲が、暴風とともに街中を包む。奇怪な動きの音階は、見えない刃となって彗たちの身を裂いていく。一瞬の痛みはあるが、傷にはならない。まるで音符が体をすりぬけていくかのように──。


「ななな、なんですこりゃあ!」


 すんでのところで怪異を避けた彗が、扇を背に守りながら逃げ道を探す。怪異の腕は店からほうぼうへ伸びて街を襲い、他方、通りの上空の街灯の周りにも異空間が大きく裂け、隣りあう商店からも裂け目が広がるのが見えた。


 夜の街を歩いていた人々が、駆けだしたり、行く手をふさがれて逃げ惑ったり、呆然と立ちつくしたりしながら、悲鳴や大声をあげている。そんな人々の上へも怪異は容赦なく襲いかかり、人を呑んだ。


 呑まれた者は、輝きの中に消えた。

 触れて逃げた者は、黒づくめの影になっていく。


「やべぇぞ!」

「逃げましょう!」


 大恐慌の街を、鎧と彗は、走るのが苦手な人形の扇の手を引き、しまいにはおぶって駆けまわった。


 その間、頭上では吹きあれていた音の嵐に、別の交響曲がぶつかり、音楽の断片が重なりあって、聴く者を壊しかねない不協和音を(とどろ)かせていた。そこにさらに新たな交響曲が吹いてきては戦いを挑む。いくつもの異なる交響曲が、風と風がぶつかるように、雲が交差するように、せめぎあって響いた。


「この響きは、緑流(みどる)さんでは……」


 彗におぶわれながら、扇が夜空を見あげてつぶやく。


「〈流〉たちの本気の演奏会ですかい、ご遠慮願いたいなぁ!」


 彗はそう答えつつ、目の前に開いた怪異の裂け目を飛び越して避けた。その先には、影になった者たちが亡霊のようにさまよい歩いていた。彗と扇は、影の一群に飛びこんでしまい、慌てて走りでる。体は無事であった。


「ひょえぇ……間一髪!」


 扇をおぶいなおした彗に、こっちだ、と鎧の声がかかる。


 どれくらい夢中で逃げ惑ったか──夜空で響く音楽の戦いがぱたりと止んだ。


「なんだぁ……?」

(いくさ)が終わったんですかね」


 路地裏に逃げこんでいた鎧と彗が、こわごわと通りに顔をのぞかせる。


 街はしんとして、怪物の爪痕(つめあと)は広がったそのままの形で動きを止め、風に吹かれていた。夜にまぎれて歩いていた影たちの姿もない。


 扇が通りに歩きでて立ちつくし、ぽつりと言った。


「なつかしい音楽が聴こえます……誰かが呼んでいる」


 その瞬間、扇の足元がまばゆく光り輝いた。


「今度はなんですかい!」

「扇の足が光ってるぞ!」


 彗と鎧が、扇の肩や手をつかんだ途端、光が弾け──三人の姿はその街から消え失せた。


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