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第75話 赤の決断

 やがて(あかり)が口を開いた。


黒流(くろる)緑流(みどる)は王国中に響き渡ったようだな──〈流の炉〉を扉として」

「灯さん……?」


 (じゅん)が灯の顔色をうかがう。敵視していた〈流の炉〉を認めるような口調を、静湖(しずみ)も意外に思いながら言葉の続きを待つ。


 灯は地の底を見通すように大穴を見おろした。そこには依然として、まばゆい輝きが渦巻いている。


「かつて朔夜はこの穴に落ちて〈(リュウ)〉となった。私の代わりに」


 悔いるように述懐する灯。その様子は普段の彼女のものではない。静湖が横顔をうかがっていると、灯はぽつりぽつりと言った。


「また〈流〉に戻れなくなってしまった。白流の力を浴びたせいだ……まったく、私は死に場所を失った〈流〉だよ」


 敗北を認めるような言葉をこぼした灯を、静湖と准はまじまじと見つめる。


「二十年前、朔夜ではなく私がこの穴に溶かされていたらどうなったか。今、黒流と緑流が望むとおりの力となったように、私も大いなる力となり、なにかを助けたのだろうか」


 弱気な灯の言い分に、准は納得がいかない、というように反論した。


「どうして今そんなことを。〈流の炉〉は悪行魔法だ、それを終わらせる、って灯さんは心に決めてきたんでしょう」


 灯は突然、髪をかきむしった。


「わからなくなったのだ。〈流の炉〉を終わらせるといいながら、私はこの二十年なにをしてきたというのだ。痛みをともなう破壊では、白流と変わりない。かといって黒流と緑流がこの穴に飛びこんだことは、炉の終焉にはつながらない。私はここにきて、やはりなにもできないのか? ただひとつこの身に誓った決意が、たとえ形を変えたとしても、私がそれを捨て去る理由にはならない──」


 息を吐ききるように語った灯は、大穴から目をあげて中空をにらんだ。


「灯、なにを考えているの……?」


 静湖が肩にそっと手を添えると、灯は強いまなざしを向けてきた。


「静湖。この穴に飛びこんだ黒流と緑流は、もとの人格を保ってはいまい。意味がわかるか?」


 静湖は、えっ、とあっけにとられた。


「もうあの緑流さんと黒流さんには会えないってこと?」


 灯は、おそらくな、と目を伏せた。


「〈流〉にとってすら、この装置は死の終着点。飛びこめば純粋な力に戻される。悪行でもあり、大いなる誘惑の兵器でもある」

「誘惑、ですか?」


 准がいぶかしげに問うと、灯は笑った。


「誘惑の死に場所だ」


 灯のその言葉に、静湖は不気味な予感を感じた。

 灯は両手を広げ、世界の様子を映す球たちを指し示した。


「見ていろ、今に黒流と緑流による調和の音楽は破られ、白流と黄金流(きんる)がひと暴れするだろう。そのときに赤流はのうのうと指をくわえて見ているのではなく、せめて最後の力となろう」


 灯はひらりと手すりに飛びのった。


 その意図を察した静湖は戦慄した。灯の足をつかもうと手を伸ばす。准は抱きついて止めようとする。だが静湖と准はあえなく灯に蹴散らされ、通路に転がされた。


 痛みをこらえて体を起こし、静湖は呼びかけた。


「灯、だめだよ! 見届けることだって立派なんだ!」

「そうです、あなたの戦いはこんな最後のためにあったんですか!」


 准も必死に叫ぶ。灯は二人を見おろし、淡々と言った。


「わかった風な口をきくな。〈流〉としての在り方を、おまえたちにしばられる気はないんでな」


 語る灯は、普段の自信にあふれた笑みを取り戻していた。堂々とした姿は、穴から噴きあがる逆光を浴びて輝く。これが自分の道だと、在り方だと──。


「私は世界を癒しにいくわけではない。この炉に巡り、終わらせるためにいく。見届けようじゃないか、〈流〉の死に場所のその先を」

「灯──!」


 静湖は叫ぶ。准も転んだまま手を伸ばす。灯はそんな二人にふっと笑いかけると、大穴に飛びこみ光の渦に消えた。


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