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第74話 黒と緑

〝聴こえたよ〟


 聞き覚えある声があたりに響いたかと思うと、静湖(しずみ)の視界の端に光が流れた。光の流れは見る間に、二つの龍になって静湖たちの上を駆けめぐった。


 黒き龍と緑の龍だった。(あかり)が声をあげる。


「〈黒流(クロル)〉に〈緑流(ミドル)〉! どうして」

〝この国の〈流の祭司〉に願われちゃ、放っておけないでしょう〟


 声とともに緑の龍がふっと降下し、姿が消えた。


 かと思うと通路の上に、ふわふわとした緑の髪の青年が微笑んで立っていた。天流丘(あまるのおか)で静湖と出会った湖の〈(リュウ)〉、足を失った御影を助けたという青年だった。


「緑流さん!」


 静湖は演奏の手を止め、その名を呼ぶ。御影も奏楽を続けながら、見開いた目を緑流に向け、目礼した。灯たちは、少し離れた場所から固唾(かたず)を呑んで見守っている。


 緑流はオルガンのもとへ歩みながら、あたりに浮かぶ球を、そこに映っている王国各地の景色を指し示した。


「こんな風に無理やり〈(ソラ)〉を裏返して世界をめちゃくちゃにするのは、見過ごせないからね」

〝然り〟


 緑流に続き、中空を舞っていた黒流が声を響かせる。雲海地方にて、朔夜の身柄を静湖たちの船に届けてくれた〈流〉だ。

 緑流は微笑みを潜めてうなずいた。


「〈流〉は死のときに〈宙〉に還る。強大なものはさながら星の最期のように、音楽を崩壊させながら周囲の〈宙〉を裏返して還っていく。でも〈宙〉が裏返るのは、音楽の崩壊によってできた傷を治めようとしてのこと。〈宙〉は本来、調和を望む世界なんだ」


 静湖は通路の下に今も広がり続ける〈宙〉の裂け目を見やった。とても傷を治めようとしているようには見えないが、だとすればいずれ侵食は止まるのだろうか。


 緑流は、でも、と大穴を見おろす。

 そこには依然、まばゆい光が噴きあがっている。


「白流と黄金流(きんる)は、いまだに自身の音楽を崩壊させ続け、世界を傷つける響きを放っている。黄金流にそんな意図はないだろうけれど、白流の意志だろう。意図的に、死のときの崩壊を放とうとした〈流〉など前例にない……しかも他の〈流〉である黄金流まで巻きこんで。だから世界は傷つき続け、〈宙〉は裏返ることをやめない」

「なにか方法があるんですか」


 静湖が問いかけると、緑流は朗らかに笑った。


「崩壊の音楽を弾き換えていたんでしょう、ならばそれを続けて。僕たちは、弾き換えられた音楽の上に、調和と優しさの音楽となって重なり、世界に流れようと思う──君たちが願ったように」


 緑流はひらりと通路から飛びおりて龍の姿となり、黒流とからまりあって飛翔した。

 黒流の深い声が響いた。


〝我らも白流と黄金流の混ざりあうその渦に巡り、混沌をただす力となろう。世界への願いを心の限りに歌え、〈流の祭司〉よ──いや、青流よ!〟


 黒流と緑流は螺旋を描きながら、凄まじい勢いで大穴へ降下していった。あっと思う間に、その姿は光の渦に消えていく。穴から噴きあがる光は、新たな二つの〈流〉を呑み、ますますふくれあがった。


 世界への願いを心の限りに歌え──黒流の言葉を受け、オルガンに改めて向きあった静湖は、あっ、と譜面台に目をとめた。


 流れる譜となっていた〈流〉の音楽が、形を変えていく。光の中に飛びこんだ緑流と黒流が、新たな響きを作りあげているようだった。譜面台には、何段にも構成された譜が展開し、未知の交響曲が表された。


 その曲が、光の噴きあがる大穴から、どっと鳴り響きはじめた。

 それまでは聴こえなかった〈流〉の音楽が、交響となって静湖たちを包む。


「……私たちも、弾き続けましょう」


 御影は壊れたオルガンに重ねていた幻の鍵盤をはがすように持ちあげて、体の周囲に巡らせた。御影の周りに、螺旋のピアノができあがる。


 そこから鍵盤の一部が飛びたって、静湖の前に、三日月型のハモニカを形づくった。

 静湖はハモニカを受けとり、譜面台に目を向けて、御影にうなずきかける。


「吹いてみよう!」


 御影は螺旋のピアノに指をすべらせ、静湖は月のハモニカに息を吹きこんだ。向かってくる交響曲の中で、二人は主演となり助演となり、時に自由に歌いながら、魔法の楽器を奏でていった。


 交響の中、世界の中心がここにあった。


 曲が高まり、旋律が、重奏が、弾ける()が最高潮に達したとき、譜面の上のすべての音符が、見たこともない記号に置き換わった。


 天上から、花の舞うように柔らかな光が降った。あたりを満たす交響曲が見せた光だった。曲はもはや奏楽の音だけに留まらず、きらめく風となって世界を駆けていた。


「わぁ……っ」


 二人は鍵盤から指を離し、周囲を見渡す。

 周囲に浮かんでいる球体に映る王国各地の情景が、変わっていった。


 すべての球の向こうで〈宙〉の裂け目に異変があった。口を開けていた異空間が、周りの黒々とした夜闇に呑まれていく。その場には緑の輝きを宿した風が吹き渡って、すでに〈宙〉に呑まれて実体を失っていたものたちの輪郭を輝かせ、その姿をもとのとおりに形どっていった。


 黒流と緑流の力に違いなかった。


 黒き力は夜に溶けこんで闇を操り、多くの裂け目をふさぎ、あるべき世界の姿を回復させていく。緑の力は風にのってきらめき、影の中から人やものや木々を浮かびあがらせていく。あまたの球の向こうで、恐慌状態だった各地の人々が、なにが起こったのかと天を見あげていた。


 その力は、静湖たちのもとへも至った。


 現れた黒と緑の力の正体は、調和と優しさに満ちた音楽だった。あたりに鳴っている〈流〉の交響曲に加わったさらなる響き。それは雄大な夜空の天体の歌を思わせた。黒き夜空に緑の天の河がこぼれるように流れる──その様を響かせながら、〈宙〉の裂け目を修復していく黒流と緑流の力。見る間に、大穴の(ふち)の床が再び現れ、反響装置が輪郭を取り戻した。


 世界が()()()()()……。


 静湖と御影がうなずきあうと、楽器が光となり消えていった。それでも〈流〉の交響曲は響き続ける。(じゅん)が顔を輝かせて通路を駆けてくる。そのうしろから、灯がよくやったという表情を浮かべて歩みくる。静湖は二人に駆けより、互いに顔を見合わせ、もとの姿に戻っていく世界を三人で並んで眺めた。


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