第72話 流の炉 2
「……父上、御影。それは、おかしいよ」
静湖がゆっくりと口にした言葉に、天海と御影がはっとし、白流もが真顔になった。
「青流、わかったのかい、君の周りの偽りが」
白流の言葉にそっと目で応じ、静湖は天海と御影に向けて語った。
「僕の中の〈青流〉を〈流の炉〉の力にできないか、そう話す人たちから、父上や御影は僕を守ってくれたのだと思う。でも、それはそもそもおかしな話だよ」
静湖は、旅の間に母から聞いた話や、御影の語ったことを思い返しながら語る。
〈流の炉〉に流れている〈流〉はもともと弱っていた。その〈流〉を生きながらえさせるためもあり〈流の炉〉に巡らせた。一方で、巡らせた〈流〉の力で、王都において誰もが簡単に魔法を使えるような仕組みを構築し、炉の力に頼る暮らしをしてきた──。
「僕には〈流の炉〉が〈流〉のための装置だとは思えない。新しい〈流〉を求めるのは、便利な暮らしを続けたいからでしょう?」
静湖は白流の前に立ち、天海と御影に対峙した。
「白流が怒って王都を襲うのは当然だ。白流の怒りは〈流〉たちの怒りの代弁だよ」
御影が、静湖様、と小さくつぶやいた。
天海は困惑したように口を閉ざした。
静湖は白流のほうを振り返る。白流は柱につかまって、よろけながらも立ちあがった。静湖の出方をうかがうように眉を寄せている。静湖はゆっくりと言葉をかけた。
「白流、君は僕の中を生きる青流の友達だったんでしょう。青流を助けようと、ここまでしてくれたんでしょう。青流とともに生きようと、〈流〉の理想郷をも考えたんでしょう。僕は今は〈人〉として生きていて、〈人〉が〈流〉に変えられてしまう世界には賛同できない。これから一緒に、〈人〉と〈流〉がともに生きる世界を考えられないかな」
「静湖の言うとおりだ」
声に振り向くと、天海が前に進みでた。
「〈流の炉〉の使用はやめにする」
白流がはっと目を見開く先で、天海はがばりと頭を下げた。
「私は国王として謝罪する、白き〈流〉よ。そして静湖よ。〈流の炉〉が〈流〉を搾取する装置であったことは否めない。これからは炉の力に頼らず、魔法を広く人々に教え、本来の魔法の使い方で生きるべきだ、と私は気づかされた」
王冠が地に落ち、乾いた音を立てて転がるのも気にせず、天海は言いきった。
「父上……」
静湖がつぶやいたとき、けたたましい笑い声が響いた。
「それは無理なんだよ、国王様……!」
白流がゆがんだ笑みを浮かべて、勢いよく片腕を突きあげたかと思うや、純白の閃光が弾け、凄まじい破壊音が炸裂した。白流を中心にして幾本もの白い雷が縦に走る。雷は反響装置や水路に落ち、そのうちのひとつは空中通路の踊り場のパイプオルガンを砕き散らした。
突然の白流の攻撃に、皆が唖然とする。
あたりが再び静まると、白流は息もたえだえに、真顔になって語った。
「〈流の炉〉は魔の装置だよ。流されている〈流〉は、炉を流れることで生きながらえている。確かに炉は〈流〉を助けている、それは真実さ。炉を止めた途端にその〈流〉は死に、王都に大規模な〈反転〉を起こすだろう。忘れてたのかい?」
天海が、それは、と言葉をこぼす中で、白流は続けた。
「とはいえ炉をこのまま動かしていても、いずれ〈流〉は弱りきって死ぬ。〈反転〉が起きることは避けられない。この王都に未来はないんだよ、わかったかい?」
誰もがあっけにとられ口をつぐんだ。沈黙ののち、准が口を開いた。
「それは最初から決まっていたことだっていうの……?」
白流は、ははは、と笑って答えた。
「〈流の炉〉に流れる〈流〉の名を知ってるかい──〈黄金流〉というんだ」
「〈黄金流〉」
はじめて聞く名を、静湖はつぶやく。白流は静かに語り続けた。
「僕たち〈流〉の王の中の王。僕の知る最大にして最高の〈流〉さ。その〈黄金流〉がかつて力尽きて〈反転〉とともに死のうとしたとき、王都の連中は〈流の炉〉に流して延命させる方策をとった。〈反転〉を先延ばしにしたんだ」
「それじゃあ……」
准が、灯の様子をうかがいながら口を挟む。灯が、重々しく口を開いた。
「そうだ。先延ばしにされた〈反転〉は、新たな〈流〉を流しこみ、〈黄金流〉のさらなる延命をすることでしか防ぐことができない。私からも言おう──〈流の炉〉は魔の装置だ」
白流が、そうだろ、と続きを語った。
「そんなものの上で、楽しく魔法が使えます、とはしゃいでいたなんて、愚かだったと思うだろ。危うい力を制御したつもりになって、ゆがんだ文明を続けて。死にかけた〈流〉の力だけ吸い取って。その上、青流の新しい命まで奪って使おうとした。気づくには遅すぎたよ、国王様。でももう争いはやめよう」
白流はふっと優しい微笑みを浮かべ、侵入を禁ずる縄を越えて、大穴の縁に立った。その足元の水路では、水流がしぶきをあげ、遥かな下方へと流れ落ちている。
「白流、君はいったいなにを」
とっさに走りよった静湖を、白流はどんと突き放した。
「青流。僕はね、君が言ってくれたように、ただ怒っていたわけじゃない。僕はこの世界に新たな未来を創りたい。すべての〈人〉を〈流〉という存在に還し、〈流〉と〈人〉とのわけへだたりない理想郷を創りたい」
「それは」
確信のもとに言う白流に、静湖は答える言葉を持たなかった。
「この〈流の炉〉の反響装置は、その気になれば大陸中に〈流〉を響き渡らせることができる。僕は〈黄金流〉とともに〈反転〉して響き渡るつもりだよ。青流、君がそのままの君で悠久を生きられる〈流〉の世界を──そのため僕はこの命を使う、さよなら!」
「白流!」
静湖の叫びを聞きながら、白流は目をつぶって儚げに微笑み、うしろに倒れこむように大穴に身を投げた。
「いけない──〈櫂覇〉、水路から出て皆を守れ!」
御影がとっさに、この炉に溶かしていると語った〈流〉の名を呼ぶ。海鳴りのような音楽がよぎりながら、静湖たちの周りに魔法の防壁を作っていった。
同時に、白流を呑みこんだ大穴から、まばゆい白光があふれかえった。
それに呼応するように、穴に流れこむ水が黄金色に輝いた。周囲の水路が金に染まっていき、反響装置にきらびやかな光を反射させる。金色の水は、大穴の光に呑まれて白色に変わっていく。その様は、白流と黄金の〈流〉の交流を感じさせた。
おおぉ……、となにものかがうなるような響きが大穴からわきあがった。
「皆、伏せて!」
──御影の叫びが一瞬遅ければ、静湖たちは放たれた衝撃波にやられていただろう。
静湖たちが地に伏せたとき、穴の底から、巨大な黄金の龍が立ち昇った。それを追うように、細身の純白の龍が現れ、螺旋を描くように黄金の龍にからみつく。
「〈黄金流〉……!」
天海の叫びが、静湖の耳元をかすめていく。
黄金と純白──二つの龍は、からまって白金に溶けあい、刹那、弾けた。
放たれた衝撃波は〈反転〉の響きを宿しながら、どこまでも王国の大地の下を駆けていった。
*




