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第71話 流の炉 1

〈流の炉〉への道はこちらです、と御影は城の一角の大きな円柱を前にして立ち止まった。御影が魔法の光をともした手で押すと、はめこまれていた扉が開け放たれた。柱の内部は氷結しておらず、暗がりの空洞の中、螺旋階段が地下へ続いていた。


 御影に先導され、静湖(しずみ)(じゅん)(あかり)とともに階段をくだっていく。御影が指先にともした光のもと、階段に皆の影が揺れて交差する。


 どれくらいをくだったか、いつしか周囲は開け、広大な地下空間が広がった。ごうごうと水音が反響している。御影が歩んでいくと、一気に照明が点灯した。


 石膏(せっこう)を固めたような銀灰色の地面がどこまでも広がっている。

 その上に、巨大な半球状の建造物が、いくつも建ち並んでいた。


「これは……」


 静湖は圧倒されながら建造物を見あげる。御影がそれらを指し示して言った。


「〈流の炉〉の反響装置です」


 反響装置だというドームは、円周上に七つ建っていた。壁面ははちみつを固めたような層が重なっており、内部になにがあるのかは知れない。七つの装置は、空中通路でつながれており、蜘蛛の巣が張っているように見えた。


 一方で地上には、七つの装置の間に水路が巡らされ、装置に囲まれた中央の大穴へ、水を流れこませていた。大穴は装置ひとつを呑みこむほどの大きさで、水が流れこむ様は瀑布のようだ。


〈流の炉〉は、王都中の運河や水路へと流れていく水に〈(リュウ)〉の力をこめる炉という話だった。あの大穴に集まった水に〈流〉の力が与えられ、地上に運ばれていくのだろうか、と静湖は目を見張る。


「そしてあれが〈流〉の制御装置です」


 御影は大穴の斜め上を指した。空中通路の踊り場に、パイプオルガンがすえつけられていた。上方へは無数のパイプが、脇へは配管や配線が伸びている。


「不思議な空間だね……」


 反響装置の間へと歩を進めていた准がつぶやく。静湖はその場から動くことができなかった。すべてが未知の文明のもののように感じられる。果てしない空間に照らしだされる巨人たちの神域。いや、これこそが地下から王都を支えてきた、波空国の技術そのもの──。


「ここに来るときはすべてを終わらせる、と誓っていたのだがな」


 振り向くと、灯が階段から踏みださぬまま、重々しく目を伏せていた。


〈流の炉〉を悪行魔法とし、終焉(しゅうえん)させたいと語ってきた灯。かつてこの炉に流しこまされたことがあるといい、復讐はお預けだ、という言葉もあったが、その胸中は測りしれない。静湖がなにも言えず見つめていると、灯は目をあげ、あごをしゃくった。


「先客がいるようだぞ」


 反響装置の奥から水路の間へと、ひとりの男が歩みでてきた。


「天海様!」


 御影が走りよる。国王天海が、そこにいた。


 天海は、御影や静湖の姿を認め、ふらふらと歩いてくる。静湖も父のほうへ歩みながらはっとした。逆光の中、父の顔は思いつめたように、泣きそうな瞳が揺れている。なんて顔をしているんだろう、と静湖は胸がしめつけられた。無事に再会できたことを喜ぶべきなのに、父の姿はまるで傷だらけの心をむきだしにしているかのようで、静湖は同い年の友人を心配するように父を案じてしまう。なにがあったのだろう──。


 そう思った矢先、静湖は思いがけず、駆けよってきた父に抱きしめられていた。


 天海の腕の中で、静湖は驚きに身を固くする。父からの抱擁など記憶にはない。王都の危機の中での再会だという以上の、ただならぬ気迫を感じた。


「静湖。こんなところへ来てはいけない」


 天海の腕に、強く力がこもる。


「私はおまえを守る。おまえに仇なすすべてから……」


 静湖は落ちついて父の温もりを感じることはできず、父上、と呼びかけた。


「父上、なんのお話ですか」

「──君を〈流の炉〉に適合させるって話だろ」


 水音を切り裂いて、冷涼な声が割って入った。


 声がした大穴のほうへ、御影が走りでて、天海と静湖をうしろに守る。そのさらに先へ、准と灯が駆けていき身構えた。


 大穴の周囲には立ち入りを禁ずる縄が張られ、水路の脇に、縄を引く小さな柱が立っている。その柱のもとで、華奢(きゃしゃ)な体がゆらりと立ちあがった。白流のようだった。


「天海様。子どもの姿をしていますが、あれが王都を襲った白き〈流〉です」


 御影が小声で告げる。天海は静湖を抱いて守りながら、険しく目を細めた。


「まさか、十年前にも襲い来た〈流〉か」

「父上、白流はすべての〈(ヒト)〉を〈流〉に反転させて、〈流〉だけの世界を創ろうと言っているんだ」


 静湖の訴えに、天海は目をしばたたく。


「それはなんとも、ごたいそうな敵だな」


 白流らしき人影は、柱につかまって立っていたが、やがてふらりとその場にくずおれた。様子がおかしい。静湖たちは顔を見合わせ、反響装置の脇を通り、一歩一歩、大穴へ近づいていった。


 その姿がはっきりと見えたとき、静湖は息を呑んだ。


 白流は床に座りこみ、からまりあった白髪がかかる肩を上下させ、ぜいぜいと荒い息をしていた。顔色は蒼白で、柱につかまってなんとか上体を起こしている。


「白流、君は」


 思わず声をかける静湖を制し、御影が言い放った。


「おかしいと思っていました。そもそも〈反転〉とは、消える間際の〈流〉が発する力。白流、あなたは()()()()()()のですね」


 はっ、と息を吐き、白流はあざ笑う。


「話を変えるなよ、御影に国王。おまえたちは僕の青流(あおる)を〈流の炉〉に流してしまおうって、王宮でずっと論じてた。青流が生まれてからこの方、青流を手元に置いて守るふりをしながら──青流、目を覚ませよ。君は殺されかけていたんだ!」


 静湖の体を冷たい震えが駆けた。


 静湖の中を生きる青き〈流〉。御影と父がそれを〈流の炉〉に? 白流の言うことだ、惑わされてはいけないと思いながら、真相を求める気持ちがわきあがるのを止められない。


 たたみかけるように、白流は大声をあげた。


「王宮のやつらはこの炉を永らえさせる〈流〉をずっと探してた。その切り札として君を囲ってた。それで僕はこんな国なんか壊れてしまえと思った! 青流、君をだまして殺すこんな国に、君を置いてはおけないと思った! だから──」

「それだけはさせない。私はそう誓って、別の方策を探る旅に出たのです」


 御影が前に進みでて、はっきりと言った。

 静湖は呆然と、御影の横顔を見つめた。


「……どういうこと? 白流の話は本当なの?」


 光海国(ひかるみこく)で一方的に聞かされた、静湖は(にえ)にされるため波空王宮に引きとられたのだという話。その真相が語られようとしている──緊張がふくれあがった。


 准ははらはらとした表情で、灯はむずかしく顔をゆがめ、静湖たちを見守っている。にらみあう白流と御影、天海の間に、静湖は挟まれていた。


 誰かが揺らせばなにかが崩れてしまいそうな空気の中、天海が口を開いた。


「私が話そう」


 天海は腕に守っていた静湖の体を離し、正面から向きあって語った。


「静湖の中に宿る〈青流〉を〈流の炉〉の力として使えないか。王宮でその話がくりかえされていたのは本当だ。それはすなわち、おまえの命を犠牲にすることだった」

「……そんな……」

「静湖、そんなことは認めない。おまえの耳に入れるつもりはなかった。だが」


 天海の言葉は途切れた。静湖の顔色に言葉を失ったかのように、父は立ちつくした。


 静湖は心の泉が凍っていくのを感じた。


 ずっと僕が大切にされてきたのは、温かく守ってもらったのは、贄として。自分を殺して王国の力にしようと考える者がすぐそばで笑っていて、父も御影もそんな者たちと渡りあっていたのだ。


 そうだ、僕は本物の波空国の王子ではない。王家の血など引いていない養子の王子だ。そんな僕が大切に扱われていた理由は〈青流〉であるからに他ならないのだ。


 そのことに、白流は怒ってくれている──。

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