第69話 王宮の人々
気がついたとき、静湖は皆とともに王宮の一角に立っていた。城の一階、吹き抜けの回廊だ。景色は変わり果て、よく知る場所とすぐにはわからなかった。回廊の脇の花壇や庭園は雪に埋もれて姿を消し、床や柱は氷結している。
街中よりも寒さを感じ、静湖は襟を合わせた。が、体が震えるのは気温のせいだけではあるまい。雪の回廊には夜の闇が這いより、人の姿は見当たらない。
「ここが王宮、しずの育った場所……」
准のつぶやきにも、おののきが感じられた。
回廊の片方は城の外へ続き、もう一方は国王謁見の間へと至るが、しんと静まりかえっている。だが御影と灯はなにかを察したように、謁見の間のほうへ険しいまなざしを向けた。
「人の気配がありますね」
「ああ、それも大勢だ」
静湖は驚く。王宮には誰もいないという話だった。先刻の広場のように、白流の配下が集っているのか、それとも……?
行ってみよう、と一同はうなずきあい、歩を進めた。
謁見の間の左右の壁は、硝子窓が並んでいる。窓から中の様子をうかがおうと、御影が皆を案内する。縦長の窓はすべて氷結していたが、御影が小さく歌って指先に炎をともし、窓の一角を溶かしていった。硝子の向こうが見えたとき、静湖は息を呑んだ。
謁見の間の広間には、たくさんの人々が折り重なり倒れていた。
夏の日の服装のまま、眠るように床に伏し、中には立ち姿の衛兵や、くずおれかけた姿勢の給仕もいる。皆、固く目を閉ざし、微動だにしない。
「あっ、朔夜さん……!」
静湖は声をあげる。倒れた人々の様子を確かめるように、立ち動いている人影があった。広場ではぐれた朔夜に違いなかった。他に動くものの姿はない。
「中へ急ぎましょう。玉座の脇の扉へご案内します」
御影が回廊のさらに奥へ進んでいく。王や側近のみが出入りするという小さな扉も凍りついていたが、御影は炎と水を踊らせて見る間に溶かし、重々しい錠を開け放った。
静湖たちは玉座のある壇上へ入っていった。
壇の下では、何百もの人々が倒れている。衛兵、給仕、料理人、大臣、幼い子どもまで──人々の間にいた朔夜が静湖たちに気づき、壇上へ向かってきた。
「皆、無事だったかい、よかった」
「朔夜さん、この人々は」
問いかけると同時に、静湖はあっと玉座に駆けよった。星の装飾が垂らされた国王の席に座っていたのは──。
「望夢!」
玉座には小さすぎる体で、桜色の髪の王女は寝息を立てていた。
朔夜が壇上への階段を登ってくる。
「望夢さんは疲れて眠っているだけだ。他の人々は〈反転〉の影響を受け、覚めない眠りの中にある。だが望夢さんが避難させていたので、体が影になるには至らなかったようだ」
准と灯が、朔夜と入れ違いに壇をおりていく。
倒れた人を助け起こしながら、准が深刻な面持ちで言った。
「でも、生きてる──こんな寒さの中に放っておくわけには」
「しょうがないな、部屋を暖めよう」
灯が広間の隅へ向けて手を伸ばした。立ち並ぶ柱のまわりに炎が渦をまき、橙色になった柱がかっかとあたりを照らした。
「皆を目覚めさせるには、白流をどうにかしないといけないのかな」
静湖がつぶやくと、朔夜が険しい顔で告げた。
「人々を避難先からこの場に喚び起こしたのは、つい先刻なんだ。だが国王の姿が見当たらない」
「父上がいない?」
静湖と顔を見合わせた御影が、朔夜のもとへ進みでた。
「我々は〈流の炉〉へ向かうところです。天海様のことは捜してみます、白流に連れ去られたのかもしれない。朔夜様は引き続き、この場の者たちを守っていただけますか」
わかった、と朔夜がうなずく。
「静湖様、急ぎ〈流の炉〉へ向かいましょう」
御影に急かされ、静湖は准、灯とともに謁見の間をあとにした。
*
静湖たちを見送ってから、朔夜は玉座の横に座りこんだ。
「少し、力を奪われすぎたかな」
小さくつぶやき、玉座に眠る望夢の顔を見あげる。
「でも、王女様もがんばったんだから……」
王宮の皆を眠りから覚まし、街の人々を影の姿から戻すには、白流を倒したり封じたりするのではなく、説得して再び力を使わせる必要があるかもしれなかった。それができるのは、白流がしきりに干渉してきた人物──。
「静湖くん、頼んだよ」
朔夜は玉座に身をもたせ、目を閉じた。
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