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第6話 歌う石

 御影が旅から帰った祝いにと、ささやかな昼餉(ひるげ)が催された。


 波空王宮では食事の宴は稀である。王宮の人々は、日々の活力として〈(リュウ)〉の力がこめられた飴や茶、酒とつまみを主な食事としている。が、その日の食卓には、軽食とはいえ選りすぐりの食材の料理がきらびやかに並べられた。


「わぁっ」


 食卓の席で、並んでいく皿を見て静湖(しずみ)は目を輝かせる。木の実をふんだんに混ぜこんだふっくらとしたパイ、春の花々を散らした卵のタルト。野菜や芋を煮こんだシチューは三色の味がそろえられていた。


 天海に呼ばれていたのは、御影、静湖、そして給仕を兼ねての日和(ひより)。静湖の妹の王女望夢(のぞむ)や、まして奥の宮の姿はなかった。


「皆の再会を祝して、乾杯」

「かんぱいっ」


 天海の音頭で、杯が交わされる。


「静湖は固いものが食べられるようになったのか」


 彩り豊かな具材を載せた固焼きのパンを取りわける父、天海から、静湖はそれとなく顔をそらす。


「あ、ある程度」


 饒舌(じょうぜつ)に答えたのは御影だった。


「大きくなられるまで食べることはお苦手でしたものね。料理長がいつも泣いていて」

「それは、かむのが苦手で」

「今日は嬉しそうに食べてるじゃないか。ひとつ、パンもどうだ」


 息を合わせる御影と天海に、日和がぴしゃりと言う。


「静湖様によってたかってからかうのも、たいがいになさいませ」


 宴の中で、天海は御影の旅をねぎらった。が、御影は旅について多くを語らなかった。とはいえ父王と御影のやりとりから察するには、どうやら御影の旅は、静湖と〈流〉にまつわるものであるようだった。


 静湖を〈流の祭司〉にすえるために、そこまでの事情があったというのだろうか?



 宴のあと、静湖は後ろ手に花冠(はなかんむり)を持って部屋に帰った。


「渡して、終わりにしようと思ったのにな」


 愛を告げるときには、季節の花を編んだ冠を渡す。王都の習わしだった。

 渡せなかった冠の花は、しおれはじめていた。


 告白なんて、軽い微笑で流されるに決まっている。それでもひとつ会話が違えば、今晩その花冠は御影の手の中にあったろう、と思うといたたまれなかった。



 春の風が優しい調べと香りを運んでくる。

 御影の二度目の授業は、宴の翌日の昼さがりに行なわれた。


 教室に入るとあの灯りの石が、机の上、床一面にごろごろと大量に並べられていた。


「これは……!」

「皆、灯りの石です。静湖様に驚いてほしくて、ついこんなに運んでしまいました」


 静湖は目を見開き、くすりと笑う御影と石たちを見比べる。


 石の大きさは手のひら大のものから、原石に近い岩のようなものまで。色合いも赤や黄といったさまざまな暖色で、鮮やかなものもくすんだものもある。


 石を御する魔術師としての威厳をにじませ、御影は言った。


「これら灯りの石の中には赤い交響の動力源──赤い〈流〉の力が詰まっています。灯りの石は歌う石、と言ったのを覚えていますか」


 静湖は前回の授業でもらった小さな石を取りだした。


「時々、淡く光ってたけど」

「歌ってはいませんでしたか?」


 静湖が首を左右に振ると、御影はいくつかの小石を周囲から選びとり、手の中でぼっ、と炎を出してみせ、すぐに指を畳んでもみ消した。奇術師みたいだ、と静湖は夢中で見つめる。


「石が歌うとき、人の誘導によって、炎を出す、熱を発する、光を照らす、という三つの使い道ができます。魔法の灯りのほか、屋外での調理や、冬場の暖房に重宝されている石です。でも、石をよく見定めれば、その石がなにをしたがっているか──炎を出したいのか、熱を発したいのか、光を照らしたいのかがわかるのです」


 静湖は目を輝かせ、教室の数々の石を見比べる。そのうちのいくつかを手に取って耳に当てた。特に音楽が聴こえるわけではない。が、部屋で一番大きな原石が、静湖になにか言いたげに、聴こえない響きを送ってくる気がした。


「この石、歌いたがってる!」


 静湖はえいしょ、とその原石を持ちあげた。


 すると、わぁっ、と周囲のすべてが輪唱した。

 さんざめく陽光と、吠えたける炎と、虹の輝きを合わせたような声で。


「わ、わ……!」


 静湖が岩石を持ちあげたままあたりを見回すと、石たちが赤にも黄にも金にも輝き、あちこちで炎や光を踊らせた。輪唱がその上を駆けぬけていく、風になって走る天馬のごとく。


 御影も、目を見開いて周りの輝く石や炎に手をかざしていた。


 やがて天馬の歌は去っていき、石たちはしんと静まった。

 静湖と御影は顔を見合わせる。


「……びっくりしました。静湖様は、歌いたいという石の力を引きだしたのです」


 静湖は目をぱちくりとさせ、静まった石たちに告げた。


「そうなの? ありがとう」


 石たちの奥で、一瞬また輪唱が起こった気がした。


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